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鬼神は妹至上主義  作者: 白い犬
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死への呪いと祖父

 母はそれから詩乃(しの)の面倒を見なくなった。そこで、父がベビーシッターと呼ばれる世話係を雇い、母に代わって詩乃の育児をさせた。俺が学校から帰ってからも数時間いるその世話係と何度か言葉を交わしたが、金さえもらえればそれでいい、そんな女だ。両親が詩乃を見捨てようが、世話係が義務的になろうが、俺にはどうでもいい。

 詩乃には俺が愛情を与える。他の誰がそばにいる時よりも、俺の腕の中にいる時の方が詩乃は穏やかな表情をする。


 詩乃が1歳になった年だ。その日は珍しく、父の帰りが早かった。2人の話し声が、2階の自室まで聞こえてくる。

「ねえ、あれをどこかにやってよ!」

「どこかって」

「どんな酷いとこでもいいから、養護施設にでも放り込んで!」

「お前、自分の子だろ?」

 母はそこまで詩乃が恐ろしいのだろうか。こんな発言をしたのは初めてだった。父は母の勢いに戸惑っているようだが、何度も母の喚きを受け、徐々に母の意見に同意を見せてきた。

「大丈夫よ、きっと受け入れてくれるとこがあるわ」

「うちには影丸(かげまる)もいるしな……」

「そうよ。無理にあれを置いておくことないじゃない」

 ああ、愚かなり。これなら、前世の詩乃の両親の方が、まだ良かったんじゃないだろうか。久しぶりに、2人で出かけようと家を出る両親に向かって、俺は呪詛を吐いた。

「無様で卑しく哀れな人間よ。お前たちには死が付きまとうだろう。苦しんで苦しんで、泣き叫ぶことも出来ないほど絶望して死ぬがいい」

 お前たちはもういらない。

 このままでは詩乃が俺から奪われてしまう。それはあってはならない。決して起こってはいけないことなんだ。

「安らかになど眠らせない。死んでも地獄の鬼の餌食になるがいい」

 暗い部屋の中で、金の瞳が2つ光った。

 そして翌日、繁華街の路地で2人の遺体が発見された。


「詩乃、何も心配するな。俺はお前とずっと一緒だ」

 親戚たちが集まって、両親の葬式を開いた。ホールの壁際に座る俺たちを見て、大人はヒソヒソと話をする。まあ、聞こえているんだが。

「ヤクザに目をつけられたって聞いたわ」

「遺体、暴行された痕跡があったんでしょ?」

「元から好きじゃなかったんだ、あんな奴ら」

「それよりどうするの、あの子たち」

「普通に考えて、祖父母じゃないか?」

「でも旦那さんの方は断ってるんでしょ?」

 大人たちの残酷な話や冷たい視線から俺たちを隠すように、一人の男が立ち塞がった。初めてあった時よりもシワが増え、白髪も目立つようになったな。

「影丸、大丈夫か?」

 母の父親、俺たちの祖父である嶽川 義丸(たけがわよしまる)だった。俺たちの名付け親でもあるこの人には、数年前に1度会ったきりだ。趣味で剣道をしている祖父は、60歳間近にしては体もしっかりしている。今も十数人に教えているらしいから、現役と言っていいだろう。

「ん? お前、なんだか目の色が不思議だな? そんな色をしていたか?」

「知らない、急に変わった」

「そうか、痛みとかはないか?」

「平気」

 祖父は初めて見る詩乃を見つめた。そして、ゆっくりと手を差し出し、抱いてもいいかと尋ねる。祖父は平坦で冷めた話し方をするが、母たちよりもずっと優しい人間だ。だから信用して、その腕に預ける。

「小さいな」

「母さんは詩乃に母乳をやらなかった。ずっとベビーシッターが面倒を見てた」

「そうか。……出産後に連絡がないからおかしいと思っていたんだ。詩乃、すまなかったな」

 祖父の声に、詩乃は身動ぎをしながらも祖父の腕の温もりにすがった。

「じいさん、詩乃には目がないんだ」

「目がない?」

「母さんはそれを怖がっていた。たぶん父さんも」

 祖父は一瞬動揺したようだったが、優しく詩乃の瞼を撫でた。

「目があろうがなかろうが、俺の孫に変わりは無い」

 おいで。祖父は詩乃を抱いたまま俺に手を差し出した。どうやら俺たちは祖父に引き取られるらしい。

「手なんか繋がなくてもちゃんとついて行く。いいから詩乃を返せ」

「ずいぶん横暴だな」

 葬儀は他の親族に任せて、俺は祖父の後について行った。未練などなかった。たとえ自分の親だとしても、俺の中にあまり情がないのがはっきりと分かる。


 祖父母は俺がもともと住んでいたところからだいぶ離れたところにいる。初めて会った時は、祖父母がこっちに来たが、今は逆。

 飛行機という空を飛ぶ鉄の塊に乗り、俺は初めて北海道という場所にやって来た。前世ではまだ日本の中に入っていなかったはずだ。空港からまたしばらく車を走らせる。街中も通ったが、祖父母の家はずいぶんと田舎にある。

 空港に着いた時から涼しいと思っていたが、街中を出るとさらに風が心地よく感じられた。

「涼しいだろ。向こうの8月とは大違いだ」

「気持ちいい」

「それなら良かった」

 静かだ。

 東京じゃ静かな方だと言ってつい先日まで暮らしていた家は、夜になれば改造したバイクで走り出す暴走族や、意味のわからない言葉を発しながらふらつく酔っ払いがいた。だがここは、治安も良さそうで夕方でも落ち着いた雰囲気がある。

 ここなら、詩乃も心穏やかに過ごせるだろう。自分の心の中でそんな評価をしていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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