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最悪の横槍

 甲板に走り出ると、夜明けの光が空の彼方に差していた。


「姫さん、やられました。旗を掲げていない飛空艇が雲間から現れたと思ったら、撃ち込んできやがった!」

「被害は!」

「掠っただけでさあ、大事ないです!」


 ばらばらと三々五々姿を見せて、知り得る情報を上げてくる船員たち。

 アッカは首元に下ろしていたゴーグルを嵌めて、強い風に黒髪を煽られつつ、甲板の際に立って下を覗き込んだ。雲に船影が透ける。


(旗がないってことは、身元を隠しての行動。なんのために。国境付近には二カ国の軍がいるはずだけど、アルマリネの旗をこちらの軍が攻撃してくるはずがない。だとすれば、隣国の?)


 雲が薄れ、飛空艇の姿がのぞく。甲板にひとがいる。目を凝らして、アッカは相手を見定めようとしたた。

 そのアッカの横にリクハルドが立ち、断言した。


「オスカル殿下ですね」

「どうして。アルマリネが国王陛下の命で作戦中なのは知っているはずなのに……!」


 アッカも相手の顔を視認した。間違いない。

 相手次第では交戦も辞さない心づもりであったが、さすがに自国の王太子とあらば判断は保留にせざるを得ない。


「いずれにせよ、旗を掲げない以上、まずいことをしている自覚はおありなのでしょう。こちらも殿下に気づかなかったふりをして、撃ち落とすのもありだと思いますよ」

「竜との戦いに集中させてくれるなら、そこまでしなくても良いのですが」


 冷え切った声で提案してきたリクハルドに対し、アッカはひとまず穏当な答えを返す。

 話す間に、下を飛行していた飛空艇が高度を上げて、横付けをしてきた。

 いまや甲板に立つオスカルの姿は、全身はっきりと見えた。

 風を巻き込む轟音に負けじと、アッカは声を張り上げて呼びかける。


「殿下! 何か御用ですか!?」

「アッカ姫が私の元に寄らず飛び立ったと聞いて、追いかけてきたところだよ。目覚めの挨拶は効いたかな?」


 目の前が、暗くなった。

 同時に、船のそこかしこで殺気が立ち上るのをアッカは肌身に感じた。特に、真横。リクハルド。

 

「作戦行動中です! 無茶苦茶なことはやめてください!!」

「我が軍の者が手も足も出ない竜退治が任務だというじゃないか。危ないから、引き返せ。君が心配なんだよ」


 ふふん、となぜか余裕ありげな笑みを浮かべているオスカル。


(本気で言ってます!? 軍が対処できなかったから、最後の手段として空賊に国王直々に依頼がきているというのに、邪魔しにくる王太子なんかこの世にいる!?)


 脱力しかけて、アッカは(へり)を両手で握りしめた。倒れている場合ではない。


「撃ちましょう」

「待って、リクハルドさん。殺してしまう」

「何か問題でも?」

「問題は無いけどある……」


 カッとなって殺すのはできないことではないが、殺してしまった相手は生き返らない。慎重に行動せねば。ごく簡単な真理について考えていたアッカの目の前を、風が吹き抜けた。

 視界を覆う、薄紫の巨体。


「古竜……!!」


 竜は一度目は通り過ぎた。


(意思疎通、できる? 呼びかけたら応じるかな!?)


 甘いことを考えた瞬間、隣に立つリクハルドからロケット弾を手渡されて、持たされる。


「アッカさん、対ドラゴン戦は初めてですよね。落ち着いて撃てば大丈夫です。俺がついていますから」

「話し合いは無理?」

「無理でしょう。あの竜はすでにたくさんの民間人に被害を出しています。人を殺すことに躊躇のない相手です。アッカさんは、大量殺人犯を説得して『もう殺さないよ』って言われたら、信じて逃がしますか? 逃がさないでしょう。あの大きさの竜を生け捕りにする技術はない以上、さらなる被害を食い止めるためには叩けるときに叩くしかありません」

「反論ありません」


 答えて、アッカはロケット弾を肩に担ぐ。船員たちから援護射撃はあるだろうが、決めるのは風の魔法と組み合わせて、一番威力の高い弾を撃つアッカの役割だ。

 しかし、照準器をのぞきこんだときに妙な動きをするものを視界にみとめてしまい、「ええっ」とアッカは呻いた。

 オスカルの船でも兵たちが対竜用と思しき火器を担いで甲板に並んでいる。


「あれ撃たれたら、竜が怒って向かってくるか、回避行動でどこか遠くへ逃げるかですよね!?」 


 つい非難がましく声を上げたところで、「いいえ」とリクハルドがすかさず答えた。


「見えますか。あの雲の向こうに、隣国の飛空艇も出張ってきています。射線を考えるに、竜にあたらなかった場合はあちらに撃ち込むことになるでしょう。にらみ合いの緊張状態の中、こちらの国の王太子の船から先制攻撃――最悪」

「止めないと……!!」


 助けにならないどころか、はっきりと足を引っ張られている。状況が見えている以上、アッカとしては最悪を回避せねばと判断しかけたが。

 リクハルドは、眼鏡をシャツの胸ポケットにしまい、自分もまた首にかけていたゴーグルを顔に上げて、毅然として言った。


「アッカさんは竜に集中してください」

「リクハルドさんはいつもみたいに下がっていてください。本格的に戦闘がはじまりますよ!」


 非戦闘員であるリクハルドは、普段はこういった場には参加しないのだ。ごく稀にアッカの横で助言することはあるが、本人が武器を手にすることはない。

 心配から言ったものの、リクハルドには「いいえ」と却下された。

 リクハルドは、アッカではなく遠くを見て口を開く。


「さきほどの話で、故意に言いそびれたことがあるんですが――、俺にも一応得意分野はあるんです。若い頃飛空艇に乗っていたことがあるので、いざとなれば戦闘での立ち回りもできないわけじゃないんですよ。だから俺のことは心配しないで。アッカさんは、竜を撃つんです」



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