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鬼神は妹至上主義  作者: 白い犬
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還る魂

よろしくお願いします

還る魂


 この世には、少しおかしな存在がはびこっている。そりゃあ、毎日変な報道があるくらいだ、おかしな存在なんてどこにでもいるだろう。

 いや、そういうことじゃない。

 おかしな存在っていうのは、変わった力を持った人間のことだ。ある者は空を飛び、ある者は火を吹く。そんな魔法みたいなことが出来る存在が、ほんのひと握り、現代でも人間として生きている。

 そんな彼らに共通するのは、大昔、妖であったということ。陰陽師や武士によって退治された妖たちは、姿形を変えて人間に紛れて暮らしている。前世で持っていた己の力を制御し、次は殺されぬようにと息を潜めた。しかし、それを面白くないと感じる妖もいる。

 なぜ人間に怯えなければいけないのか、そもそもかつて領土を侵したのは人間のはずだ。そういった考えを持つ妖を「侵攻派」と呼んだ。人間でも妖の味方でもない妖は「中立派」、共存を望むものは「穏健派」。3つに分かれた妖たちは互いに牽制し合い、人の気がつかないところで争いを続ける。



 ごっ、がっ。

 鈍い音が響いた。もうやめてくれと、金髪の男が許しを乞う。そこでようやく拳が止まった。

「クソ鼠が。これに懲りたらもう近寄んなよ」

 掴んでいた胸ぐらを離すと、気を失ったかのように金髪の男は倒れ込んだ。いましがた倒れた男と同じように、地面に伏す男が数人。全て学生服を身にまとったこの青年がやった者だ。

「うぉーい、影丸(かげまる)〜!!」

「狸野郎、てめぇやっぱ逃げやがったな」

「逃げたんじゃないよ、邪魔になるから避けただけさ」

 そこへ小太りの男も現れる。同じ学生服を身にまとっているため、同じ学校に通う友人のように見えるだろう。

「嶽川ぁ、覚悟しろや〜って、今日で何度目だろうね」

 小太りの青年が笑う。がなりを効かせたつもりだったが、ほわほわとした彼の声では難しかったようだ。

 喧嘩を売られ、見事返り討ちにした青年。彼は嶽川影丸(たけがわ かげまる)。三重県にある高校の1年生である。そして、背の高い彼を見つめる小太りの青年は、影丸の幼なじみで、田貫一成(たぬき いっせい)という。

「あれ、旧鼠(きゅうそ)の連中だろ?」

 一成が持っていた鞄を受け取り肩にかける。襲撃を受けた際に放り投げたものを取っていたようだ。

「あいつら数だけは多いからな。だが親玉じゃない、弱すぎる」

 旧鼠とは、鼠の妖で、もとは長生きした鼠が妖に変わったものだ。彼らは人間には勝てても、妖相手となるとかなわないことが多い。そのため、旧鼠の親玉となる鼠は、眷属たちに力を分け与え数で力を得る。

「でもさ、なんで旧鼠が鬼である影丸に挑んでくるわけ?」

「……昔、あいつらの巣、ぶっ壊したからか」

「野蛮人」

「鬼だわ」

 180をゆうに超えているこの青年の肉体にも、妖の魂が宿っている。かつての彼の名は、大嶽丸(おおたけまる)。日本三大妖怪と恐れられることもある彼は、立派な鬼神であった。何百、何千と時を超え、人の姿を持ってこの世に生まれた。昔の記憶を持つかどうかは、前世の妖気に関わる。大嶽丸のような大妖怪は、欠けることなくその記憶を保持していた。妖気とは妖が持つ気のことだ。命あるものは全て気、というものを持っており、その大小は様々だ。そしてその妖気を扱う力を妖力と言い、人間が使う気は呪力となる。呪力を用いることが出来たのは陰陽師だけだ。

 しかし、影丸の横でぽてぽてと歩く、田貫一成のように、害のないほど妖気の少ない化け狸では曖昧な記憶しか得られなかった。一成が記憶を取り戻したのは、影丸と話すようになり妖気にあてられたせいである。初めは、大嶽丸だと気が付き震え上がったが、昔のように暴れ回る鬼ではないとわかると、手のひらを返すようにそばにいた。

「こっちは喧嘩なんぞしたかねーのによ」

「昔の行いを恨むんだね」

「はぁーあ……。ん? おい田貫、今何時だ」

「え? あ、えーっと、16時だね」

「やべ!!」

 血相を変えて走り出した影丸。一成は突然のダッシュに驚き、転がる勢いで追いかけた。5分近く走り、急いでバスに乗り込む。それから10分後、白で統一された校舎にたどり着いた。小学校のようだ。

 勝手知ったるといった様子で、影丸は校門を通り中庭に進む。一成は疲れたと校門横に座り、スマホをいじる。

 グラウンドでは授業を全て終えた小学生たちが、サッカーや遊具など各々楽しんでいた。影丸は、玄関近くの花壇を眺める少女にゆっくりと近付いた。

詩乃(しの)、悪い遅くなった」

 呼ばれたのは花壇の少女だった。後ろで縛った黒髪を揺らし、影丸の方を向いた。だが、瞳は閉じられたままだ。

「にいに! お花いい香りよ」

 詩乃と呼ばれた少女は、影丸の妹である。今年で9歳になる3年生だ。影丸は、妹の隣にしゃがむとすんっと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。うまく表現できないが、影丸にはスパイシーに感じられた。

「なんてお花?」

「カーネーションだな」

「どんな見た目」

「ふわふわしてんな」

「ほんとだ」

 花弁を潰さないように、詩乃が花に手を添えた。優しく輪郭をなぞり満足そうに笑う。


 詩乃には生まれつき目がなかった。

 開かれることのないまぶたを疑問に思った母親が、無理ありこじ開けたそこには、あるべきものがなかった。だから詩乃は手や耳など、視覚以外の五感を研ぎ澄まして様々なものを感じとる。影丸は、そんな詩乃になんでも伝えられるよう、いろんなことを覚えた。花の種類に料理名、犬種は得意中の得意。帰り道でも詩乃を守れるように、毎日こうして迎えに来る。

 影丸にとって詩乃は、命よりも大事なものだった。


 そうそれは、大嶽丸として生きていたあの時から。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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