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第7話


 たまゆらの君。

 帝にしばらく寵愛を受けて、今は照陽舎(しょうようしゃ)の一角で地味に暮らす妃の一人だ。

 この人のそばには、いつもはきはきとものを言う女房がついていて、なんとこの女房、小説家。

 琵琶の名手で、琵琶の物悲しい曲をよく聞かせてくれた。

「椎子殿は、大納言の姫君だとか。貴族の家に生まれながら、大勢の女房達に囲まれて出仕するなぞ、さぞつらかろう」

「常盤御前が好きなのですって?私と共に、物語でも書いてみない?いいでしょ、ね、縫殿ぬいどの

「これ、椎の君が困っておろうに、小玉木こたまき

 たまゆらの君は、元采女で、縫司ぬいのつかさで働いていた女性で、妃というのも与えられておらず、単なる夫人とか、照陽殿の縫殿とか言われる。

(違うなあ、絶対違う。この人じゃない。たぶん、たまゆらの君のこの女房が、誤情報の出所だ。売れてない作家だけど)

 何の身分もない庶民の出自ゆえに、私などでもおろおろとする対応を見ると、どうも後宮で野心持って生き抜こうとしている人じゃない。

 あの執着狂の帝は、正室、側室と御家柄の良い高貴な方々の妃を多数持ち、それ以外にも身分の低い妻を多数持つのは、来て早々、長池殿から聞いたことだ。

 仕事柄とはいえ、が、やはり、男の浮気というのに、本性は隠されていると思ってしまうのは、私だけだろうか。

「たまゆらの君は、宝来の白銀のことは知っていますか?」

「なっ」

 試しに、カマをかけてみただけなのだけれど、たまゆらの君は慌てて、円座の上から転がり出て倒れそうになった。

「椎子殿。この禁中では宝来の白銀のことは、口に出してはいけません」

「どうしてですか?帝が寵愛を与える妃に、渡す宝なのですよね?たまゆらの君も得たいと思わないのですか?」

「とんでもない。それは後宮内のよくある誤解です。昔の政変で争われた財宝ですわ。反逆の証でもある宝なので、滅多やたらと言ってはいけません、政権側は証拠として取り押さえたいのですが、未だ発見できてないというものです」

 さすが、縫殿は元縫司の縫い手だけあって、情報通だ。

 思考力も洞察力も人より優れているものがある。穏やかで知能優秀。その点は、久理子にも同じものを感じる。後宮には、静かだが、頭の良い優秀な女性がたくさんいるのだ。

「では、常盤御前はそれに関わってないと思いますか?」

「これはあまり知られてないのですが、私が縫殿でこっそりと、同僚から聞いたことです。どうやら、先代の御代で、何やら、藤原一族の取り違え事件があったそうです。出仕した者が、その者ではない者だったとか。その者だったけれど、その場にいたのが違っただとか」

「それは、誰かが入り込んでいた、ということですか?」

「はい、奇妙なことですけど、それで内裏の中が大騒ぎになって、それは皇后様の死に関わるとか」

「そんなことが・・・」

「私もまた聞きなのですが、表立っては病死として発表されたようです。ですが、それでその当時の高官らが相当な数、追放、大宰府に左遷されてしまったのは確かです」

(間違いなさそう、皇后の不審死、毒殺)

 私はたまゆらの方の落ち着いた口調を、固唾を飲んで聞いていた。

(師匠は清流帝の皇后の教育係だった。己がいる前で起きた、こんな大きな事件、人にやらさず、自分で調べようとしてないとおかしい。まずてきぱきと、現場の現状を書きつけすることから始めてそう)

「でも、詳しいことは知りません。あくまで噂ですから・・・陰謀や政変など、ここでは珍しいことではありませんから。しかし、地方での反乱、皇太子の謀反、横領など、今まで、数々ありましたが、後宮の女房がそのような政治に関わっているとはとても思えません。後宮は、政治には関わらない、口出しが出来ない立場ですから」

「ええ」

「帝が引退すると、後宮も一新、勢力も大きく変わります。その時に、勢力側だった者の中には、新勢力に抗いきれず、内裏や後宮を後にする者が多いです。常盤御前も先代の御代に勤められて御代替わりがあり、もう、ここにいないかもしれませんね」

「そうとも考えられるかもしれませんね」

「もし、引退もせず、何かしら陰謀に関わっていたとしたら、あなたも関わらないほうが良いですよ。昔から、陰謀で多くの人が死にましたから、あなたも無事でいたければ、何事も関わらず、重要なことは口に出さず、知らぬふりをすることです」

 優しくて、大らか。ちょっとお人好し。手下に作家の女房がいることもとても好感が持てた。

(以前、弘徽殿のところで、寵愛の証となるその宝を縫殿も狙っていると言ってた。確かに、あの男を大事に思う心は感じられる。でも、己の旦那だもの、思って当然だわ。それはこの優しい方なら、当然の想いだわ。それは疑ってかかるものじゃない)

 この人は陰謀に関わりがない。私はそう判定した。

(こういう人について、好きな小説読んで、後宮でのんびり過ごせたら、天国よね、ここ。おつきの女房が、私にはうらやましい)

 私も本当なら、尊敬する妃に仕えて、帝の襲来に怯えることなく、好きな小説めくって過ごす平和な日々を送る未来はあったかもしれないのに・・・

(こりゃ、入り方を間違えたわね。せめて、頼りになる仕え先、妃でもいたらば・・・それは姉?いや、それは私の安泰のために、姉上を入内させる?私の幸せと引き換えに、姉を不幸にさせるなんて、私もクズの仲間だわ)

 そのような欲望を持ったとは、人のことは言えないわ、私も。反省。

「しかし、椎子殿は怖い物知らずですね。このような場に趣味だけで来られて」

「いえ、そういうところがいいじゃないですか、今時、打算ばっかりでなくて、面白い方、ね、縫殿」

 穏やかな主人と気前の良い女房とがいる場で、私はしばし、私の味わえない、理想の後宮生活を少し味わった。

 昔の藤壺女御様に仕えていたけれど、美貌で帝に気に入られたらしい。

 照陽殿の一角で帝の忘れ去られた妃の一人。

 ここは良い人らばかりだ。



「私、弘徽殿女御の部屋に行った時、相当、怒られたの。たまゆらの君のところでも、もっと怒られた。久理子殿は、何か宝来の白銀のことは知っている?」

「古くは竹取物語に端を発する秘宝の話です。これは内裏の秘宝伝説と言います」

「内裏の秘宝伝説・・・?」

「はい。竹取物語で出た蓬莱山にあるという、白銀の樹木の実が、かつて内裏に遣わされたとか。しかし、盗難されたか、行方不明になりました」

「そんなもの、ここにどれぐらいあるの?」

「そりゃ、ここは天孫の治める朝廷があるところですから、三種の神器、十種神宝、日本神話や古事記に関わる大事な宝があります。それとは別に、民話や伝承で伝えられる宝もあります。それは真偽は定かではありませんが、ちまたに溢れています。昔話や奇譚の類の宝、ですね」

 三種の神器って、神代の時代から続く宝よね・・・?

「それが、50年程前の昔・・・時の帝、柑武帝の時、支配権を握る右大臣、藤原織継と、勢力を盛り返そうとする左大臣派の争いがありました。その時に大勢の反逆罪処分が多くあったそうです」

「内裏は政変ばっかりね」

「そうです。穏やかな時代はむしろ稀ということですね」

 久理子はいったん時を置いて、それからとうとうと流れるように言った。 

「宝来の白銀はその時の争いの種だったとも言われています。宝来の白銀の木は手に入れた者が、至福の幸運を手にすると言われ、内裏の頂点に立つのでないかと言われてました。だから、古代から時の政権は、宝来の白銀を争って得ようとしたのです。

しかし、行方知れずになり、内裏では不吉、反逆の狼煙、謀反の証拠とされ、挙句、御法度のものになりました。朝廷は警戒を続けていて、話題になるのも神経を尖らしています。同時に、検非違使や各国司が捜索を続けさせるも、いまだに発見できずにいます」

「宝来の白銀がそのようなものであったなんて、思わなかった。単なる竹取物語の財宝かと思っていたもの」

「それはそれであるもので、これは政治に絡んだ逸話です。そして、こっちはもっと火種になるものです」

 さすが久理子。物知りだ。

「歴史的に、権力争いの道具になったので、時の勢力も、帝らも、表に再び出ることを危惧しております。その宝を得た者が、朝廷で権力者になると思われていますので」

「もし、出て来たら、どうするの?」

「朝廷に見つかったら、噂を広めた者まで、厳しく処刑までされます」

「処刑・・・?どうして、そこまで」

「宝来の白銀が出てきては、また争いの火種になると分かっているからです」

「それってもし、良からぬ勢力が手に入れたら、どうなるの?」

「さあ?竹取物語も宝来の白銀も、あくまで伝説。そんな宝が本当にありますか。あるのかすら、分かりません、誰も実際、手にした者はありません」

「そんなものを争って、大丈夫なのかしら?そのような神秘なもの」

「嘘でもいいわけです。椎子殿はまだ内裏を分かっていませんわ。朝廷権力というのは、相対的で、絶対的なものなのです。その座を得るというものなら、時の権力者は、何だって相争って得るものなのです。嘘でもそこにあったら、飛びつくのです。ここ宮中では、栄華と繁栄、それを皆、夢見る所ですから。でも、偽物はたいてい、後からバレるので、偽物を作ってまで政権を獲る輩はいませんわね、さすがに」

「そういうもの?そういうものなのかしらね」

 私には分からないわ。だって、私なんか、師匠を追いかけることしか考えてないから。

 栄華ってのは欲しい。そういうものかしら。

 白銀の宝来がそんなものだったなんて、知らなかった。

「これは単なる秘宝伝説ですが、本来の、三種の神器が誰かの手に渡ったらどうでしょう?それは怖ろしいことになります」

「そう言われたら、そうね」

 三種の神器は、天孫降臨の時に、天照大御神が天皇の祖先となる者に授けたものだ。この国を治める者の証。

「三種の神器って、ここにもあるの?」

「ええ、ここには歴代の帝の財宝、財貨、資産も、御蔵には納められています。尊い経典、尊い巻物、尊い瑠璃杯、尊い刀、尊い・・・ありとあらゆる財宝が揃ってます。なにせ、都の中心、帝の居城ですので。ゆえに警備も大内裏の外郭、内裏の内郭、数々の門や隔壁によって守られています。警備も六衛府が守っています」

 竹取物語と若竹物語はいわば、創作で、実在の人物とは関係がないけど、若竹の君と、つまり忍坂道臣という人物とは何があるのかしら?

(何か関係があるとなると・・・)

 それは前から思っていたことだ。あるとなれば、それもおそらく、秘宝伝説・・・?そんな、まさかね。

「まさか、あの若竹の君が、秘宝伝説に関わるのでしょうか?」

 私と同じことを思ったらしく、久理子は言った。

「あの人は違うと思うわ」

「そう?せっかく知り合ったのですし、探ったらどうでしょう?」

「さぐりを入れてみたけど、あの人じゃない。あの人、この後宮で大人しく黙って仕事して、自分の役割をこなしている人よ。出世も望んでない」

「そうですか。なら、若竹物語は天女を追いかけて行く話でしょう。竹取物語とは別物かしら」

「ううーん、それは、どこかでつながってないかしら?あの師匠が竹取物語を読んでただ、書いたってのがあんま、ピンと来なくて」

「椎子殿は、師匠の第一番目のファン。ほんとはもう、分かっていたりするのでなくて?」

「い、いやあ、それほどでも」

「若竹の君からもお気に入りですものね」

「い、いやあ、そっちもそんな大したものでもないの」

 なにせ、ライバルは天女だし。

 唐国まで追いかけていくほど、想いが強いのに・・・

 私は思いっきり久理子の肩を叩いて、久理子に痛がられてしまった。

「でも・・・弘徽殿女御も弘徽殿女御も、そんなものを欲しがってるなんて、危険なのに、知らないのかしら?」

「たぶん、デマでも、寵愛となると、欲しがるのでしょうね」

 そういうものなのね。


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