イタチの痕跡
夏休み中盤、影丸の家に文字通り転がり込んで来たのは田貫一成だった。
「大変だよ影丸! 鎌鼬だ!」
鎌を持った鼬。言葉のままだが、現代の妖図鑑なんかじゃそうやって表記される。影丸が過去に対峙した鎌鼬は、手足が鎌になっており、風をまとって宙に浮く。地面におりて歩いたと思えば、鎌がキンキンと音を立てる。戦闘時の鎌鼬たちは突風の勢いで動き回り、手足の鎌を思いのままに操る。弱い妖であれば斬られたことに気づかないまま死んでいくだろう。
「鎌鼬が、化け狸を襲ってるんだ! たぶん僕を探してる!」
「俺のせいだってか?」
「そうだけど、僕も覚悟はしてたよ。だからどうすればいいか聞きに来たんだ。化け狸が鎌鼬に勝つなんて無理なんだもの」
立っているくせに体を小さくしてどんどん丸くなっていく田貫。影丸は小さくなった田貫の頭を鷲掴み、詩乃にするのとは全く異なる撫で方をしてみせた。田貫は体ごとぐらぐらと揺れる。
「見捨てるつもりなんてねえよ、お前は俺の友達で仲間なんだろ? じゃあ守ってやんのも俺の仕事だろ」
「か、影丸ぅううう」
「汚い、くっつくな」
感動なのか安堵なのか。田貫は目から涙を零しながら影丸に抱きつこうと腕を伸ばした。2人が玄関でそんなやり取りをしていると、開いていたドアから詩乃がひょこっと顔を見せる。
「にいに? 田貫さん来たの?」
「ああ。せっかく来たんだし上がってけよ、菓子と茶ぐらい出してやる」
「いいの? わーい、お邪魔しまーす。詩乃ちゃん遊ぼう!」
「はい!」
すっかり田貫に慣れた詩乃は自分から近づいて行くようになった。田貫が昔遊んでいたというすごろくなんかを詩乃にあげると、詩乃はしばらくそれで遊ぶことをねだったりもしていた。
影丸が台所で田貫の分の飲み物を用意していると、詩乃がとことこと現れ、影丸の隣に寄り添う。
「どうした?」
「田貫さん、危ないの?」
「なんで?」
「さっき、探してるって田貫さん言ってたし、にいにも守るって」
聞こえていたかと影丸は1度悩む。妖のことを教えるべきか、だが詩乃にはかつての記憶はない。自覚がないまま伝えても祖父のように理解するのは難しいだろう。
「悪い奴がいてな、田貫が狙われてるんだ」
「どうして田貫さんが?」
「あいつまるっとしてて美味そうだからな」
「食べられちゃうの!?」
「そうそう、だから俺が守ってやらなきゃだろ?」
強く同意しているのか、詩乃は何度も首を縦に振った。純粋な姿に笑みがこぼれるが、これを信じなくなるのと、記憶を手に入れるのはどちらが先になるだろうか。
「私も田貫さん助けるね」
「自分より年下のしかも女に守られるんじゃ、田貫は弱い奴だって馬鹿にされるな。それじゃ、詩乃も一緒に作戦会議するか」
「うん」
詩乃にとって相手は誰でもいい。詩乃が知りたがっても敵の本当の姿を知る必要はない。どんな奴も詩乃に危害を加えるなら、存在を消してしまうだけだ。
「そういえばもうすぐ詩乃の学校で盆踊りだったな」
冷蔵庫にマグネットで取り付けたプリントを思い出す。休み前に教師が影丸に伝えていたのはこの事だった。市内のボランティア団体が、子供を集めて盆踊りを開催する。毎年学校で行われ、学校に通う小学生はもちろん、それより下の子供も訪れる。
「あ、それ僕も昔参加したよ。お菓子たくさんもらえるんだー」
参加した子供には袋に詰められた駄菓子とジュースが1本配布される。子供たちはそれを楽しみに盆踊りに参加していた。
「おい田貫、お前太鼓は叩けるか?」
「え?」
「上にいた方が向こうも探しやすいだろ」
「お、おびき出すってこと?」
鎌鼬が甦りか妖なのかは分からないが、もし能力をそのまま使えるなら風に乗って空を舞うだろう。鎌鼬は狩りが大好きだ。獲物の気配や匂いを捉えたのなら、すぐにそれを捕らえようとするに違いない。
「太鼓を叩けないなら太鼓になるか?」
「嫌だよ! いいさ、踊りは僕らの十八番、太鼓ぐらい叩けるさ」
「田貫さん、盆踊りで太鼓を叩くの?」
「そ、そういうことだね」
耳のいい鼬なら、すぐに太鼓の音を聞き付け、突風を伴って近づいて来ると影丸は予想した。しかし、学校に近づける気はない。気配を感じたらすぐに捕らえて、学校の裏にある山に引きずり込むつもりだ。
「詩乃、盆踊りの日は用があるから少しいなくなる。終わるまでには戻ってくるから、田貫といてくれよ」
「うん、わかった……」
「寂しそうな顔すんな、一緒には行くんだから」
鴉天狗に比べれば、鎌鼬など取るに足らない。油断をしているわけではないが、そう時間もかからず倒せるだろうと自信を持っていた。
「浴衣着てくってはしゃいでたろ? 俺も詩乃の浴衣楽しみだ」
行事のことを聞き、すぐに浴衣を購入しに行った祖父。影丸や詩乃よりも楽しみにしていることだろう。壁にかけられたすみれ色の浴衣。あれを着る詩乃はどれだけ可愛いだろうかと想像する影丸に、不安そうな田貫。間に挟まる浮かれ気分の詩乃は、そんなふたりの温度の違いに気が付かなかった。
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