寂しがり屋
「にいに、お出かけ?」
木々の緑もだんだんと色付いてくる頃、休日午後、影丸ハウスでのトレーナーにゆったりとしたパンツを履いて家を出ようとしていた。いつもなら一日中詩乃の遊びに付き合う影丸が、ここ数週間は1人で出かけることが重なっていた。
「悪いな詩乃」
「何時に帰ってくる?」
「夕飯は一緒に食べられるさ」
兄が大好きな詩乃にしてみると、引き止めたい気持ちで溢れている。しかしわがままを言って兄を困らせたくはないと、ぐっとその気持ちを押さえ込んだ。影丸はそんなわがままを言わない詩乃に、少し寂しさを感じつつ、2度ほど詩乃の頭を優しく叩き家を出た。
今日は少し遠出をすることになっている。最寄りのバス停から1時間揺られ、さらに電車で30分。松阪市の辺りまでやって来た。駅の近くには人が多かったが、手元の地図を見て進むうちにだんだんと人気が無くなってきた。
「遅い」
「時間通りだろ、遅刻はしてねえ」
住宅よりも田畑が目立つようになると、白雪が待ち構えていた。今日は、戸川から頼まれた妖退治を行う。先日も、下級の妖を追い払ったばかりだが、今回の仕事は人にも被害が及んでいる。
いま影丸たちがいる辺りに住む若い男性が、何人も行方不明になっていた。警察を交えた事件となっているが、男性たちは見つからず、足がかりとなるものもない状況だった。そこで、調査員たちが調べに出たところ、どうもあやかしの仕業ではないかという結論に至ったのだ。
今回は1人で対処できない可能性も考え、白雪も同伴することになった。本人は不満だらけのようだが、影丸を引連れ、調査員たちが調べた森林に足を踏み入れる。
影丸は木々の間にかかった蜘蛛の巣を軽く払う。どうも先程から、蜘蛛の巣が目に入る。
「これはいるだろうな」
「蜘蛛か」
影丸の呟きに、白雪がすぐ反応した。
「被害者は男性ばかり、ということは女郎蜘蛛の可能性があるな」
白雪も薄々感じていたのだろう。先程から無数の目が影丸たちを監視していた。
「邪魔くさいなー」
白雪は細く白い腕を晒し、手の平にふぅっとひとつ息を吹いた。すると、ゆっくりと冷気が舞い上がり、辺りに広がると、十数匹の蜘蛛がぱたりと倒れ、地面に落ちていった。見れば落ちてきた蜘蛛は腹を見せながら凍りついている。雪女の冷気に触れれば、たちまち凍りついてしまう。それが迷信ではないと、影丸は目の当たりにした。
「雪女は暑さにめっぽう弱いって聞いたけど、ほんとか?」
「まあ苦手ではある……。だけど、気温が高いから負けた、なんてことはない」
前世で出会った雪女は、常に自分を冷気で覆っていた。妖気をそうするように扱っているからだ。雪女は賢い女たちで、強者にわざわざ勝負を仕掛ける命知らずな行動はしなかった。そのため、影丸は彼女らの実力を知らない。
「小賢しい虫は払ったが、親玉が出てこないな」
森林は思った以上に広く深く、歩いて探すにはなかなか手間がかかる。白雪は、途方もない探索に嫌気がさしてきた。
「知ってるか白雪、蜘蛛ってのはな綺麗に作りあげた巣を荒らされんのが、かなりムカつくらしいぜ」
影丸はそう言うと、妖気を放出し雷霆刃を生み出した。黒々とした刀身に雷を携え、その見た目だけで恐怖を感じさせる刀。柄を両手で掴み、右肩から斜めに振り下ろした。
すると、ゴウっという音を立てながら、風が切られ、影丸の正面から10メートルほど先までの木々が一掃された。木々が無くなると、一気に視界が開けたが、白雪はその様子にぽかんと口を開けた。
「ちょ、なにやってんの!」
「こうした方が効率がいい。人が消えてんだ、木が何十本か消えたぐらいじゃ驚かねえよ」
「驚くに決まってんだろうが!!」
「まぁ見てろよ」
不満を隠さない白雪を横目に、影丸は雷霆刃を構え直す。薙ぎ倒した木々の奥から、黒い影が現れ、ガサガサと音を立てながら迫ってくる。
「まさか、あれが」
「女郎蜘蛛のおでましだ」
白い着物に長く艶のある黒髪。下半身は巨大な蜘蛛の体。紅を引いた唇が、不気味さをさらに感じさせる。
「だぁれ? わたくしのおうちを荒らすのわぁ」
雰囲気でだいたい察しがつく。影丸は、目の前の女郎蜘蛛が、妖だと判断した。甦りとはまた違う、独特の邪気を放っている。
「よう、おんな蜘蛛。ずいぶんと男を誑かすのが得意らしいな」
「無礼な男ぉ。わたくしのおうちを荒らすだけでは飽き足らずぅ、侮辱までしてくるなんてぇ……」
「人間に害をなす妖は、我々穏健派が葬らせてもらう」
白雪を見ると、女郎蜘蛛は不快だと、さらに顔を歪ませる。足でガリガリと地面をかき、ギロリと白雪を睨みつけた。
「嫌いぃぃ、お前は嫌いよぉ。わたくしは女がだぁいきらぃぃい」
「それは僥倖だ、私もお前のようなブサイクは大嫌いだ」
それに反して白雪は愉快げに微笑む。挑発が混ざった笑みは、女郎蜘蛛を怒らせるのに十分だった。
「さらに煽ってくれて感謝するぜ。これで、寂しがり屋の妹のとこにすぐ帰れるってわけだ」
数秒で片をつける。影丸にはその自信があった。
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