痕跡を辿る
なんとなく、ぬらりひょんの妖気を覚えていた。自分が刺された箇所からも、その違和感を覚えたが、禍々しい奴の妖気を以前よりもはっきりと分かる。そのおかげで詩乃の目に残るわずかな妖気をしっかりと掴み取れた。
「俺から仕掛けてもいいんじゃないかと思ってさ」
提灯屋の客は相変わらず少ない。今いるのは、影丸、田貫、影丸が連れてきた詩乃だ。客と呼べる者たちではないだろう。今日は白谷も黒崎もいて、白谷が詩乃の相手をしてくれている。
「仕掛けるって、相手はぬらりひょんでしょ? いくら影丸でも倒せるとは限らないんじゃ……」
「前回の騒動で、穏健派はぬらりひょんを危険妖と判断した。白雪はもちろんだが、木葉天狗も協力関係にある」
「だがぬらりひょんには、まだ使える駒があるかもしれないじゃないか」
「そこであんたに依頼したい」
「まさか、ぬらりひょんに近付けって言ってんのかい」
「ああ」
予想外の出来事があれば、それだけ勝機は遠のく。それならば、影丸が考えるのは準備を怠らないことだ。
「あたしら中立派は、侵攻派にも穏健派にも関わらないんだ。今あんたに協力するのはルールに反するね」
「そうだな、だから……」
「影丸っ!?」
美津の背後で黒崎が牙と爪を剥き出しにする。影丸は美津の首元に手を伸ばしたのとほぼ同時だ。白谷は躊躇いなく爪を詩乃に向けていた。だが、この場で慌てているのは田貫だけ。不穏な空気を感じて、詩乃も戸惑っているようだ。
「白谷、詩乃ちゃんから離れな」
「しかし」
「いいから」
白谷はしぶしぶといった様子で、詩乃から距離をとる。恐らく、影丸を脅すための人質だったのだろう。影丸も白谷が傷つけられることは望まないが、詩乃に傷一つつかないことを確信していた。
本気で美津を、殺すならまずは白谷と黒崎からやるな。
「美津、あんたは俺に脅された。無理矢理情報を引き出されたにすぎない」
「そう言ってもぬらりひょんにはそんな事情、どうだっていいだろ」
「お前に力を貸してやるよ。あの妖一掃時代を生き延びたあんただ、俺の妖気を使いこなせるだろう」
化け猫は、ただ単純に長く生きた猫というわけじゃない。強い化け猫になればなるほど眷属を増やし、それは魂まで支配することが可能だ。
猫の魂っていうのは厄介だ。9つあると言われる命は、この世に彷徨い続けることもある。呪いにもなりうる猫たちの魂は、それだけで恐ろしいものだろうさ。
美津に手をかざす。牛鬼から得た、溢れそうな妖気は妖力として上手く扱えるようになっていた。それを少しずつ美津に流していく。
「上手く吸収しろよ。黒崎、白谷、お前らにもそのうち恩恵があるはずだ」
美津は一瞬、体を強ばらせていたが、口角を上げ目を輝かせた。
やっぱりこいつも妖だな。力に貪欲で、俺の妖気を貪ろうとしてやがる。
田貫よりも長い時間妖気を流し、ギリギリで止めておく。美津は、倍に増えた妖気に快感を覚えたのか、頬を上気させていた。
「いいよ、あんたの依頼引き受けてやる。あくまでも、あんたに脅されたていでね」
「ああ、頼んだ」
話が終わると、詩乃がゆっくりと近づき、影丸の足に抱きついた。体が震えている、先程までの空気感が不慣れなもので怖かったのだろうか。影丸は頭を撫でたあと、脇に手を入れ、軽々と持ち上げた。
「ごめんな詩乃。怖かったろ、もう終わったからな」
少し逞しくなった影丸の胸に、無言で顔をすり付ける。影丸は詩乃への隠し事が多い。そんな兄に、詩乃は時々不安になってしまう。見えないからこそ、詩乃は声や匂い、体温で影丸を知りたい。それなのに、最近の影丸は段々とそれらが薄れていく気がした。影丸が変わっていく気がして、詩乃は不安だった。
いつか自分が、兄の痕跡を辿れなくなる。そんな未来に怯えていた。
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