深夜の武器庫
飛空艇アルマリネ・艦長「飛空艇姫アッカ」、古竜討伐依頼を国王より受諾。
――竜といえば素材の塊ですからね。売りさばいて良いならかなりの収入が見込めます。挑戦してみるのも良いのではないでしょうか。俺も非戦闘員として、陰ながら応援していますよ。
参謀殿・リクハルドの一言が決め手になったのは否めないが、決めたのはアッカだ。
国境で暴れる竜を討つ。誰かがやらねばならぬと言うのなら、それはやはり自分を置いて他にいないと、覚悟を決めた。
(船員にも飛空艇にも被害を出さしたくない……。怖い。でも、逃げたところで戦争の火種が。立ち向かわなければ)
一路、空を飛んで国境へと向かう。
* * *
深夜。船倉の武器庫にて、アッカは床にいくつもの銃を並べて整備に勤しんでいた。
いざ飛行系モンスターが現れた場合は、甲板に武器をいくつも配備し、相手によって切り替えつつ、端から撃ち落とすのが空賊の戦闘スタイル。そのため、扱う銃は多岐に渡る。
整備担当者もいるが、戦闘の前は自分でも手入れがてら、最終確認をするようにしている。落ち着かずに眠れない夜には、うってつけの作業と言えた。
(古竜、かなりの巨体だというから並の銃ではかすり傷すら作れないはず。確実に撃ち落とすとなれば強力なロケット弾を……。問題は速さがあり、複雑な動きをするということ。かといって、引き付ければ飛空艇との接触を許し、こちらが破壊されてしまう恐れが……)
照準器と発射筒を組み合わせただけのやや大型の銃を選び出して手にし、肩に担ぐと、アッカは照準器をのぞきこむ。
その正面に、人が立った。
「姫さま、手入れは抜かりない? 必要なものがあったら言ってくださいね。安くご用意させて頂きますから」
のんびりと声をかけてきたのは、煤汚れを頬とシャツにつけたリクハルド。おそらく動力室の点検をしてきた後。
銃を肩からおろして、アッカはリクハルドを見上げた。
「古竜の外殻の固さが想像つかないんです。火球型モンスターの欠片で作った、爆発力の強い弾を使いますが、どこまで通用するか」
「当たれば十分有効ですよ、それ。その弾は俺が対ドラゴンを想定して作っていますから、威力も保証します。ただロケット弾の場合、推進力を高めるために形状を槍に近づけている分、横風に弱い難点がありますね」
「撃った直後に魔法を乗せて軌道を安定させますが、相手の動きが予想以上に早い場合、避けられて空振りになる恐れはありますね……」
不安から、アッカはつい悩み事を口にした。リクハルドはアッカの横に腰を下ろし、真面目な顔で耳を傾け、ところどころで意見を挟む。
参謀殿の呼び名にふさわしく、リクハルドは非戦闘員とはいえ空賊の戦闘にも知識が豊富で、アッカにいつも的確な助言をくれるのだった。素材屋としてモンスターの特性にも詳しく、普段から素材の買取・販売以外に武具制作もしているため、艦内に搭載している銃器に精通している。
「アッカさんの判断力やスピードであれば、いけると俺は思いますよ。風使いの姫だけあって、風系魔法にも習熟しているし、たとえ王国正規軍がかなわなかった相手でも」
眼鏡越しの優しげな瞳に見つめられて、アッカはハッと我に返った。真剣に話し込んでいたが、状況はといえば深夜の密室に二人きり。
向かい合っている相手はリクハルド。視線が絡んだ瞬間、耳に蘇るのは食事時に聞いたあのセリフ。
――俺の女になれよ。一生離さない。ずっと俺だけを見ていろ
(いま思い出しちゃだめーーーーーーー!!)
ぼふ、と天元突破した恥ずかしさが頭から噴火みたいに噴き出した。思わず、膝を抱えた姿勢のまま前のめりに倒れる。
「どうしました? 急にお腹でも痛くなった?」
「いえ……あの……、ちょっとバラライカを思い出しました」
「バラライカ? なんでいま。アッカさん、そんなにバラライカが良いの?」
(バラライカが良いというより、バラライカの真似? をした、リクハルドさんの口説き文句が心臓に悪すぎただけなんですが)
普段なら「俺の女になれよ」などというフレーズには露ほどもひかれない。しかしあの場で受けたときめきを一言で表現するのならば、「ギャップ萌え」。普段は乱暴な言葉遣いをすることなどないリクハルドが言ったからこその破壊力。
その悶えをどう伝えるべきか。悩みすぎたせいか頭が素直になり、アッカはがばっと顔を上げると、ひといきに、考えなしに尋ねた。
「私は『俺の女になれ』という男性には惹かれないと思うんです。そのはずなんですが。リクハルドさんは、女性を口説くときに、そういうこと言うんですか?」
(あっ、完全に素で質問してしまった……!!)
リクハルドが眼鏡の奥で目を見開いたのを見て、アッカはしまった、と思ったがもう遅い。
数秒の沈黙の後、「そう、ですねえ」とリクハルドは掠れた声で言った。
「俺、好きな相手には余裕ないです。他の男を見てほしくなくて『俺を見て』は言っちゃいそう。俺って結構そのへん、心狭いから。でも相手の自由を奪いたいわけでも無くて……、俺のものになれとは言えないかな。気持ちの上ではもちろん、そう思っていますけど。独占したくて堪らない」
「……情熱的……ですね」
それだけ言うのが、精一杯だった。渇きを覚えているかのように切々と語るリクハルドが、その脳裏に誰を思い描いているのか。想像することすら辛すぎて。
一方のリクハルドは、考え考え、言葉を重ねる。
「そうかな。危ないだけだよ。こういうの、相手の気持ちを尊重できなくなったら終わりだよね。相思相愛になれなくて、俺だけが好きだった場合、この気持は相手にとってただただ不幸でしかないと思う。そういう意味で恋愛は難しい。ほら、アッカさんだって、オスカル殿下のお誘いは嫌がってるでしょ?」
「それはもちろん、殿下の場合、遊びだってわかりますから。本気でも困りますけど。王族に嫁ぎたいと思ったことなんてありませんし」
とんでもない、とアッカは即座に応じる。リクハルドはその勢いにくすりと声をたてて笑った。
「アッカさん、風使い一族のお姫様なんだよね。駆け出しの頃から、一族のためにお金を稼ぐのに邁進していて」
「お金は大切ですよ……。私の出身地はとても貧しくて。私はこの先も空で稼いでいたいです。そうは言っても、最初は世渡りが本当に下手で。リクハルドさんに出会えてからずいぶん世間がわかってきたので、本当になんとお礼を言ってよいものか」
リクハルドに出会う前は、散々だったのだ。せっかくモンスター退治をして素材を得ても、市場価格とかけ離れた金額で買い叩かれていたこともある。その意味では、リクハルドが「空飛ぶ素材屋」として飛空艇アルマリネに常駐し、間接的に財政状況の立て直しを行ってくれた恩は計り知れない。
こうして折に触れてアッカが感謝を述べても、リクハルドは「俺はべつに」と笑ってかわそうとするのだが。
(こんなに優秀でなんでもできるのに、控えめなんだよなぁ……)
このときもまた、話を変えようとしているのを気配で察し、アッカは思わず逃すまいとするかのように尋ねてしまった。
そもそもなんでリクハルドさんは、素材屋さんをしているのですか? と。