伊勢へ
一気に土地の気が強まった。意識を集中すれば自身の妖気となって流れ込む。高揚感と破壊衝動。それは昔感じていたものと似ていた。ぶわっとするような妖気の流れ。この感覚に夢中になりそうになった時、車から降りた祖父に声をかけられた。
「影丸、詩乃が疲れたみたいだ、先に家に入って寝かせてやれ」
「……ああ」
飛行機と車の移動で疲れた詩乃は、すやすやと寝息を立てている。祖父は友人の道場近くにあった家を買った。平屋の家は北海道の家とは違って瓦屋根で、どこか古く感じさせる。庭もそんなに広くは無いし、雑草の伸び切った裏の畑も大して大きくは無い。だが、3人で住むには十分だろう。居間を囲んで和室が1部屋、洋室が3部屋。あとは台所に洗面所と風呂場。一般的な家だ。洋室の2つを俺と詩乃が使い、祖父は和室を使う。もう一部屋はひとまずは物置になりそうだ。
先に着いていた荷物から布団を引っ張りだし、詩乃を優しく寝かせる。移動中はしゃいでいたせいか、いつもより疲れるのが早かったんだろう。詩乃の頭に触れると、微かに妖気が増していることがわかった。やはり詩乃も、ここに満ちている気が体に良く馴染むようだ。はしゃいでいたのもそのせいだな。
「明日からはみんなで草むしりだな」
自室に荷物を置き終えた祖父がドアから顔を覗かせた。詩乃は庭や畑いじりが好きだからか、祖父は早く手入れをしてやりたいようだ。それには俺も賛成だった。
「やっぱり少し埃臭いな、窓を開けるか。机の前の窓を開けてくれ」
「3月でももう暖かい。東京よりも暖かい気がする」
祖父に言われて窓を開けてみる。風が冷たいと感じることはない、これなら詩乃が風邪をひくこともないだろう。
「夏は湿気がすごいぞ。北海道と比べるとこっちはほとんどサウナだ」
「それはあまり楽しみにできねえな」
4月になり、俺は合格した高校に通うことになった。バスを使えば詩乃の通う小学校にも行ける。偏差値も利便性もちょうど良かった。
影丸の通う、安濃西高校の近くには同じ名前の安濃川という川がある。学校名はそこからとったのだろう。進学校というわけではないが、影丸が余裕を持って受験をするにはちょうどいい学校だ。マンモス校というわけではないから、全校生徒は400ちょっと。1学年140ぐらい、全学年5クラス編成でひとつの教室にだいたい30人ぐらいが所属する。一応公立らしい。学費の面では祖父の手助けができたと思う。
戸籍上、祖父の子供となってから苗字が嶽川となり、かなり勇ましさを増した。そして、いつの間にか自身の体も大きくなり、先日行った身体測定では180cmを超えていた。祖父の指導のもと、剣道を続けていたため、程よく筋肉がついたが体質のせいなのか実際の筋肉量よりもずいぶんとガタイがよく見える。体質というか、大嶽丸という前世が関係してそうだ。
入学後何故かすぐ行われた席替えで、真ん中の列後ろから2番目を獲得したが、俺の背後のやつが小柄な男で黒板が見えないという理由から早々に席を交換した。そいつの名前が田貫一成。雰囲気と妖気から恐らく化け狸であろうと考えついた。
引っ越して来てから、自分のように妖であった前世を持つ人間は大勢いるとわかった。以前は自分の妖気が弱く、周りの妖気に気がつけず。北海道にいた時は、妖本体に会うことはあっても、妖気を持つ人間には巡り合わなかった。田貫が俺の前で少しビクビクしているのも、俺が大嶽丸であると悟ったか、単純に妖気に怯えているかの2択だ。
引っ越してきてすぐ、俺のように妖の記憶を持つ人間に襲われた。ぬりかべ、一反木綿、旧鼠にあかなめ。最初は驚きと動揺を感じたが、連日現れるそいつらのおかげで戸惑うことは無くなった。旧鼠に至っては、過去の戦いについての文句を言いながら逃げ帰る。自分や詩乃だけが、特殊な力を持つわけではないのだと実感した。
普段は詩乃を迎えに行って一緒に家に帰るが、今日は祖父が迎えに行くと言って聞かなかった。恐らく、遊びもせず帰ってくる俺に、友人作りを勧めたいんだろう。いらない配慮だが、まあとりあえず言うことを聞いてみるか。迎えが無くなったため、放課後は俺の自由に使えるというわけだ。玄関を出てすぐ、俺の胸ぐらいまでの背をした小太りの男を捉えた。友人になりたい、という訳ではないが話を聞く分にはちょうど良さそうだ。
「おい、田貫」
「ひぇっ!? な、なんでしょうか!!?」
ビクビクしながら振り向く田貫。目の錯覚か、膨らんで震える尾が見えた気がする。
「少し話がしたい」
「そ、そんなっ! お強い鬼の方と話すなんておこがましい! 僕はこれで!」
鞄を抱え直し、田貫はすぐさま走り出した。仕方ない、今日のところは……待てよ、あいつ今、鬼って言わなかったか? 聞くまでもなかったようだ。俺も右肩にかけた鞄を1度かけ直し、両方の足首を何度か回した。
「待てや田貫こらぁ!!」
そう、逃げる獲物を追うことに決めた。
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