負傷
吐く息は毒。切り裂くのは小野より太い脚。身を翻して躱しても、奴の手足は6本。こちらから仕掛ける隙がない。影丸の背には未だに凪が座り込んでいる。放っておいてもいいが、影丸自身、穏健派として行動するのならば見捨てられないだろう。
それにしても邪魔だ。あのガキを気にかけて動くのは、難しいな。
影丸は、躱さず脚を受け弾き返し、その反動で背後へと下がった。
「凪、投げるから式を出せ、受け止めさせろ」
凪の返事を待たず、影丸は片腕で凪の体を持ち上げ、遠くへ飛ばした。さらに森林の奥へと。気配があったから、上手く式神を用意できただろう。
「さて、これで楽に戦える」
「お前を食って、俺はさらに力を手に入れる!!」
「牛鬼も共食いをしているのか、どうりで妖らしい姿をしているわけだ」
影丸もそうだが、力を増すにつれて、本来の姿を取り戻し始めていた。その証拠が今の自身の姿だ。ブラックダイヤモンドよりも光り輝く角は、大嶽丸の自慢でもあった。
飛び出した影丸は、牛鬼の腹の下に潜り込むよう身をよじった。スレスレで脚を躱したが、間一髪だ。そのまま腹の下に雷霆刃をお見舞する。
「ぐっ!!」
これはかなり効いたようだ。すかさず牛鬼は腹を下ろし、影丸を潰そうとする。近くにあった脚に手をかけ、片手の力で自身を引き上げる。背に乗るように回り込み、今度は背中に一撃くらわせようとしたが、牛鬼の頭がぐるりと後ろを向いた。
しまった……!!
牛鬼がはーっと気を吐くと、黒紫の吐息が影丸に降りかかる。何とか口を覆い、すぐさまその場をとびあがる。
軽く吸ってしまった。くそ、手が痺れる。
牛鬼の毒は強烈だ。
少しでも吸えば、手足がしびれまともに動けなくなる。ここで耐えられているのは、影丸がそれほどまでに強くなった証拠だろう。
刀を持ち直し、影丸は大きく息を吐く。
毒を喰らったからには、早くケリをつけなければ。白雪に、あとで説教されるかもしれないが、仕方がない。
影丸が天に向かって、手を伸ばす。影丸が今持っている妖気の総量ギリギリまで放出し、空に黒雲を生み出した。ここから放たれるのは黒雷。どこへ逃げようとしても無駄だった。
「牛鬼の丸焼きだ」
影丸が腕を振り下ろすと、バリバリという音に合わせ、地響きが広がり、太く鋭い黒雷が牛鬼へと命中した。ぎゃーっという叫び声を残し、牛鬼の体は雷に囲まれ、一瞬で気を失ってしまった。
ひっくり返った牛鬼に乗り、雷霆刃を構える。心臓に狙いを定め、全体重をかけるように突き刺した。1度、ビクリと体が震え、牛鬼は死んだ。いつものように消えていく。膨大な妖気が影丸の中に流れ込む。
これを使いこなすには、ちょっと時間がいるな。
急激に増えた妖気は、影丸の体を蝕むこともある。それを制御出来るかどうかも、実力のうちだ。
少し休んでから戻ろう。
どの道、帰れば説教だ、それまでに体を休める必要があった。大木に寄りかかり、少し休息を取ろうとした時。
ブシュ、と何かが吹き出す音が聞こえた。腹部の右側が熱い。視線を下の方へやると、そこには短い刀が顔を出していた。
「ぬら、り、ひょん……」
「やはり今のお前では牛鬼に手間取ると思った。ゆっくり殺してやろう」
刀が抜かれ、反動で前に崩れる。血が滴り落ち、影丸の真下に血の水溜まりを作り出していた。
くそっ……完全に油断していた。
ぬらりひょんは、苦痛に歪む影丸の表情を見て満足気に笑う。血を振り払い、次はどこを斬ろうかと思案しているようだった。痛みと熱さ、それに加えて確かな焦りが影丸を襲った。どう切り抜けるか。
ぬらりひょんが考えを終了し、刀を振り上げた時だ。
これでもかという冷気が、2人を襲った。
「白雪……」
「今すぐ影丸から離れろ、さもなくば心の臓まで氷漬けにしてやろう」
ヒュオーと音を立て、どこからともなく風が吹く。その度に吹雪のような雪を、体に纏わせた白雪が近づいてくる。さらにそこへ、黒い影が落ちてきた。
「加勢に来たぞ白雪殿」
「ありがとうございます、狛天さん」
白い狼のような顔を持った天狗。木葉天狗と呼ばれる種族だった。狛天は、妖が一掃された時期を生き残り、数少ない同胞たちをまとめる長だ。
鴉天狗とは、違うみたいだな。
傷口を押えながら、頭上を飛ぶ数体の木葉天狗を見つめた。皆白い狼の顔をしているが、狛天は一段と真っ白で、威厳のある顔つきだ。
「さすがに分が悪い……。仕方がない、それではまたな、大嶽丸」
消え入るように姿をくらまし、ぬらりひょんが立ち去っていく。こうまで完璧に気配を消されれば、白雪も木葉天狗も探し出すことは不可能だ。
とりあえずは、命拾いしたってことか……
影丸は、不敵な笑みを一度うかべると、気力が尽きたかのように、その場に倒れ伏した。
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