忘れていたこと
「来月の校外学習に向けて、班決めしていきますよー」
担任の声と共に、クラスはざわざわと騒がしくなった。二学期が始まり、クラスメイトたちは仲のいい友人と同じ班になれるよう声をかけあっている。
「校外、学習……だと」
「影丸、一緒の班になろうよ」
席が離れてしまった田貫が影丸の元にやって来た。田貫の後ろには他にも数人男子がいる。影丸も何度か話したことがあるクラスメイトだ。
「忘れてた!」
「え? なに急に、どうしたの」
校外学習は、愛知県で行われる1泊2日のものだ。1泊2日ということは1日、詩乃と会えない日が出来てしまうということ。これまでも修学旅行など、詩乃のもとを離れることはあった。しかし、それは妖と甦りの争いがなかったから、焦る必要などなかった。ただ自分が我慢すればいいだけだったからだ。
「詩乃、連れてけないかな」
「む、無理じゃないかな」
「誰? 詩乃って」
「彼女?」
「違うちがう、影丸の妹だよ」
「「シスコンかよ!」」
田貫の後ろで2人の男子が騒ぎ、それに田貫が答えている。影丸は近くで騒ぐ田貫たちを放っておき、詩乃のことを考えていた。
なんとか校外学習を避ける方法はないか。サボる? いや、祖父にこっぴどく叱られ、校外学習に放り込まれる。風邪を引く? いや、影丸は健康な体そのものだ。
「田貫、俺に化けろ」
「ちょ、こんなところで……無理に決まってんでしょ!」
クラスメイトは甦りのことなど知らない。そのため、影丸が無意識に言った言葉に焦ってしまう。しかし、クラスメイトは影丸の冗談だと思っているようで、特に気に留めていないようだ。話し合いに交ざるつもりのない影丸を放っておき、田貫は名簿に影丸の名を書いた。
「美津! 助けてくれ!」
「急に来てなんだい」
影丸は詩乃を迎えに行ったあと、提灯屋を訪れていた。珍しく数人の客がいる。そのため、白谷や黒崎も猫の姿のまま佇んでいる。いつもは影丸が来ると、すぐに人の姿に変わるが、変化の瞬間を見られる訳にはいかない。
「で、何を助けろって?」
「俺が校外学習で詩乃と離れるんだよ、なんとかなんねえかな」
「無理だね、しっかり学生の本分をまっとうしな」
詩乃は影丸がいない状況に慣れているわけではないが、今までも何度か同じことはあったため、連れて行って欲しいとわがままを言うことはない。
「そんなに心配なら、あたしのとこの子たちに見張らせるよ。弱い奴らなら追い払えるさ」
美津は、そもそも影丸の妖気が住宅付近に充満していて、そこいらの妖や甦りじゃ怖くて近づけないと思ったが、それは口に出さないようにした。
何人かが商品を買い、店内はいつものように静かな場所に変わる。そうすると美津の横で佇んでいた白谷と黒崎がスっと人の姿へと変わる。
「影丸さん、詩乃ちゃんいらっしゃい。いまお茶をいれてきますね」
白谷は人あたりの良さそうな笑顔を浮かべると、店の裏へと引っ込んでしまう。
「白谷たちはずっと変化しとかないのか?」
「あの子たちはあたしに比べて妖気が弱いからね。人がいる時に変わったら驚かれるだろ?」
なるほど、猫の姿のままの方がいろいろと楽と言うわけか。ちらりと視線を後ろに送ると、初めて会ったのか黒崎と詩乃が話をしていた。黒崎は白谷に比べると無愛想だが、子供が嫌いというわけではないようだ。詩乃から求められた握手に、黒崎はすぐに応えていた。
「詩乃、美味しいお菓子がある。食べるか?」
「食べたいです!」
そのお菓子は美津が事前に用意していたもので、詩乃たちが来た時に出すよう言伝てあった。
「黒崎は化け猫の中じゃなかなか好戦的な奴さ。少しは安心だろう?」
「まあな……」
「あんたが校外学習とやらに行くまでに、周囲にいる危険な妖と甦りを探しとくよ、それでいいかい?」
「ああ頼んだ」
心配は尽きないが、美津のことは信頼している。もしも校外学習所ではないなら、どんなに怒られようと詩乃のそばにいるつもりだった。
そして後日、鴉天狗と鎌鼬を討ち取った影丸は危険だと悟ったのか、周囲に無謀な戦いを挑む考え無しはいないことがわかったのだ。
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