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プロローグ〜俺の本業〜

―正義とはなんだろうか。

この仕事をしていると漠然と疑問に感じることがある。

答えは単純だ。モラル、マナー、ルール…この範疇に収まっていれば正しいとされ、ここから外れてしまえば悪としてみられる。この正しさを守り、時には悪を成敗することで正義が成り立っている。ではこの正しいという定義はどう決まるのだろうか。我々が悪だと認識している事項がルールで正しいとされれば。悪人が自分の都合よく決まりを取り決めたとしたら。正義というものを考えれば考えるほど脆く弱く感じてしまう。もしもその正義が揺らいだ時、そんな心もとないものの下で生きていた我々どうなるのだろうか…


そんなことを漠然と思い巡らせていたら突然車内に無線が響いた。

『先輩、対象Aが出てきました』

跳ね上がるようにシートを上げて身体を起こす。

「どんな感じだ?」

眠気に負けそうだったことを悟られないように多少声に力を入れて返した。

『対象と秘書、そのまわりにボディーガードが四方を固めています』

相変わらずの厳重体制で、遠くから見てるこちらでも物々しさが伝わってくる。

「よしわかったそのまま向こうが去るまで動くな」

黒塗りのいかにも高級な車が建物に横付けされ、直ぐに去っていく。その後に続くように何台か夜の道に吸い込まれていった。先程の重苦しさから打って変わり辺りは静けさを取り戻していた。

「我々も引き上げるぞ」

自分たち以外の人気がないことを確認して指示を出してしばらくすると遠くから影が現れた。

「全く今日は冷えますね、凍え死ぬかと思いましたよ」

車に乗り込んだ後輩はすぐさま暖房スイッチにのばしていた。エンジンはかけたばかりなので暖まるまで時間がかかるだろう。

「今日は氷点下とか言ってたか?どの道、厚着をしてこなかったお前が悪い」

いやそうなんすけどと後輩が言い訳をしているとさっきの場所に2人立っていた。こちらに合図を出していたのでその2人を乗せて走り出した。


夜の街、電飾や照明が窓の外で流れていく。ふと思い出したかのように運転手は窓を開けてタバコを取り出した。それに気づいた助手席の後輩が少しムッとして窓を開けていた。またコイツの文句を聞くのはごめんなので適当に話題を作った。

「それで結果はどうだった」

後ろの2人に聞こえるように話すと、片方がシルバーのアッシュケースを掲げながら成功ですと言っている。バックミラーから誇らしげな表情を確認して頷いた。

「よくやった」

「全く、奴も疑り深くて困りますよ。もうホイホイと出てきてくれればこっちも楽で助かるのにね」

相変わらず後輩の口からは愚痴が溢れているがいちいち相手してると疲れるのでサラッと流す

「隠しカメラもバッチリか?」

「はい、起動はしていますのであとは確認するだけです」

アタッシュケースを持っている男が答えた。

「そうしたら事務所で確認だな」

早く確認したい。体がソワソワしだしたので気持ち強めにアクセルを踏み込んだ。


~~~


探偵というのは本当に地味な仕事だ。

ドラマやアニメでは殺人事件が起きると、探偵が色んな箇所を観察して練り歩き、華麗な推理を決めて犯人を探し出してめでたしめでたし。だが実際のやる事といえば人探しや素行調査、浮気の調査がメインで思いのほか重労働だ。表立って行動することなんてほぼない。それでもメディアでは華やかな職業と誤解を与えるような表現をするから後輩のように勘違いして入ってくる人間も少なからずいる。そして理想と現実がかけ離れすぎてほぼほぼやめていく。全く非常に困った事態であるが、そんな探偵業界も最近は変わってきている。新聞社やテレビ局などのマスコミからの依頼が増えてきているのだ。取材や調査の外部委託と言えばしっくり来るだろうか。治安が悪化して毎日何かしらの事件が起きている。ニュースのネタが溢れすぎて記者も手が回らない状態らしい。だから政治家の汚職や芸能人のゴシップなど時間のかかる内容を我々探偵に依頼する流れが生まれたという訳なのだが…簡単には掴めないオオモノを彼らは依頼してくる。いざひきうけてみれば大抵は面倒な内容で、危険な状況に陥ることもしばしばある。仕事があるだけありがたいと思うべきなのだろうが探偵の負担は増すばかりである。その反面報酬は弾んでもらえるから文句ばかり言ってられない。

今回の依頼もそのオオモノ、だから簡単には釣れてはくれない。元厚生福祉省の官僚で議員に当選したのは15年ほど前、官僚時代は麻薬の取締官をしていた。それが今となっては海外から密輸して国内で売りさばくバイヤーになったそうだ。まさにミイラ取りがミイラになる話だが、この事態を厚生福祉省も警察も把握している。だが彼の根回しと賄賂のおかげで摘発されるのは末端のものばかり。本人は安全圏で商売を続けているのだ。それ故にこちらから接触して本人をテーブルにつかせるのは大変苦心したがそれの苦労もやっと実りがつきそうでいた。

「タカさん、ナベさんカメラを」

パソコンを立ち上げてる間に交渉役の高川と渡辺から身体に仕掛けた隠しカメラを受け取った。これが決定的な証拠になるので妙にソワソワしていた。データの読み込み時間が妙に長く感じる。早く答えを知りたい。やっと取り込みが終わって映像を確認しようとした時、横からうっひょーという歓喜が聞こえた。

「すげぇっすよこれ、パンパンに入ってるぜ」

何事かと思い、全員で声の方向を見る。視界に映ったのは取引で使用したアタッシュケースにキラキラと目を光らせている後輩だった。何をしているんだコイツは…

「おい、有山」

自然と声に怒りが乗っていた。ギロリと後輩を睨みつけると彼はビクッとして頭を搔きはじめた。

「い、いやぁ中身気になっちゃってつい」

アハハハと乾いた感じの笑いで誤魔化している。このお調子者ものは目を離すといつもこうで手を焼いている。軽くため息を吐き出しパソコンの画面に向き直った。

「それ、証拠物件なんだから下手に触るなよ。変な疑い掛けられたくないだろ」

はい、すみませんと後輩の声が聞こえるが恐らく無邪気な笑顔で返していることだろうからあえて見ないでおいた。気を取り直して動画の確認に入る。


座敷の部屋が写っている。目の前には今回の標的が対面して座っている。すぐに高川の声が聞こえた。

『今日はこのような機会を設けてくださり、ありがとうございます』

『社交辞令はいい。早速本題といこう』

議員が言い放つと横にいた秘書に合図を出した。秘書は机の上にアタッシュケースを丁寧に置き、中身をこちらに見せてきた。

『注文頂いた量を用意させた。さあ次はそっちの番だ』

渡辺が懐に入れて置いた封筒を机の上に置く。アタッシュケースと封筒が机の上ですれ違った。高川がアタッシュケースの蓋を閉めてる間に秘書が中身を確認していた。議員が問題ございませんと一礼すると、続けて議員が笑みを浮かべながら握手を求めてきた。

『これで取引は成立だ』

交渉役2人と熱い握手を交わして次もよろしくと言った。その映像を見ていた俺が次なんてないのにと感想を浮かべている間にさっさと撤収して行った。


これだけの映像があれば問題ない。今回も長い仕事だった。気がつくとさっきまであった緊張はなくなり、代わりに達成感に包まれていた。

「みんな、本当によくやってくれた。これでこの案件は無事終了だ」

俺はみんなの顔を順番に見ながら労いの言葉をかけた。後輩はいつも通りヘラヘラしていたが、交渉役だった''タカナベ''コンビは自然と顔がゆるんでいた。だが、この2人は報復される恐れがあるため、万一の事を考えて海外に避難させないといけない。今夜の飛行機で海外に発つ。空港まで安全に送る必要があるためまだ気は抜けない。それにこの証拠物件の処分、依頼者であるマスコミへの報告書作成とやることは山積みだ。

時計を見るともうフライトの時間が迫っていた。2人の荷物はトランクに積んであるのでそのまま乗り込んで空港に向かうだけでいい。車に向かってる最中に後輩に車のキーを投げて携帯を取り出して連絡を取る。相手は警察本庁の公安部に務めてる知り合いだ。今回のように違法なものを取引する時は後始末を頼んでいる。向こうからすれば捜査の手間が省けて即摘発できるので協力してくれる。

「よう、成功したか」

電話口からでも貫禄を感じる少ししがれた低い男の声が聞こえる

「あぁ、今回も抜群の証拠を用意したさ」

助手席に乗り込みながら意気揚々に答える。

「今回の件ヤツが絡んでることはわかってたんだがな…うちの奴らも懐柔させられて捜査が難しかったんだ。いつも済まない感謝する」

「もう少し警察内部もクリーンにならないものかね」

「そこをつかれると本当に痛いよ…」

ハハハと控えめな笑い声が聞こえる。その後証拠の受け渡しなどを打ち合わせして電話を切った。空港に付きタカナベコンビを送り届けるとその足で彼の元に向かった。


待ち合わせ場所は空港近くの港湾道路にした。広い道路に乗用車が1台だけ停まっていた。その後ろに車を停め、俺は例の証拠が入ったアタッシュケースをもって車から降りる。目の前にはしっかり決めたスーツに厚手のコートに身なりの良い格好のガタイのいい男が車に寄りかかりながらコーヒー缶を片手にこちらを見ていた。顔は日焼けで茶色にそまっており、白髪混じりで黒に近いグレーになってる頭はオールバックに整えられていた。この男が警察本庁公安部特務室の松元哲人まつもとあきひとで警察内部の不正、テロ、政治家が絡んだ大きな事件を取り扱う部署の責任者だ。とりあえず中に入れと車内に誘われたので助手席に乗り込んだ。早速アタッシュケースを松元に渡すと少し驚いていた。

「重いな。お前、どれだけ買いつけたんだ。本当に麻薬の密売でも始める気じゃないだろうな」

松元が咎めるような視線を俺に投げてくる。まるで取り調べを受けてるような感覚になる。

「よしてくれよ。このくらいじゃないと向こうも取引に応じてくれないから仕方なくだ」

「にしても最近のマスコミも羽振りがいいもんだな。この量だと相当な金額だろ?」

まあなと返事をしてUSBメモリを手渡す。先程の動画のデータをコピーしたものだ。

「それでこの件はいつ公表するんだ」

この依頼はマスコミがしてきたものだ。最初は依頼した新聞社が大体的に報道する必要がある。もしこのネタがそれ以外から漏れるとましてや警察が捜査をして逮捕なんてことをしまうとこの案件はオジャンになってしまう。なので記事が出るまでは警察も大体的に動けないのだ。

「まだ、依頼主には報告してないが恐らく2、3日で新聞に出るとは思う。掲載日が分かったらまた連絡する」

分かったと松元が頷いたのでよろしく頼むと言い残しその場を後にした。数日後、国会議員が麻薬の売人をしていたという記事が世に出された。間もなくして警察が捜査に乗り出す。連日マスコミは今回の事件の詳細や、議員の生い立ち麻薬の調達、販売方法などの情報を流していった。自分たちが調べあげたものを一気に出さず小分け小分けで出しているのだからマスコミもタチが悪いものだ。そんな報道がされる中俺はこの案件が片付いたのでのんびりと休んでいた。やっぱり仕事明けの連休は最高だ。のんびりとした朝、テレビを付けて飲み物と朝食を用意してゆっくりと過ごす。テレビではまだこの事件のことが報道されていた。しかも厚生福祉省や警察も事態を把握してたのにも関わらず黙認していたということがとうとう表に出てしまったようだ。このことで大臣は辞職に追い込まれ、警察も度重なる不正や失態で国民からは怒りを買っていると言う内容に、出演してるコメンテーターは辛口の意見を並べている。好き勝手なこと言われて松元も大変だろうなと偲んでいた。


のんびりとした時間が過ぎていく。窓から入ってくる陽射しに温もりを感じながらソファに深く腰掛けている。休みといっても特にすることが無い。まぁこのままぼうっとするのもいいだろうとウトウトし始めた時、携帯がけたたましく鳴り響いた。リラックスタイムを邪魔され少し不機嫌になりながら画面を確認すると松元からだった。もう事件は終わったのに向こうからかけてくることは珍しいので何事かと思い電話に出た。

「どうした、そっちからかけてくるなんて」

「急にすまんな。今日予定空いてるか?この後会いたいんだが」

電話口の松元はいつも通りの口調で話すが何か嫌な予感がしている。

「今日は特に予定はないが…なんだよ会いたいなんて」

「実は頼みたいことがあるんだ。内容は面と向かって話がしたい」

会って話すほどのことなのだから余程大事な用なのだろう。俺は了承して待ち合わせ場所に向かうことにした。この時感じた嫌な予感が後々になって的中することになるなんて断っておけば良かったとも少し後悔しているがそんなことになるとは露知らず、玄関のドアを開けて待ち合わせ場所に向かった。

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