鬼と少女
里を壊して野山を荒らす。
それでも自分の中にある欲は満たされない。どんなに財宝を集めても、美味い飯を食らっても。ふつふつと湧き上がる衝動を、抑えきることは出来なかった。
今日もいつものように人里に降りて、土地を踏み荒らそうと考えた。思っていたより小さな村で、生活も苦しいのだと感じさせる。だがそれがどうしたというのか。貧しかろうが裕福であろうが、それは自分になんら関係ない。太い腕をひと回しすれば、藁と細い木の家が崩れ人間の悲鳴が轟く。
さあ鬼が来た、無様に逃げて見せろと笑う。震えながら逃げ惑う人間を見て、虫以下の尊さを感じた。哀れなり、か弱き人間。
悲鳴が響き渡る村を歩くと、視界の端に小さな布切れが見えた。不自然な動きを見せるそれに興味が出て、近付いて様子を伺う。
「童子か……」
布と思ったそれは、酷く汚れた小さな童子だった。両手でひねり潰さなくとも、指ひとつで弾けば簡単に死んでしまうであろう小さな命。もぞもぞと動く様子が滑稽だ。
「血の匂い……そこの方、怪我をされているのでは!?」
童子が急に動き出した。その瞬間、顔を上げ俺の方を見る。いや、見えてはいないだろう。瞳が固く閉ざされ、手をさ迷わせている。
「大きな御手をしていますね」
気がつくと、童子の手が自分の手にのっていた。先ほど潰したばかりの人間の血がべっとりと着いている。それに触れると、童子は驚き飛び上がった。
「やはり血ですか!? 早く、手当しないと」
恐れるかと思いきや、童子は慌ててボロボロの袖口を破き、俺の手の血を拭った。とうてい拭いきれる大きさの布ではないが、手を動かし、必死に血を拭おうとしている。
「おい、童子。お前、俺に怯えぬのか?」
「え?」
「お前は俺を人間だと思っているようだが、本当にそうかな」
全ての人間が恐れ、目にすれば死を覚悟する存在、大嶽丸。そんな鬼だとわかれば、この童子も同じように逃げ出すに違いない。
「貴方様が何者であっても、怪我をしているのは事実です」
ならば助けるのが、人のあり方というものです。そう言いながら布を巻き、満足気に笑ってみせた。
「童子、父母はどうした」
「……いません」
「死んだか?」
知らぬ間に殺していたのかもしれない。だとしても謝るつもりはないが。
「いえ。父母と思うなと、そう言われましたので。私は娘ではなく、召使いだと」
「なるほどな」
貧しい村と言っても、ここまで廃れた布巾のような着物を着ている人間はいない。虐げられていた、そう考えるのが妥当であった。
ほんの気まぐれ。
逃げもしない人間を殺しても、なんの面白みもない。
「童子、俺と来い。飽きるまでお前を召使いとしてやる」
どうせこの村の人間は、この童子を捨てたのだ。その証拠に、倒れていたこいつに誰も手を貸さなかった。このまま死ぬぐらいなら、しばらく手元に置いて暇潰しにでもしたい。
片手で持てるほどの童子を抱え、逃げた村人を追わず根城にしている山へと帰る。到着する頃には、童子は寝てしまっていた。
か細い吐息や、微かな鼓動。これまで聞こうとしなかった繊細な音に、しばしの間意識を集中させていた。
「シノ、ここへ来い」
「はい! 大嶽丸さま!」
伊勢と近江の境の山。そこに可愛らしい声が響いた。籠に作物をたんまりと入れ、童子が駆け寄る。あの日拾った童子には、シノという名前を授けた。愛着が湧いたのだろうか。
ころころと笑い、俺よりもはるかに小さな体で動き回る。怯えや憎悪ではなく、愛情を持って俺を映らない瞳で見つめる。初めての感覚に戸惑うことはあれど、嫌悪することはなかった。
どこかの村の人間が置いていった上等な着物は、シノの体にぴったりと合っていた。気が向けば里に降りて、村や町を荒らす。最近では、都の方で俺を倒さんと立ち上がる人間もいるようだ。何が来たところで負ける気はしなかった。
「シノ、そろそろ兄さまと呼べ」
「でも大嶽丸さまは、私を拾ってくださった方です」
「そんなもの気にするなと言っているであろう」
側仕えだと思って置いていたのに、いつしか自分の妹のように思えていた。俺はこの娘を産んでいない。だから親では無い。俺はこの娘に教えを説いていない。だから師でもない。友というのは俺にはよくわからない。ならばこの関係はなにか、そう考えた時俺が出した答えが兄であった。義理の兄という存在がいるぐらいだ、俺がなっても問題はないだろう。
「大嶽丸さま、見てください。大きなきのこがこんなに」
「ならば今日は鍋か」
「はい!」
ここに連れてきた当初は、木や岩に体をぶつけよく怪我をしていたが、この辺りの地形を完璧に把握し、目が見えずとも器用に過ごすようになった。シノは籠に溢れんばかりの山菜を入れ、花のような笑みを浮かべる。愛らしい、そんな思いが心を支配する。
温かいと胸を少し撫でた。愉悦でも快楽とも違う満足感。それを味わい、大きな手をシノに差し出した。
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