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第14話

「ああ、これはまだ新入りで、何も分かっておりませぬゆえ、申し訳ありません。ええ、こちらですね。その仕事は私の部下にやらせましょう」

 その時、長池殿が来て、梅壺女御たちと私の間につと入って、部下に指示して、てきぱきと仕事をやってしまった。

「この者は今、私が預かっている者です。すぐに役立つようにしつけますので、この度はご容赦を」

 これ以上、梅壺女御が暴走しないよう、びっと厳しい目つきをさらに三角にして、見返す。

 さすが、女官頭と自称しているだけあって貫録がある。そして、目ざとく、耳が早い。

 私の救世主だ。この人が助けてくれるなんて思わなかったのに。西松、どこまで渡したのか・・・

「仕方ないな、長池の下の者か。なら、よく教えて、役に立つようにせよ」

「はは」

 おそらく、長池殿も渡したのだ。おそらく、下の長池殿の顔がここまで顔が効くということは。

 梅壺女御が私の主。そう本人も言っていた。    

 この世界はやはり、付け届けが効く世界。そんな人らばっかりで成り立っているわけでもないだろうが、現にやはり、威力があるのだ。

 私には、手を振って、去れの合図。

(た、助かった) 

 それ幸いに、長池殿は私を御前から下がらせた。

 それもこれも、西松の付け届けのおかげ。長池殿も梅壺女御に、ということは、回り回って、結局付け届けが効いた? 


 げに恐ろしき、いえ、有難きは、一番目は、付け届けなるもの。椎子、心の日記。


 


 厳しく、怖い顔つきの女官がここまでのし上がったのには、かなり渡しただろう。長池殿だって裕福ではない。だから、それなりにしか届けられないはずだが、何かしら利益になるものをやったに違いない。

(あんな賛辞で納得するのだもの、菓子でも化粧箱でも、皿でも、何でもいい。帝に誉められるとでも言えば、有難がる、きっと。長池殿も付け届けなどを受け取らない、気品と公正を愛する女官でなくて良かった。袖の下を受け取りまくって、己も渡しまくって、地位を固めたいという、野心まみれの欲得まみれで良かった。ありがとう、長池殿。万一にもないと思うけど、姉が後宮で地位を得た暁には、長池殿を取り立ててもらうから)

 私は長池殿に精一杯尽くそうと心に決めたわ。己では少しずつしか、恩は返せないけど。

「なに、梅壺女御様は厳しい方じゃが、決して理不尽なことはせぬ人じゃ。え?常盤御前?」

 少し打ち解けた私は、長池殿に師匠のことを聞いてみた。

「知らんな。確か、先代の時に有名になった方じゃの。うん、前にいたらしいが、今はとんと聞かぬ。ああ、本は読まんので」

 後宮には百人以上はいる。となると、後宮のたかが物語を書く女一人ぐらい、消えたら忘れ去られて当然だ。

 長池殿は私を引っ張って、私を個室に連れて行って、落ち着かせてくれた。

 怖い顔でぞんざいで、先輩面して細かいことをつつくけど、明るく笑わないところも、今は良く見える。ちょっと変わった人だけど、年季が入ってるとこうなるのよ、たぶん。

「そうか、大納言の姫君の椎子殿なら、後宮は慣れたものじゃろう。椎子殿は、しかし、女官の仕事は嫌ではないのか?こうした雑用や後宮の勤めを行うしかないのじゃぞ?家にいたら、侍女たちが全てやってくれただろうに、後悔はしてないかえ?」

「は、はい。それは別に嫌ではありません。私は働いたり、動いたりすることが好きですし、後宮の仕事にも興味があります」

「そうか、それは殊勝なこと。書物や和歌、琴なども椎子殿はたしなまれるのだろうな?」

「は、ひと通りのことはできまする」

「そうらしいとは聞いておる。それはそれは、さすが大納言様の娘じゃな。ぬしの希望も聞いておるが、まああまり急がれるな、書司の役につけるように、私もあとから口添えしてみよう」

「ほんとですか」

「うむ。椎子殿、後宮はまだ慣れぬであろう。私も今回、宴に出ねばならぬ。帝も、政府の高官たちも集う、今をときめく公達たちも来る、もちろん、女御様方も出席する、大がかりな注目の宴じゃ。私も後宮の高位女官として皆に見られることになる。今回の着物を少し手の込んだものにしようと思っておるが、それに香を焚いてくれるかや?それなら家でもしていただろうから、出来るだろう?」

「は、はい」

 付け届けがあったとしても、なんて優しいのだろうと思った。良い人だ。長池殿は。

「ちゃんと働いて居れば、咎を受けることはない、安心しろ。何、後宮は付け届けが聞く世界。前にたっぷり梅壺女御殿には贈賄してあるから、心配ない」

 たっぷりとしているってことは、それ相当の見返りも要求されるわけで、たぶん、ゆくゆく、長池殿もたっぷりと見返りを要求するでしょうね。それは。顔にも出ているし、地位も得ているのはそれなりにがっつり突っ込んだ証拠でしょうからね。

 とはいえ、さらに、長池殿は丁寧に優しくしてくれ、私はじんわり涙が出る。せちがらい後宮で、人の温かさが嬉しいわ。

(わあ、綺麗な着物・・・)

 後宮の女官は正式の場では、唐衣、五衣の襲で、袴を履き、裳を絞める。

 その衣は、錦繍で出来た女御様方と違うが、さすが帝の負わす後宮の中でも位階を得る女官の衣装というのは、貫録と威厳があると思われるような、上質さだった。

 私もかつては姫君だったので、こういう着物は見慣れているが、それでもこういう上等なのは、正式な場とか儀式の日ぐらいしか着ない。

 さすが、後宮の女官は違うわねえ。

 なんてのんきなことを思いながら、香ならやれると思って、取り掛かったのだが・・・

(うおい、私、何も知らないぞ)

 でも、私は助けてくれた長池殿に恩を返すつもりだ。絶対に。

 い、いや。香ってのは、確か、こうだったかしら?働き始めて思ったけど、分かっていても、やると手順が違うというものが多いわね。

「うむ。そうじゃ、一度、袖を通しておこう」

 なんだか、衣が熱そう。な気がして来た。

「新品ではないのだが、以前作っておいておいたものだから、サイズが合うかどうか見てくれぬか。あまり大きかったら、おかしいのでな。合わなかったら、丈を合わせて欲しい。襲の色目がかぶっていると無粋じゃて」

 とおもむろに着物を着そうになって、私は慌てた。しかし、これでいいのか、悪いのかも分からない。

「内宴では内裏でも御三家と言われている、今をときめく公卿が大勢来る。夕闇の君もじゃな。だから、私も綺麗に着飾っていたい」

 わ、長池殿、少女のように顔を赤らめて。かなり年下と思うけど、意外。そういう好みでしたか。

「夕闇の君に私も見初めらえるかもしれぬ。もしも、私がときめきの君などと結婚することがあったら、その時は椎子殿も大いに引き立てやろうほどに」

「ほ、本当ですか?ありがとうございます」

「ああ。だから、椎子殿はまず、私を頼りに思うように、私も悪くはせぬ。しかし、私の前で失態をせぬように、帝も女御も内裏のほとんどの高官が来るから、あっぢいいい」

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