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第13話

「はいっええと、円座、高貴な方って、白い縁がついたものなの、それとも、こっち?」

「あんた、そんなのも分からないの?こんなの持って来て、この水鳥の壁代なんて、死んだ尚侍のものじゃない。どこから持って来たの?こんなの見つけるほうが難しいわよ。この円座も違う、神職はあっち持って行ってって。こっちは冬用の茣蓙じゃないの」

 と言われていることすら私には分からなく、何が何やら。

(えーと、えーと、あれ、何をしてたんだっけ・・・)

 常盤御前を探すことなど、探すどころでない。 言われたことをこなすのに精一杯。

「ちょっとあんた、この部屋には御簾持って来てって言ってるのに、まだやってないのかえ」

 途中、私はとんでもないカナキリ声にぶち当たった。

 走り回っていた私はぜえはあと息荒くなって振り返る。

 すると、御簾の中からでも分かるびりびりとする威圧感を放つ、ほっそりとした女性が立っていた。

 問答無用の威厳とあたりをはばからぬ気の強さ、着ている上等な唐衣を見ると、後宮の高貴な妃だ。

「これ、貴様、梅壺女御様がそう言っておろう。さっさとせい」

「は、はは、はい」

(この人が、梅壺女御?)

 あまりにはっきりした物言いと、御簾越しでも分かる細面の美貌、錦繍で取り繕った豪華な美しさに、私は呆然と見惚れた。

「何をしておる、さっさとするのじゃ。お前、もう良い、他の者にやらすから、とりあえず、お前もこちらに来い」

 その辺の仕事は、他の女房方がははーっと言いながらてきぱきしてっくれて助かった。

 それは良かったけど、何か部下らしき人が私の腕を掴んで離さず、よく分からないけど、梅壺女御がいる部屋に引っ張って行かれた。




 内裏では季節や年始の公式行事がある。

「のう、美濃、帝には葵祭にはわらわと共に行ってくれると言ってくれたかえ?」

 後宮は内裏とはまったく違う日常が繰り返されている。すなわち妃の日常と嫉妬だ。

「えーとそれが、葵祭には部下たちと共に行くと言われ」

「なぜじゃ、お主にはあれほど便宜を図らってやったのに。何をしておるのじゃ」

「申し訳ありませぬ」

「次の祇園祭は共に行くように手はずの整えよ」

「は」

「この役立たずが」

 けっと言って、次に梅壺女御は、御簾の中で、部下たちに向き直る。部下たちは一瞬でびくっとなり、ははっと一斉に、平伏する。

「ものども、この後宮で一番、美しいのは誰じゃ?」

「それは、梅壺女御様でございます」

「ほっほっほ、分かっておる、わらわも」

 後宮一の権力者と言われている梅壺女御。

 梅壺女御という方は、御年は帝と同じぐらいの古参の妃と言われているが、可愛らしい顔立ちで、御年二十代後半にはとても見えない。童顔で気の強さがあって、そこが都一と言われている麗人弘徽殿女御とは違った美しさだ。

 己でも権勢ぶりに自信があり、美しさも鼻にかけている自信っぷりだ。

「さあ、お前たち、この後宮で一番美しいのは、梅壺女御様だ、そうだろ?皆でそう唱えるのじゃ」

「はい、この世で一番美しくて賢明であらせられるのは、梅壺女御様でございます」

 用意でまだばたばたしている中、私も部屋の中に座らされ、他の侍女や采女たちと一緒に賛辞させられた。

(なんで私まで、絶賛を?)

「梅壺女御様、こやつがあの花を用意した采女です」

「こやつか、帝の面前で、いけしゃあしゃあと、花が綺麗だからと花瓶に飾りおった女は」

「違います。梔子の花が良い匂いだったので、梅壺女御様に気分を明るくしてもらおうと思ったのです」

「バカにするな。良い匂いをさせて、帝の気を引くつもりじゃったのだろう。この梅壺をバカにするな。クビじゃ。そちのような女子は許せん。クビじゃ。ああ、なんと忌ま忌ましい。外へ放り出せ」

「そんな、梅壺女御様。どうかお許しを。ここの仕事がなければ、家族に仕送りが出来なくなります。お助けを、お許しを、どうか、女御様」

「厚かましいわ。とっとと失せろ」

 女官というのはこの時代、上の者には逆らえない。その娘は梅壺女御の手下に抱えらえて、外に引っ張っていかれた。

(え、えらい、お人ですがな。私がもしも、姉の妹って知ったら、どうなるの、これ)



「これ、皆の者、この世で一番かわいいのは誰じゃ?正しく申してみよ」

「それは、梅壺女御様にあらせられます」

 少しのミスでも許されない。ミスったらやられる。そういう緊張感のある賛美斉唱は、皆、声が高い。

「では、この世で一番賢いのは?」

「それは梅壺女御様でございます」

「ふふふ、お主らは正しい。そうよの。この世で一番美しく、可愛らしく、そして賢い。それがわらわ。そういうことじゃ。後宮で一番の権力を持ち、一番人を従え、一番、帝の寵愛を得ている。それがわらわ。のう、小田巻おだまき

「その通りでございます」

「よろしい。ふふははは。のう、小田巻。この膳をじゃな。ここに置いて、それから酒と器を載せよ」

「は。しかし、何使われます?」

「この酒瓶にじゃな、痺れ薬を入れるのじゃ。それを弘徽殿に飲ませてやるのじゃ。そうすりゃ、弘徽殿は帝の前で、体を痺らせて転がる。そうしたら、帝とわらわが面白がれるであろう?」

「さようで」

「ふーふっふふ」

「ぷっぷぷ、へえっふほっほ」

「ほっほっほ、はーっはっは」

(何というか、明るい。ある意味、うん、明るい)

 このような計略を大っぴらにやるものではないが、上司も部下も揃ってわきあいあいと無邪気に語らい合うのは、明るい。うん。隠れて影でねっとりするより、明るい、うん。

「何やら、お忙しいそうで。明日の宴に手落ちがないか、手伝いに参りましたぞ」

 そこへ、弘徽殿女御が来た。

(どこから来たの?どこにもいなかったのに。狙って駆けつけて来たの?)

 おそらく不穏な匂いを嗅ぎつけ、疾風のごとくやって来たのだ。その早耳。なんか、周囲にいる?

 確かに、陰謀や計略のあるところ、未然にその芽を摘んでしまわねば己の身に災厄が降り注ぐ。対応が早いのだ、弘徽殿女御は。

 陰謀を画策していた梅壺一派らが当然だが、一変して、殺気立つ。 

 綺麗な唐衣を来て、髪を床まで垂らし、いつに増して美しいのは、宴会の用意で張り切っているからか。前は山姥だったのに、今は見違えるようだ。

 わざとらしくどかどかとやって来て、梅壺女御の前に用意した痺れ薬が入った膳を蹴っ飛ばす。

(ああ、蹴ったー)

 わざとではないと見せかけ、計略を見事にぶっ潰すとは、さすが弘徽殿女御だ。もう何度もやって、手慣れている感じだ。

「ほほほほ、あらあ、散らかっているから、分からなかった。今日の用意であちこち散らかってやだわあ。ごめんあーそばせ。とはいえ、梅壺女御様のお部屋で無作法なことですわ。誰です、このようなところに膳を置いたのは、これ、片付けなさい」

 しれっと弘徽殿は室内の用意をした下の者たちのせいにしてしまう。「忙しいのに、ご苦労よの。弘徽殿の」

 梅壺女御は弘徽殿女御と対面し、ぴっと眉間に青筋を立て、威嚇する。

「こんなところで、うろうろしおって、暇をもてあましとるようじゃの。少しは上達したのかえ?わらわが教えた和琴の曲は、前は出雲にいるという沙魚サメとかいうものが鳴いたような音じゃったの。舞人が舞うのに苦労していたよの」

「まあ、お気遣いしてくれるとは、お優しいこと。今度こそ、あなたより上手いと言ってもらいますわ。お上は雅楽の上手い方を好まれる。帝に気に入られるように、たっぷり練習しましたわ」

「ほう。和琴で帝の心を掴もうとするとは、小魚の身を得るのに骨を食らうようなものじゃの。出来るならやってみたらいい。だが、帝から褒美を得るのは、此度もわらわじゃ。お主ごときが、主上の寵愛を得られると思うな」

「我が先にと目当てにもされてないのに、厚かましいですわ。世間と対面する主上も迷惑ですわ」

「お主こそ出しゃばるな。お上の寵愛を奪う者は、わらわが後宮から追放してくれる」

「残念なことに、そのようにはなりませぬ。帝が与える最上の寵愛は、私が頂きますから」

「ほう。わらわに寵愛を挑むとは愚かな。前から言っておる。今すぐ、宿下がりの書面を書いて、実家に帰れとな」

「それはあまりに言い過ぎでは?」

「わらわしか、お上は相手はしてはならぬのじゃ。お上はわらわのもの」

「お上は梅壺女御様だけのものではありませぬ」

(な・・・なんか)

 このままでは、殴り合いのケンカしそう。

 これが寵愛争い?

 これ、絶対姉上には無理よ。あの人、意外と気が弱いの。


 



 もう髪の毛掴んで引っ張り合うぐらい。仲が悪いってのは本当だ。

 地位的には左大臣の娘である弘徽殿のほうが下。入ったのも後からなので、梅壺女御には気を使っている。けど、寵愛争いについては弘徽殿も遠慮もしてない。一人の人を争って、こんな容赦のないぶつかり合いになるのか。

「あなたもでしょ、姉の威光を嵩に着てやって来て、下々の中に混じって素知らぬ顔しているけど、そうやってやってる感出しながら、自分に注目を浴びせようとしているわね?」

 私が立ち去ろうとしたとき、声を掛ける者があった。長池殿の取り巻き(金魚のフン)だ。

「なに、桜の君の妹?そなたがか?」

 梅壺女御が、私に鋭い声をかける。

(わざわざ、梅壺女御の前で言わなくていいのに)

 よりによって、一番見つかってはいけない相手の前で、堂々と見つかってしまった。

 梅壺女御、同時に弘徽殿女御から、じろじろと痛いほどの視線が浴びせられる。誰が見ても分かろうが、私とっても今、危険デンジャラスな状況だ。

「お主か。帝の寵愛を嵩に着て、厚かましく、姉を差し置いて、後宮に入って来たのは。なるほど、面の皮が厚そうな、愚鈍な面構えをしておる。この仕事も、このような簡単な仕事も出来ない。ここに何しに来た?主上を狙いに来たのであろう?」

「い、いいえ、私はただ勤めに・・・」

 梔子の采女が目の前で追放されたのを見た後では、うかつなことは口に出さないほうがいい。というより、言えない。何をされるか分からない。

「勤めだと?何も分からずうろうろしおって。お主は本当にやる気があるのか?」

 梅壺女御はイライラとし、途方もなく機嫌が悪くなっていく。それを見たら、今度は、梅壺の手下の取り巻き(金魚のフン)が私に当たり始めた。

「今日の管弦の宴は、夏の暑気払いも兼ねてやるから、部屋のしつらえは涼やかにと女御様方が整えておる。その、御簾の端にある屏風、女御様のしつらえにしては見劣りする。納殿から四季の花鳥図の屏風絵を持って来よ」

「は、はい」

 六曲一双の屏風って一人じゃ担げないぐらい重い。さっそく取りかかかってみたけど、重い。動かないのを無理に畳もうと押したら、ぐねんとなって、ばたん、と倒れた。

「何をしておる。こんなことも分からぬのかえ?」

「役立たずめ」

 梅壺の不機嫌を察した手下は、勢いを増して私に当たり始める。

「愚鈍な女子は後宮には要りません。どうします?梅壺女御様」

「吊るしてしまえ」

 その一言に私は凍り付いた。

(ひええ、吊るすってあれですか、本物の吊るすですか?)

 さっと、手下たちが私を取り囲む。

(ええ?私来たばかりなのに、まだ何もしてないのに。ここで、人生費えてしまうの?こんな場で、殺されるの?)

 いきなり処刑?だなんて。そんな。

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