鬼と鬼
指先から皮膚が黒く変わっていく。額には鋭い2本の角。木葉天狗の住処には静けさが残っている。
「ずいぶん鬼らしいじゃん」
木の影から姿を見せたのは白雪だ。本人の希望で、この戦いに参戦するようだ。狛天たちは、戦闘員を連れ他の手駒たちを討つ手筈になっている。
「これから来るのも鬼だぜ、俺なんかよりずっと凶暴だろうさ」
「鬼はいつだって凶悪で卑劣な化け物だ」
「違いない」
これだけ妖気を放っていれば、酒呑童子は涎を垂らしながらこちらに向かってくるだろう。その証拠に、大きな妖気が近付いてくるのがわかる。
「白雪、無理はするなよ」
「余計なお世話だ」
この戦いが終われば、また詩乃と爺さんと出かけよう。今度は詩乃の目が治って、詩乃が気になったもの一つひとつをしっかり見つめて欲しい。
詩乃の目が治ったら、爺さんは号泣するだろうな。そんで、かわいいかわいいって言いまくって、服をたくさん買ってくる。
「来るぞ白雪」
「ぬらりひょんの足止めは任せて」
「ああ」
甲高い笑い声はかつての酒呑童子と同じ。赤い体と、紅を引いた唇。深紅の着物に身を包んだ女は、暴風とともに影丸の前に姿を現した。
「大嶽丸ぅうう、ご無沙汰ァ」
「久しぶりだな酒呑童子。見ない間にずいぶん美人になったじゃねえか」
「そぉお? でもね、人間の体って窮屈……茨木童子が死に際に私の魂を逃がしたおかげで、こうして甦ったけど、まさか浅ましい人間になるなんてねェ」
「前よりコンパクトでいいじゃねえか」
どうやら酒呑童子が甦った原因には、彼女の忠臣だった茨木童子が関係しているようだ。酒呑童子に心酔していた茨木童子がいないということは、どうやらそちらの鬼は甦ることができなかったらしい。
酒呑童子の妖気に隠れるようにして、ぬらりひょんの妖気を感じた。影丸が白雪に視線を送ると、心得たというように、山の奥に動く。
「ねぇ、大嶽丸ぅ、あなたもずいぶんと妖を喰らってきたのでしょお? なら私と戦えるはずねェ」
「お前と戦うためにやったんじゃねえよ。お前も、俺が目的を果たす過程でしかない。さっさとやろうぜ女鬼」
「生意気なまいき、だぁあああい嫌い」
炎を纏った酒呑童子は、また笑い声を上げながら刀を構える。影丸もそれに応じて雷を纏う。負けるつもりはない。影丸の脳裏には、自分を呼ぶ詩乃の姿が浮かんだ。
「詩乃、どうかしたか?」
今日は夜になっても兄がそばにいた。だが、どこかおかしい。声も大きさも全部同じなのに、気配がいつもより薄い。祖父は違和感がないようだが、詩乃は不思議でたまらなかった。兄がいるはずなのに、心が不安でたまらない。
本当に、にいになの?
詩乃は自分の中の妖気を無意識に捉えた。昔から隣にいることで詩乃の中に蓄えられた影丸の妖気が、疼き始めている。ざわざわとしたその感情が、必死に影丸はここにいないことを告げてきていた。
「ねえ、あなたは誰?」
「え? あ、何言ってんだ、お前の兄ちゃんだろ」
「違う。にいにはここにいない。ここににいにはいない」
ど、どうしよう影丸ぅ…………。内心冷や汗をかきながらも、今影丸の所に行くことは危険だと、田貫は何とか詩乃を引き留めようと考えた。しかし詩乃は、影丸がここにいないと確信し、田貫を避けて玄関に向かっていく。
「詩乃、どこに行くんだ」
「じいじ、あのね、にいにがいないの。だから、にいにを探しに行きたい」
祖父は、冷や汗を流す田貫を見た。見た目は完全に影丸だ。しかし、祖父はじっくりと田貫を観察し、それが影丸でないことを悟る。だが、今はそれを問いつめるのは今ではない。
「詩乃、よく聞きなさい。影丸は今、大事な戦いに挑んでいる」
「戦い?」
「ああ。強くて悪い人と闘ってるんだ。本当は俺も行って手伝いたいが、じいちゃんはもう弱いからな、影丸の邪魔になってしまう」
「じゃあ私が行くのも」
「そうだな。だがな、詩乃にはもっと大切な役割がある。ここで影丸を待つことだ。そしてもし影丸が帰る家を忘れた時、詩乃が迎えに行ってほしい。これは詩乃にしかできない事だ」
「私だけ?」
「ああ、詩乃だけだ」
「……うん、わかった。私、にいにのこと待ってるよ」
「詩乃は偉いな」
詩乃は祖父の話を聞いて、玄関を離れ居間に入った。祖父は呆然としている田貫に再び視線を向ける。一瞬びくりとした影丸の姿をした田貫に、フッと笑みを浮かべて手招きをした。
「影丸の友達だろ? 反応がそっくりだ。よければ茶でも飲みながら、君たちの話を聞かせてくれ」
「は、はい!」
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