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第12話



「せっかくなんで、祭りを見物して行くかい?」 

 そんな内裏で、出世のために画策もせず、裏黒い取引もせず、そういう悪い影響も受けずに生き残っている道臣は稀有な官吏でないかしら?友情も篤いし、親切心もあるし、真面目に勤めている。

(右少史殿は内裏ではなかなかいない人物ね、きっと。私などのために力を貸してくれるし、優しい)

 仲間を大切に思ってくれる。その気持ちも有難い。

 おまけに、都でも賑やかで最も晴れやかな祭りをいっしょに見られるなんて、人生最高かも。

 牛車も落ち着いたら、通りからチントンシャンの祭りの演奏の音が鳴る。

 私は祭りを楽しむその賑やかな人々の声が聞こえ、町の気配が日常から切り離れ、まるで別世界の極楽のような雰囲気に心が惹かれた。

「うん」

 私の手を引いて、牛車から道臣は地面に降ろしてくれる。

 私も京の町で育った身だ。昔からある祭りは見たかった。

 私のそういう心を察してくれる道臣の細かい心遣いが好きだなと思った。

「でも、その着物じゃあ、外に出れないな。ちょっと待ってて」

 道臣は牛車の御者に相談して、御者は走って行って、必死の形相で女物の服を持ってきてくれた。

 私はそれに着替えて、町娘に変身した。

「じゃーん、どう?」

「ええと、今日は僕は祭り見物に着ている貴族の一人で、君はその侍女ってことでいいかい?」

 道臣はなんだか目を細めて眩しそうにして、言っている。

 簡素な直衣を着ているとはいえ、見かけでは道臣が貴族、私は庶民に逆転だ。道臣はそんな私を見て、扇で口元を隠し、なんか品定めする商人みたいに、興味本位だ。

 髪も後ろでひとまとめにして下げ髪みし、衣は袿を来ただけの簡素な町娘だ。誰が見ても、貴族の姫君には見えないだろう。

「じゃあ、今日は若様に祭りに連れて来てもらった、幸運な侍女ということで」

「もしも、本当に僕の侍女なら、幸運をもっと上げるのだが」

 ちらっとこちらを身ながら言う道臣の視線に、どきっとした。

(なんか・・・やっぱ、内裏の男ね、右少史殿は)

 道臣も朝廷の役人らしく、男女の恋愛作法の切り返しが出来る。だから、大人びた振る舞いや発言をする。おそらく、内裏でも、そういうそつのない発言も出来る人なのだろう。なので、私はどっきりする。

(それを時々、私に向けてくるから、私はどう対処したらいいのか、困るんだわ)

 ここは本物の恋愛相手なら、和歌の一つでも詠んで返すのだろうけど、私たちは友達同士。

 常盤御前のファン交流のために、物々交換の仲間になったわけで。

 必要以上の濃厚接触は、友達同士の壁を越えてしまうので、色気を必要以上に振り撒くのは止めて。似合うから止めて。

 ああ、扇があったら、顔を隠したい。でも今は町娘だから、ない。今こそ扇が欲しい。

 私はそばで、若竹の君を見つめていられたら、十分なんだ。私の推しだから。

「では、祭りの見物と行きますか?」

「うん」

「いや、僕は今、あなたの主なのですよ?」

「あ、間違えた。若様、ですね。行きましょう、若様」

「よろしい」

 若竹の君の道臣はなんだか照れてるけど、威張ってる。手下を連れる若様呼ばわりがそれほど嬉しかったのだろうか。

「椎子さん、何か買ってあげましょうか?」

 道臣は露店で売っている扇や花を買おうとする。

「でも、悪いわ」

「今は僕はあなたの主です。それに、いつも面白い本を貸してもらっているお礼ですから」

「えーとじゃあ、私は粽が欲しい」

「もっと高いものでもいいですよ」

「毎年買うから」

「じゃあ」

 道臣はその粽に加え、お守りも私に買ってくれた。

「ありがとう」

「主人として、時に家来をねぎらってあげないといけませんから。ときに椎子さん、そちらではありませんよ?こっちです」

「はい」

 家族や西松としか、祭りを見たことがなかったから、これからりの見物で、道臣と共に町を巡るなんて、とても胸がどきどきした。

 しかし、私はきょろきょろ。

「何、見てるの?」

「だって、また頭をがつんとされたら嫌でしょ」

 例のあれから、私もトラウマにもなっている。

「僕がいるから、大丈夫」

「右少史殿が護衛できる?もし、刺客が襲ってきたら、戦えるの?」

「なめちゃ困るな、これでも、僕は元遣唐使。遣唐使というのは、サバイバル生活なんだ。誰もほとんど行ったことがない未開の地で、原住民とか、海賊とか山賊とかぎったぎったと撃退して、生き抜かねばならない。日ノ本から遠く離れたところで、衛士が大切に守ってくれるわけもないからね、己で打ち倒していくしか、生き残る道はなかった、剣ぐらい振り回すさ。それに、力だってある、この前君を川から引き揚げたろ、覚えてない?」

「ああ、あれは・・・」

 銀色の海。私はあの時の道臣を思い出した。

 あれは・・・まさしくあなたは・・・若竹の君だった。

「じゃあ、もし、私が刺客か誰かに連れ去られたら、助けに来てくれる?」

 物語の若竹の君なら、異国の天女を追いかけるから、私もそういうふうに追いかけられることを少々期待して言っただけど、期待以上の答えが帰って来た。

「むろん、地の果てまで追ってでも、君を見つける」

 私はしばし、ぽかんとなった。あまりに迫力あり過ぎて・・・

(冗談にならないって、右少史殿は唐国へ行ったの理想とか天女とかを追い求めて行ったんだから、それ、本当に聞こえるって・・)

 これが、追いかけられる獲物の気分?

 でも、標準も、私が照準ならいい。他の誰でもなく、私なら・・・遠い異国にも行かない。

 どこまでも来てくれる。そうなると・・・

 それを想像して、私は照れた。それは良い、最高に良い。

「それ、船乗りの言葉?」

「そう、僕はとくに船の旅を経験したから、そう思うのかもしれない」

「私はこれまで何度も助けてもらった。私は船乗りという人には感謝するわ」

「呉越同舟とも言う。目的地に行くまでは、何があってもお互い様だ。な・・・なに?何かおかしいこと言った?」

 真面目過ぎる学者先生の食いつたら離れないと思わせるような発言を聞いて、私はくすっと笑ってしまったのだけど、道臣が困惑するので、余計に笑ってしまった。

 同じ船に乗る船乗りって、いつでもこういう感じかしら?

 でも、こういうのが同じ船に乗っているってことね。

「私達、どこへ向かってるの?」

「さあてね。君が後宮を出るまで、かな」

「出れるかしら?」

「出ないと、君を乗せて、船旅に出れないだろ?」

「そうだ、乗せてくれるって言った。出たら、本物の船に乗せてくれる?」

「それぐらい何てことない。いつでも乗せてあげよう。でも、君が後宮にいる間は、帝の女人だから、それがいつか終わるまで、ね」

 私はその言い方に女官以上の、別の意味合いに気づいて、顔が熱くなって恥ずかしくて、横を向いた。

(そ、そうね、やっぱり、入る前に親からも言われたけど、後宮はそういうところだし)

 でも、そんなのまるで検討違い。姉の代わりってだけで、帝が己の地位を姉に見せつけ、姉を釣れたら良かったの。頼んで駄目なら、泣いて脅して招くという手法に変わっただけだから、帝と私なんか、とんでもない誤解よ。

 それは道臣も分かっている。でも、後宮ってところは、やっぱり帝の後宮だから、今は言えないのだ。

「おいで」

 そう言うと、道臣は私の足元から上に抱き上げた。

「うわっわ、降ろして」

「こうしたら、祭りがよく見えるだろ」

「分かったから、降ろして。子供でないのだから」

「力があるってこと、分かった?」

「分かったから、はやく、こんなの子供以来だわ、降ろして」

「今は僕はご主人様だよ。僕に命令して良いと思う?」

「分かった、降ろしてください、ご主人様」

「よろしい。よく出来た、椎子殿」

「ご主人様、家来に殿はつけませんよ」

「椎子」

「はい、ご主人様」

 言って、私を担いだまま、照れている。何やら、私を椎子と呼んだら、悶絶したみたいだ。妙なご主人様だ。

「さ、行こう」

 道臣は私を降ろして、私は道臣の横に付き従って歩いた。

 道臣と二人で見る祭りは楽しかった。

 賑やかな祇園祭を、二人っきりで思いっきり楽しんだ。

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