竜を撃ち落とす
舳先に立ち、アッカは旋回する竜を照準器越しに見る。
胸がドキドキと脈打っている。
(射ったら、ありったけの風を魔法でのせて叩き込む。大丈夫。この弾はリクハルドさん特製。もしかして対竜戦があったら使えそうですねって言いながら今まで使う機会はなかったけど……!!)
竜の動きは、想定よりも早い。
軌道を読む。
目を細め、風の音を聞く。
心の中でカウント。5、4、3、……。
竜の動きが、急に不規則になり、アッカは照準器から顔を上げた。外してしまうかもしれない、迷いが生じたそのとき。
真横に人の気配。
大丈夫、と低い囁き声。
「俺がカウントする。アッカさんはしっかり構えて」
その声に合わせてアッカは再び照準器を覗き込んだ。いくよ、という呼び掛けが耳をかすめる。
3、2、1
「撃てーーーーーーーーーー!!」
力強い声と同時に、アッカは弾を放ち、魔力を叩き込む。
変則的な動きをしていた竜にかわされては打つ手なしだったが、まるで弾に吸い寄せられるように竜自身が角度を変え、弾はその首筋に命中した。
「やった……」
竜が雲間に落ちていく。
瞬間的に魔法を使いすぎて立ちくらみを起こしたアッカを、横に立ったリクハルドが抱きかかえるように支えた。
その目の前で、オスカルの船から火器が火を噴き、いくつかの弾が隣国の飛空艇に着弾する様が見えた。幸い、大きなダメージには見えなかったが、止められなかったことに船員たちから落胆の声が上がる。
「ええ……え。それはあんまりでは」
アッカも力なく呟いた。手足に力が入らず、リクハルドの胸に思わず縋るような体勢になる。そのアッカを軽く抱き上げて、リクハルドは「大丈夫だよ」と再び囁いた。
そのまま背後を振り返り、船員たちに声を張り上げて指示を出した。
「あの旗なしの船に突っ込む。舳先で叩いて弾く。あたりどころが悪ければ向こうは落ちるだろうが、そのときは仕方ない」
「しかしあの船は……!!」
ぎょっとしたように言い返されたリクハルドは、不敵な笑みを浮かべた。
「国王陛下の命を受けて竜討伐にあたったアルマリネが、ついでに船籍不明の空賊を叩くだけだ。間違えてもあれがこの国の関係者だと、隣の国に知られるわけにはいかない。それくらいだったら、落としてしまった方がマシだ。行くぞ」
操縦者に旋回を指示して、アッカを抱えたままリクハルドは舳先に立つ。
そこは危ないですよ、という声を聞き流しながら、アルマリネが方向転換をするのを待ち、カウントをする。
そして、向かってくるアルマリネを前に、甲板で目をむいているオスカルを見つめて、にっと口の端を吊り上げて笑いながら叫んだ。
「いまだ。突っ込めーーーーーーーーーーー!!」
* * *
隣国の船と合図を送り合いながら、地に落ちたドラゴンの元まで飛空艇を進めて、着陸。
意気揚々と素材回収に赴くリクハルドと船員たち。一方、隣国の飛空艇から下りてきたのはすんなりとした金糸の髪の青年で、リクハルドを見つけると呆れたような声を上げた。
「無茶苦茶やる奴がいると思ったらやっぱりお前か。バラライカ」
「よ。アーロン殿下、久しぶり。わざわざ前線まで来るのか、王太子が」
何か非常に含むところのある物言い。つい先程、自国の王太子の乗る船を力づくで空域から追い出したアルマリネの船員たちは、苦い笑みを浮かべかけたが、気になるのはそれだけではない。
バラライカ。
その名を口にした青年アーロンは、ふう、とため息をつく。
「軍が接近しすぎて一触即発になっていると聞いて、ひとまず竜退治に来たんだ。手こずっていたので、そちらの攻撃に助けられた形だが……、さてあの攻撃はそちらの美しい姫が? あなたが、かの名高い飛空艇姫アッカ?」
竜の解体には加わらず、船から下りて青年たちと向き合っていたアッカに対し、アーロンは爽やかに微笑みかけた。
アッカもまた笑みを浮かべて応じる。
「はじめまして。アルマリネの艦長のアッカです。国境における一触即発の状況は、陛下も案じておられました。話し合いのできる方が前線においでとあらば、交渉事も円滑に進むかと思います。良かった」
「……うん。空賊と聞いていたけど、心映えまで美しく聡明な姫とみえる。機会があれば我が王宮にもぜひ。飛空艇の発着場は完備していますので、空からどうぞ」
胸に手を当てて嘘偽りはないとばかりに言われ、アッカは「ありがとうございます」と礼を述べた。
どこをとってもそつのない対応であったが、心中はそれどころではない。
(バラライカ? バラライカって言った? あきらかにリクハルドさんを見ながら、バラライカって言った、よね?)
とてもとても聞きたい。その思いからリクハルドに目を向けると、背中に目があるかの如き反応の良さで振り返られる。
「リクハルドさん、あの……、バラライカ?」
アッカが尋ねると、船員たちも固唾を呑んでその答えを待つ気配。
竜の血に手足を染め、ゴーグルにまで返り血を受けていたリクハルドは、思い出したようにゴーグルを外して笑みをふりまいた。
「そんな名前で呼ばれていたこともあったかもしれないです。普段は単独行動なんですけど、そこのアーロンとはときどき空で共闘していたから、顔覚えられてて。だめだぞアーロン、軽々しく俺の名前を呼んだら。引退している。今の俺は空飛ぶ素材屋リクハルド、だよ。ほら、こうして竜を手際よーくさばいてるわけだし。せっかくだから買っていけよ」
にこっ(圧)。
なぜか周囲の温度を下げる迫力の笑顔を前に、その場が静まり返る。
やがて「バラライカ?」「リクさんが?」「伝説の、あの?」「百戦錬磨の?」とアルマリネとアーロンの船の船員双方の間で騒ぎが巻き起こる。
その姦しさの中に真偽不明の数々の噂話が飛び交い、耳を澄ませていたアッカは「女に関しても百戦錬磨」のあたりで、ふるふると震えてしまった。
適当に聞き流している態度であったリクハルドだが、同じくその辺でついに「おい」と低音で声を発する。
「勘違いするな。俺は女性に対しては一途で激重だ。好きな相手は一人だけ。百戦錬磨など冗談ではない」
すかさず、アーロンが頷いて合いの手を入れる。
「そうだよね。バラライカ、そのへんは清いというか潔いというか……それでいまは?」
言うなり、ちらっとアッカに目を向けてきた。まなざしが限りなく優しい。意味を掴みかねて、アッカはリクハルドを見た。
それまでアーロンや噂話に興じる船員たちを威圧していたリクハルドであったが、アッカと目が合うといつものように穏やかな微笑みを浮かべた。
「アッカさん。竜の仕留め方が芸術的に綺麗です。破損箇所が少ないので売れる部位が多い。そんなアッカさんが好きです。アルマリネに乗っていて良かった。これからもよろしくお願いします」
「リクハルドさん、そうは言っても、自分で竜退治できるんじゃ」
「でき……ないこともないですけど、今はこっちの仕事が性に合っているので。好きです」
根が素直なせいか、何かがダダ漏れしている。追求すべきかどうか少しだけ悩みつつ、アッカはひとまず問題を先送りにすることにした。
「私も、リクハルドさんが船に乗ってくれていて良かったです。これからもよろしくお願いします」
「はい。アッカさんのために全力を尽くしますよ」
無害そうに笑って、リクハルドは竜の解体に戻っていく。
その様子を見送って、アーロンがいたずらっぽくアッカに声をかけた。
「あのまつろわぬ竜を撃ち落とし、従順に手懐けるとはさすが飛空艇姫。そこのところ、詳しく教えてください」
「ええと……ええと……時間をください」
苦し紛れに応えながら、アッカは離れた位置に立つリクハルドの横顔を見た。
(み……見てます、リクハルドさん。私はいつもあなたを)
その一言を告げたら後戻りできないことになるような予感がひしひしとあり、アッカは口をつぐむのだった。
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