再会
大嶽丸が陰陽師への憎しみを取り戻したのは2歳の時だった。幼い自身の体に疑問を抱き、変わってしまった現代日本の風景に戸惑った。そして魂が長い時間をかけ蘇ったのだと悟った。
大嶽丸は、今井 影丸と名を変え現代に還ってきた。自身の体内に、僅かながら妖気を感じた。まだ少ないが、今後回復していくことだろう。
俺が過ごした家はそれなりに裕福だった。両親の仲は良好であったが、あまり共に出かけることはなかった。父が仕事人間であったため、家を空けがちだったからだ。そんな家庭に亀裂が入ったのは、俺が7歳になる年だった。
5月に母が、1人の赤子を産んだ。父と共に病院へ駆けつけ、赤子と対面する。
顔を見る前にわかった。その小さな赤子は、かつて失った、愛しい妹であると。
「シノ……」
「あら? あなた、影丸に名前を教えていたの?」
「いや、まだ言っていないが」
両親が戸惑うように話していたが、俺の耳には届いていなかった。無意識に赤子に手を伸ばし、母から俺の腕へと移す。ようやく顔を見て、愛しさがさらに溢れた。
今世でも、俺の大切なシノは、詩乃と名付けられた。よく、戻ってきてくれた。もう失うものか。不思議と産まれたばかりの詩乃は、俺の近くにいたがり、母よりも求めるのだ。恐らく、詩乃もどこかで俺の存在を感じている。
幸せな時だと思った。しかし、それはすぐに崩壊する。
詩乃が生まれて1ヶ月。母は詩乃の目が開かないと不安になった。
学校から帰った俺の耳に届いたのは、詩乃の泣き声。どうやら、オムツが不快らしい。
母のを見て学んだ通りに詩乃のオムツを替えてやると、泣き声はすぐに収まり、俺の腕の中で再び眠りについた。
「母さん、どうした」
母は、俺が腕に抱いた詩乃を見ると、すぐさま顔色を変えて座っていた椅子から転げ落ちた。
「こっちに近付けないで! そんな化け物!!」
化け物?
母の視線は詩乃に向いている。どうやら、母は詩乃のことを化け物と言っているらしい。
父が帰ってきて、母はようやく事情を話した。
詩乃には両目がないらしい。
母は俺たちが出かけたあと、なかなか開かない詩乃の瞼を無理やり上にあげた。瞼の奥には、本来あるはずの眼球が存在していなかった。誰かに取れたかのように、そこには丸い窪みがあった。あまりの恐ろしさに、母は病院に連れていくことも出来ず、結局父と俺の2人で詩乃を病院に連れて行った。
結果は原因不明。出産後の診察ではなにも問題がなかったそうだ。本当にいつの間にかそこから抜け落ちたようだと話す。出血も傷も何も無く、詩乃自身も痛がっている様子はない。
その日の夜、喚く母をなだめ、父と母はようやく眠りについた。小学生になってから与えられた一人部屋を出て、両親の寝室で眠る詩乃に近付いた。
両親はどちらも深く眠りについている。左手に微量の妖力を集め、詩乃の瞼の上にかざす。
詩乃の目を撫でるように妖力を流すと、不快な妖気が残っていることに気がついた。のらりくらりと人を騙し、盗みを働いては下卑た笑みを浮かべる。
「ぬらりひょんか……」
現代では妖怪の総大将なんて呼ばれて、昔から調子に乗るどうしようもない妖。鬼である自分から見れば、奴はただの弱者だった。何度か対峙し、その度に傷を負わせては姑息な技を使って必死に逃げていく。面白いからと放っておいたが、まさかこんな嫌がらせを仕掛けるとはな。
恐らく、詩乃の目はぬらりひょんに奪われた。詩乃の中に、まだ微弱な俺の妖気を感じたのだろう。
「また巻き込んでしまったな」
妖力を止め、詩乃の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ。詩乃の目は、兄である俺が取り返してやる」
詩乃は俺の宝だ、愛だ。そんな大切な存在に、こんなことを仕出かした。さて、どうしてくれようか。
だがまずは力をつけなければいけない。俺に気がつけないほど巧妙に盗みを働いたんだ、恐らく今はぬらりひょんの方が力がある。
自身の中に眠る妖気を大きくし、前世のような力を手に入れることが一先ずの目標だ。
詩乃の手に触れると、俺の指をきゅっと握った。その時、暖かで優しい力が流れ込んでくると感じた。間違いなく、それは詩乃の妖力だ。
妖は基本自分の傷は自分で癒す。妖気が大きければ、回復も早い。だが妖の中では、他者の傷を癒すことが出来る妖気を持つ者が時々現れる。この妖力を受けてみて、恐らく詩乃はそれに該当すると考えた。恐らく、まだ無意識に垂れ流しているのだろう。
だが詩乃の妖気はさほど大きくはない。この力を上手く使えるとは限らないし、妖気を媒介として魂が記憶を呼び起こすのなら、おそらく前世を思い出すこともないだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。俺がすべきなのは、詩乃の幸せを作り、守ることだけだ。
「良い夢を、俺の愛しい妹」
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