第2話
「嫌なもんは嫌です」
「翠子、お前、恋愛に長けた女を演じるつもりか?気を持たせるつもりだな?それとも、都一の美女である弘徽殿の女御と寵愛を争うつもりなのか?だが、お前のようなやり方は浅慮と言うもの。お前は勘違いしてるんや。帝をお待たせするなど、やってはならないことやで。あんた、なに勘違いしとるんや。男というのは、いざという時、すぐ答えて欲しいもんやで。あんた、小町みたいな美女かと思てるんか、いつまでも拒んだら済むんちゃうんやで」
「まあ、旦那様、翠子はそんな悪い女子やありまへん。あんまり翠子を責めんといて」
とりあえず、姉を呼んで、父も母も説得始めること、一時間。
姉翠子の母、父の正室はおろおろとするばかり。
私の侍女の西松は、この諍いの繰り返しに言葉も出ない有様。
父の娘の中でも、私の母は、庶民という一番身分が低い側室の娘なのだから、姉よりは良いものなどを選べる身ではない。
でも、今回のわけのわからない成り行きには、私も固唾を飲んで見守っている。
「だって、私には許嫁がいるもの」
「清原殿とはもう終わったじゃないか。お琴の師匠は駄目じゃと言ったじゃろ。ワシと清原殿が中務省の大輔で出会った頃、何気なく話をしただけのものや。今はもう清原中将殿はよその女子に御熱心じゃないか。今や清原殿も引退されて、朝廷の権力は失っており、どこの誰も寄り付かんのや。うちはお上にも謁見できる三位の位にあるんやで。権勢のあるほうへ、嫁いだって良いんだ。いや、行っておくんなはれ。それが今日の世の常なんやで」
「嫌なものは嫌です」
「お前なあ、いい加減にせんと、愛想つかされるで」
「愛想も、気を引く気もなく、私は帝が嫌なのです」
「なにでや?帝はこの国の一番上、政を統べるお方、都でも一番偉い、日本でも一番金持ちや。それのどこが嫌なんだ?女なら、帝に全部嫁ぐべきだ」
「私は、一度こうと決めたら、変えません」
「なんでや」
そう、うちの姉は頑固一徹。こうと決めたら譲らない性格だ。
父も姉の強情さにほとほと呆れ、力なく崩れ落ちた。
「今の清流帝は品性方向、清廉潔白、頭脳明晰。聖君と呼ばれる人なんやで。それをなんで、うちの娘が思いっきり拒否するんや・・・」
「翠子、旦那様もこう言ってらっしゃるから・・・」
姉は相変わらずつんとすましており、義母はおろおろするばかり。
父は顔色を赤黒くして、汗を流して、畳を爪で掻きむしって、今にも悶絶しそう。
(こんな状態を見ても、自分の意思を変えない姉はある意味、凄い)
「でもって、あのしつこい帝がとうとう、別の手段に出たというわけですね。帝が私の入内を進めるために、異常な手段に出たのには、私も反省しておりますわ。私のせいで、椎子が脅し道具に、なんて」
姉はどんと床を叩いてくやりがり、私は何とも返事が出来なかった。
(宮中に入るのは、私けっこうイヤではないのよね。常盤御前もいるし、物語も多いって聞くし、都では手に入らない書物に出会えるなら、いっそ宮中に入りたいぐらい)
でも、どう答えていいのやら、この状況。
「つまり、私に執着する帝は、私のつれなさから業を煮やし、椎子を宮中という帝のお手でどうにでもなる手元に置いて、私に入内しなければ、椎子に手を出す。もしくは、可愛い妹がどうなってもいいかと圧をかける気ですね?」
「そういうことだな」
そういうことだなって。さらりと言わないでくれる?父上も。
(ああっ寒気が出る)
そんな理由で、色恋狂いの帝に手を出されてたまるもんですか。
「ワシももうどうしていいのか分からなくて、はいって答えてしもた」
またさらっとはいって言ったの、簡単に父上、はいって。
耐えきれない父は、わっと感情をほとばしらせて、吐き出すように言った。
「子供の頃から、翠子が良いと言って、入内させろ、中宮にすると言われて、わしも、前から断わり続けて、断わり文句も尽き果て、何を言っていいやら分からんかった。振られ続けた帝は、変わってしまったんや」
父は板床を叩きながら、今までよりもっと苦悶に表情を変える。
「つまり、贈り物でも文でも振り向かぬなら、強行手段や。次の第二の段階を歩み出したんや。つまり、椎子を脅しに使い、本望を遂げるという気や」
「ええっほ、本望って、その言葉、いや」
姉は気味悪そうにいやいやをする。
私の言い分よ、それ。こっち。誰が本望遂げられてたまりますか。
「つまり、椎子様が後宮へ入ってしまえば、翠子様の変わりとして、実質、本望を遂げられてしまうこともあるってことですか?」
「そりゃそうやろ。そのための後宮や」
西松、それを繰り返さないで、その本・・ってやつ。
私の純潔は他人の意のままなの?ああ、腹立たしい。
「分かりました。私、行きます」
私は苦渋の決断だ。
けれど、私は迷わず、きっぱり言った。