不安
三題噺もどき―ひゃくはちじゅうよん。
お題:夜空・小鳥・操り人形
肌寒さが頭を見せるようになり。朝晩の本格的な冷え込みが心配され始めたころ。
夏は密かに息をひそめ、秋が息を吹き返し始めたその頃。
「……」
未だ夏仕様の布団に、寒さに震えながら入り込む。
冷えやすいシーツを敷いているのだが、もうそろそろはずしてしまってもいいかもしれないなぁ。服もそろそろ考えようだし。掛け布団はまぁ、まだこのままでもいいか…。
―なんて。どうでもいいような、よくないような。そんなことを考えながら、眠りにつこうと。
目を閉じる。
「……」
そこで。
唐突に。
ふと。
一抹の不安に襲われた。
「……」
いや、多分。そうでもない。
ふと、でも何でもなく。
その不安自体は常にあって。あれども、それを見て見ぬふりをしているのが上手いだけであって。普段こんな風になることがないだけであって。
日頃は、その他のあれこれで。いっぱいいっぱいなだけで。
その不安にまで、たどり着けないだけであって。
「……」
目を閉じて。視界からの情報を切って。
脳内で考えることも、ふとなくなって。
―さて。そこで。ようやく出番かとでもいうように。奥底に潜んでいた“不安”という生き物が、首をもたげて。たまには、かまってくれとでもいうように。
ヌルリと、その顔を私に向けた。
「……」
その不安は私の想像していたものより、大きく成長していたようで。
眠るはずの私の思考を、あれこれを、叩き起こして、かき回していく。
「……」
ならば他の何かを考えればいいだけとも、思いはしたが。
その上から、さらに上から。不安が塗りつぶしていく。ことごとく食っていく。
ズタリと切り裂き、その中にも不安をのぞかせてくる。
「……」
不安。
不安。
今日は何が首をもたげた。
何に対する不安だ。
生きている事か?死ななない事か?今までの事か?
これからの―ことか。
「……」
これからのこと。ね。
私はとりあえず、今日起きた不安をそれだと決めつける。
そうでもしないと、私には不安が多すぎるし、大きすぎる。まずは、これと決めて小さくする。―とはいえ、大した小ささにはならないのだが。
「……」
漠然とした。これからの不安。だろう。今日のところは。
何せ新しく仕事を初めたばかりで。そういう事がちらつくのは感じていたのだ。うすうすそれには。気づいていたのだ。見ないふりをしていただけで。
「……」
私はどうも、昔から。というか、物心ついたころから。
「……」
自分で決める、ということができなかった。
「……」
全ての決定権を他人にゆだねているような気がしてならなかった。
「……」
なにをしても自分以外のところで事が進んでしまっているような。
「……」
どうやっても。
自分の声が届くことがなかったから。
「……」
ならばいっそ。私のすべてを他人にゆだねてしまおう、と。そうしている節が確かにあった。それは、社会人と呼ばれるようになってからも同じで。
「……」
新しい仕事は、実のところ母に勧められたものだし。
特に何も思ってはいなかったが。それでも、私には向いていないとすぐにわかった。これを続けることに不安を感じた。はなからわかっていた。その仕事が、こうなることを。それでも、他人にゆだねるしか私にはできない。これは出来ないと言えない。これは向いていないと言えない。―両親にゆだねることしかできない。
「……」
幼い頃からそれが当たり前だったのだ。
何をするにも。親に確認。決定権はあちらにあって。私はそれに従うのが当たり前。―まるで操り人形だな。繋がれた糸に引っ張られて、その意のままにしか動けない。それしか許されない。そして、それを抵抗なく受け入れている。
「……」
実は、私には四つ下の妹が居たりするのだが。あれは、私のこの状態が酷く嫌なようで。気に入らないようで。親にいいなりの私が嫌いなようで。私を反面教師に育ったせいで、かなり自由奔放になった。
「……」
まるで、自由に空を飛ぶ渡り鳥のようだと思った。
自分というものをしっかりと持って、輝く星のようだった。
「……」
夜空に浮かぶ輝かしい星のような、彼らが羨ましい。
自由に飛ぶことのできる彼女らが羨ましい。
「……」
わたしには。
私のようなやつには。
輝くような自己はない。
他人任せの人任せ。没個性もいい所だ。
「……」
私は飛び方を知らない。籠に閉じ込められた小鳥そのものだ。
世界を知らず。外を知らず。己を知らず。
ただ安全な籠の中でだけ、息をしている。
「……」
そんな奴が。
そんな私が。
社会に出て、働くようになって。いまさらになって気づいたのだ。
今のままでは生きていけないと。この中で息をしていけないと。
「……」
けれど。
何もかもが遅かった。気づくころにはもうそれが。他人に流されるままが当たり前になっていて。もう。どうにもできなかった。
私は、そういう風にしか生き方を知らないから。
「……」
夜空に浮かぶ星になれない私は。
籠の中の小鳥でしかいられない私は。
何かの操り人形でしかいられない私は。
もたげた不安を。
自分でどうにかできるわけもなく。
そのまま静かに。
不安と共に眠りにつく。