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第2話

「まあ、ほんに、椎子様は闊達であらっしゃいますなあ」

 ということで、引き続き後宮生活を楽しみながら、師匠探しをすることに決めた。

 後宮のさまざまいる妃たちの部屋に侵入しようとした私だけど、たまゆらの君の部屋で、遊びに来た妃たちを紹介してもらい、次はうちの部屋で語らいでも、と言ってもらった。

(妃連中の友人を頼る。これなら、訪問拒否もないし、誰にも文句を言われない。部屋に侵入することも出来る。良い方法発見)

 しめしめと思って、寄合場所へと向かう。

 プライドが高い帝の妃たちでは寄り着くこともできない人らが多いけど、こうして少しずつ面会して、関係コネをつけて、間口を開けると各妃の部屋に侵入(お呼ばれ)できると分かった。

 で、秋の庭を眺めて、後宮にあまたいる妃の中に入って、何気なくお話をするっていう機会に恵まれたわ。

「まあ、先ほどの、歌は、宇多殿の自作でしたか」

 そこでは、知り合いや友人の貴族たちが遊びに来ていて、道臣の友達の宇多大和と、朝廷の人気者の御三家の月山様も来ていた。月山様は夕闇の皇子と並ぶ、色恋ごとに通じた有名な色男だけど、宇多殿は元王族だからどこでもひょこひょこ顔を出すのだ。

 後宮では余所者の出入りは好まれないけど、こうした別室でたまり場みたいになって、話し合いや遊びをしたりする場はある。

 狭い後宮だし、息抜きにと女たちも才能ある人物たちも色々来るし、内親王や妃たちのたまりサロンに呼ばれることはけっこう栄誉だったりする。

「ちまたでは、夕闇の君などが、評判に評判を呼んで、京の女たちが騒がしくしているのですってね。内裏でも、夕闇の君がおられる場は、女たちが一目でも見ようと侵入したり、塀から顔を出したりしているのですって。それで、衛士らが追い払うのに人を倍増したとか。椎の君は、最近、夕闇の君のお姿を見ました?」

「はあ、最近、少し」

「まあ、夕闇の君と会えるなんて、得な方ですわね。何やら、うちの女房にも懇意な方はおられるようで、それはそれは懇意なのですよね、木島?」

 さすが、帝の妃と呼ばれる貴族の娘だけあって、華々しさがあるし着物は豪華で上質のものをまとい、室内も上品に整えられている。

「さすが夕闇の君ですね。私などは到底、足元にも及びません」

 男たちはそういう話が嫌で、苦笑い。

 後宮の女たちは寵愛争いをするけど、本人らは梅壺と弘徽殿の剣幕に気おされているせいか、寵愛争いなどは表立ってする気はない構えで、私程度を敵視する気配はなかった。それより、寵愛より冊子や作家を追っているという珍しい女が来たものだと、とりあえずは珍しがってくれている。

 まあ、大勢力が上で対立しているけど、冷静な目の側の勢力もいる。その他大勢の者たちのほうが圧倒的に多いのだから。

 きよみずの君は政府高官の娘で、若くて愛らしくて、つんとした美人で、水清らかなるきよみずの君と呼ばれている。宣陽殿に住む。

 みやびの君は性格がしっかりしていてながら、ふっくらして落ち着きがある。

(どちらも、あまり動くこともない後宮生活で、暇なのか、好奇心旺盛。あの人はどうだの、あの家のあの人がどうだのと、耳ざといし、噂好き。これは、いっぱい話を聞けそうだわ)

「まあ、大納言ところの姫とあれば、何不自由なく育ったのでしょうね」

「父は厳しくしつけたので、私はそれほどでも」

「今は帝の覚えもめでたく、椎の君のために、何やら書物をたくさん持って来たり、図書寮の男がやるような仕事も回してもらっているのですって?きよみずの君、そこまで帝が入れ込んだ妃がいたかしら?」

「私の知る限り、そんなこと、今まで帝がしたことがなかったわ」

「だとしたら、椎の君は、きっと帝の寵愛を受けているのでしょうね」

「い、いやあ、そんなことは」

「美しい大納言の姉君の妹君ということで、今も内裏でも評判になっているとか」

「都でも、帝が注目している妹君ということで、世の男性から視線が集まっているのですってね。そこまで周りからちやほやされたら、ときめきの君とでも言うでしょうね」

「そんな、いえ、けっして、私はそのようなことは」

「何やら、最近、書き物もしているとか」

「多少、私もマネをして、好きな物語の、のようなものを書いているだけですが」

「それは面白い、私は東下りする物語が好きなのです。ああいう物語をもう一度、読みたいなあ」

「そのような至高の物語とはまるで、かけ離れていて」

 月山様が扇で口元を隠しながら言うので、私は恐縮してしまった。

「でも、後宮では帝の寵愛争いをするの常なのに、変わった人ですのね」

「絵巻物を増やす人が増えたら、私は良いですわ。だって、ちまたの絵巻物って、なかなか新作が出ないんですもの。例のその人気作家が消えてから、ドロドロの愛憎関係が激しくて、先が読めなくて、これと言ったタネ明かしもなく、夜も寝られない物語をどんどん書く人なんか、いなくなったわ。ね、きよみずの君、そう思わない?私は誰かに描いて欲しい。椎の君、そういうのを書いてくださらない?」

 ドロドロで愛憎関係が激しいのを好むなんて、けっこう特殊な好みなのですね、みやびの君。見かけによらず。

「はあ、私も陰謀を書こうかしらと思ってるのですが、ちまたでは陰謀は溢れているのですが、なかなか難しく」

「陰謀?いえ、そんなの面白くないですわ。男女の出会いとか、色恋の物語が面白いのです、とくに夕闇の君みたいな美男が出て来るものが」

 急に力説したからびっくりしたわ。きよみずの君も好みがあるのね。

「よく考えてみます」

「後宮に来て、寵愛争いもせず、書き物とか読書ばっかりとか、やっぱり、少々、変わった方ね。でも、恋愛モノを書いてもらったら、嬉しいですわ」

 やっぱり、私って少々、変人なのかしら・・・?西松からも言われてるし。

 尋ね人の常盤御前がいないか聞くが、いないと言う。

 秘密にされており、わざと隠されているのでないかと思っている私は、鵜呑みにせず、再び調査に乗り出し、女房の素性、その周辺まで、全部をチェックした。でも、やっぱり、それらしい人はいなかった。

「ねえ、また遊びに来なさいよ。うちの実家に大きな栗の木があって、それが実ったら焼き栗大会しましょ」

 ああ、ここにもいなかったかと残念に思ったのだけど、誘われて、嬉しくなって、またという約束をした。



(やっぱり、私、冊子(本)が好きだな)

 自分の部屋に戻って、文机から、開けた戸の外の景色を見ながら思った。

(憧れの師匠が暮らしているところにも来て、師匠と同じ空気を吸って、同じことをすることが出来た。私の望みを、ぜんぶ、師匠の物語が叶えてくれた)

 まあ、多少、いえ大方の因果は、この国の主が原因だけどさ・・・

 後宮に来て、様々なものを見聞きするにつけ、やはりそう思う。

 栄華を手にしようとする右大臣、対抗する左大臣、互いを追い落とす後宮の女たち、腰をつけかえ入れ替えする官吏たち。どうしてそこまで争うのだろう。

 ここで大好きな師匠のことを考えて、大好きな物語の主人公のことを考えれたら、それだけでいい。

 それを共に喜んだり、発見したりしてくれる若竹の君がいたら・・・

「椎子様、この前の京のお祭り、民草から、右大臣への尊敬の念が沸いております。ほんと、人気が高いですわね。このままでは、右大臣が権勢を握りますわ。そうなると、梅壺女御がまた威張って、私ら、いったい何をされるか分かりません。ほんと、注意ですわよ」

「そうね」

「裏では、帝を追い落とす後継者争いがあって、親違いの兄弟である、弟たち、無位無官の王族たちなどが、政治に加担したのでないかと言われています。それに気づいた右大臣が、どうやら、また権力を統制しようと、動いているのだとか」

「とうとう、帝を追い落とす、後継者争いまで起こっているの?皇太子争いもあるのに、そのうえ、右大臣らの派閥争いまで加わったら、大変なことね」

「そうですね。まあ、内裏はそういうところですからね」

 気にしたところで、政情は変わりはしない。私は極力気にしないことにした。

 私の人生を師匠が変えてくれた

 もしかしたら、もっと読んだら、もっと何か起こるのでは?・・・

 ということで、私はそれから、もっと物語を読むことにした。

「ねえねえ、古書とか持ってる?持ってないなら、あるとこ、教えて?」

 とにかく、誰彼構わず詰め寄って、入れる部屋に何とか入ってみようとした。 

 すると、少々、変な噂が立った。妙なことを聞き、面倒臭い女って思われたみたい。小さい女童すら、私の姿を見たら、近づいたら煙たがり、逃げていく。

「ちょっと、何?あいつ、いつも棚の端にホコリを被ってる本ばっかり気にしてるのよ、変じゃない?」

「部屋に入ったら、調べられるから、気を付けたほうが良いわよ」

 なんて、同じ女官からも、知りたがりのうざい女と世間評は好評で、むしろ私には良かった。

(良い傾向。妙な奴と思ってくれたおかげで、嫉妬や敵視する派は怖れるに足らずと見たはず)

 だから私はそういう嫌味は何も気にしていなかった。

 そうして、まあ、気にせず、私はせっせと書き物をしたり、調べたりしていたのだった。

「椎子様が?常盤御前のように絵物語を書かれたりする気ですか?」

「いいじゃないの。私も常盤御前みたいに、物語を書いてみたいのよ」

 なにせ、帝の仕事で、物語の複写もしているので、手がムズムズするもんだから、私も見様見真似で始めたのだ。でも、いざ作るとなったら、師匠みたいに上手くできない。

 ためしに、北川殿の謀の話でも書いて見ようと思ったけど、全然ダメ。改めて、師匠の凄さが分かった。

 それで、内容はともかくとして、帝の内匠寮たくみりょうという部署では、宮中の絵物語も作られているというので、私も妃と誤解されていたら偉いもので希望が何でも通るものだから、見学に行くことが出来た。そこで、絵巻物がどういうふうに出来上がるのかを知ることも出来た。「ねえ、これ、私も頼めば、作ってくれるの?」

「まあ、我らは後宮の頼みとあらば、何でもいたします、しかし、絵師はいるけど、中の物語とか、何か内容がないと、絵だけになりますが」

「ああ、そうそれなら、そうね、何でも良いの?中身は」

「まあ、良いですよ。帝の妃の頼み事なら、私らの仕事ですから」

 そういうことで、ちゃっかり頼み込んで、初の私の巻子を作った。

 それを久理子に渡して、後宮の女たちにも読んでもらったのだけど、まあ、お世辞だけはしっかりと返って来たので、また私は気を良くしたのだった。

 絵師や絵巻物の装丁や工房の人々と出会い、綺麗な絵に心ときめいて、私はうっとり。

創作活動なんて憧れだったわ。

 絵巻を作る過程ってすごい。

「君、ちょっと、うちに来ないか?」

 噂を聞いて、帝の高級官吏である父と同じ大納言の藤原の何某が、我が妃の元で、部屋に勤め、物語でも書いてみないか?と誘われて、大いに調子に乗ったわ。私。

 まあ、簡単な内容の話だったけど、私もそうして一冊の巻子を作ってもらい、知り合いの妃連中に、渡したのだ。

「まあ、これを?」

 きよみずの君とみやびの君はとても喜んでくれた。それで、他の妃たちのも教えておきましょうと言ってくれた。恥ずかしながら、たまゆらの君へも渡した。そうしたら、もちろん、小玉木も喜んでくれて、それから毎日、私のところへ来るの。書いてるかって?

 そうしたら、それが後宮の女たちに噂され、噂は噂になり、なんか、ちょっとすごい人みたいな目で見られて。

 後宮って、日常的には毎日同じことの繰り返しで、皆、退屈になっているから、新しい物語とか新しいもの好きなのよ。それに、絵師は一流どころだから、中身は問題ないの。絵が主だから。

 で、私も、少々、作家みたいな気分を味わえたのだった。

(私、ちょっと今だけ、いわゆる後宮の女流作家?なんてのになってる?)

 大好きな師匠と同じ感覚を味わえるなんて感激したわ、私。

 やりたいことがやれて、いたい場所にいられて、好きなことに没頭できるなんて、人生、もう天国サイコーでは?




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