学生
「影丸もちゃんとやってよ」
田貫からそう声をかけられるのは何度目だろうか。歴史的建造物を学ぼうとか言って犬山城を見に来たが、いまいち気乗りしない。正直城なんて、自分が死んだ後の話だ。
影丸は講堂で本日の学習をまとめる作業が手につかない。あとで田貫のものを写そうなんて考えているのだろう。
「詩乃何してっかな」
「この時間ならもう家に帰ってるんじゃないかな」
「やはりシスコンか」
「シスコンだな」
周りの野次も影丸にはどうだって良かった。何度目かのため息をついて、ようやく筆記用具を手にした。自分が生きていた時代に比べると、この城が存在した頃はずいぶん発展したようだ。そして、いつの間にかその時代も終わり、こうして自分が再び日本という土地に命を吹き返した。着ている服も食べるものも、今手に持つ筆記用具だって、人は発展を繰り返している。そんな発展を繰り返すうちに、妖の存在など伝説に変わってしまったのか。
歴史を学ぶと、人も妖もそう変わらないと思うことがあった。大嶽丸のように力を持った妖は、自分の欲のために闘いを好んでいたが、下級の妖は常に居場所を作ることに必死だ。他の妖に抗うために、一族の数を増やしたが今度は居場所が狭くなる。居場所を求めれば妖同士争いが起きる。だからこそ、下級妖は名のある妖の下に集った。そうすることで無理に数を増やすことをせず、静かに暮らすことが出来たのだから。
だが、その妖が死んだ時が問題だ。後ろ盾にしていた妖がいなくなれば、彼らは途端に危険にさらされる弱者となる。妖は基本、妖を食べる。妖気を取り込むと言った方がいいだろうか。平穏に暮らしていた妖は、強者から漏れ出た妖気を浴びて、さぞ潤沢な妖気を保有していただろう。
「なあ田貫、お前も苦労したんだろうな」
「え? 急に何の話?」
最初から人間と共存すれば良かったのだろうか。いや、あの頃の自分には難しいだろう。人間など、ただの玩具だったのだから。そう思うと、今の自分はかなり人間らしいと言える。力のないただの人間を前に、1人学生らしく勉学に心を傾けていた。
「お前らは、生まれた時代に救われたんだろうな」
「なんか影丸が深いこと言ってんぞ」
「まあ確かに戦国時代も戦争時代も嫌だなあ。俺、すぐ死にそう」
たぶんその事を言っているわけじゃないなと、田貫は密かに思っていた。
今日は名古屋市にある団体合宿所のような場所で泊まりだ。影丸と田貫を含めた10に部屋に布団を敷き詰めて、雑魚寝をするらしい。消灯時間までの自由時間、影丸は自身のスマホで祖父に電話をかけていた。
「よお、詩乃まだ起きてる?」
『思っていた通り電話してきたな。詩乃なら、俺のそばで電話に出たくてうずうずしている』
「変わってくれよ」
『詩乃、こっちにおいで』
ガサゴソと音がする。詩乃が上手く持てるようにしているのだろう。こんなことなら祖父にビデオ通話のやり方を教えておくんだった。影丸も爪井からやり方を聞いてようやく覚えたのだが。
「詩乃?」
『あ、聞こえる! にいに、お疲れ様!』
電話がよほど嬉しいのか、興奮している様子が伺えた。
「明日、土産を買って帰るからな。詩乃はなにか食べたいものとかあるか?」
『大丈夫だよ。でも、にいにが美味しそうって思ったものがいいな』
可愛いことを言うな。そういえば、最近の詩乃はやたらと影丸の真似をしたがる。昔も大嶽丸のあとに続くのが好きだった。もしかするとその頃の感覚が戻ってきているのか、それともただ兄を慕う妹の行動なのか。
「影丸ー誰に電話してんだよ」
影丸の背後から同部屋の生徒が身を乗り出した。スマホから聞こえる声を拾おうとしているようだ。
「妹だよ、邪魔すんな。ぶっ飛ばすぞ」
「まじでやりそうだな、怖えよ」
『にいにの、お友達?』
「まあ、友達かもしれない奴だ」
「ひど!!」
正直、友人とそれ以外の違いは曖昧だ。よく一緒に遊びに行ったり、飯を食べたり、そんなことをする仲だとは思うが、自分はどれも大してやっていない。田貫は恐らく友人だと言えるのだろうが、それは甦りという類似点があるからこその親しさだと思う。
田貫と話すおかげか、影丸は小中のころよりもずっと他人と関わるようになっていた。中学までは友人と言える人物もおらず、ただ通い、時間を過ごしていた。誰かに話しかける必要性も感じず、その逆もまた同じだった。
学生らしい時間を過ごすのは、思えば初めてのことかもしれない。
「妹ちゃーん、影丸は元気ですよー!」
「うるさい、詩乃に話しかけんなっ!」
だが、詩乃に関わっていいかどうかは別だ。とにかく今は、無事に詩乃のもとに帰り、詩乃の無事な姿をこの目におさめることだけを考えよう。
影丸は悪ノリをしてくるクラスメイトを押しやりながら、詩乃のことを思っていた。
合宿後、詩乃が祖父と共に学校に迎えに来た時には、クラスメイトから詩乃を隠しながら、1日ぶりの再会を喜んだ。そして、1年生の間で影丸の様子に戸惑う人間がたくさん出たのだった。
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