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撃墜王の伝説

「伝説の古竜が国境に出没してる……!?」


 国王との謁見の後。

 アッカが飛空艇アルマリネにその案件を持ち帰ると、船員たちは色めきたった。


「古竜といえば伝説級(レジェンド)……。正規軍も手を焼くどころか、手に余しているという事情はよくわかるんです。だからといって、アルマリネが戦えるかというと」


 艦内の食堂にて。男性ばかりの船員二十名のほぼ全員が揃ったところで、食事をしがてらの報告のため、とにかくうるさい。長テーブルに並んで向かい合って座った者が皆、同時に発言をする。その合間にスプーンやフォークが皿にぶつかる音、コップをテーブルにだん、と置く音や思い切り肉を咀嚼する音など、にぎやかな食事の音が食堂中に溢れていた。


「よく噛んで食べて。詰まらせたら死ぬから」


 食べながら話そうとしたのか、うぐうぐと悶えている男。その背後に立った茶色髪の青年が、とん、と背中を叩く。けほ、と男が何か吐き出したのを見るとはなしに見て、青年は皿を手にのんびりとアッカの隣の席に進んだ。

 横に座られて、アッカはちらりと視線を向ける。


 「空飛ぶ素材屋」リクハルド。

 眼鏡の似合う温厚そうな見た目ながら、荒らくれ男たちの間で日々飄々と過ごしている。非戦闘員として、戦闘にこそ参加しないが、倒れたモンスターをさばく様は堂に入っていて、物怖じしない。

 何かにつけて器用で、料理から動力室の整備まで丁寧にこなす。常に、人手の足りないところを見極めてさりげなく補佐に入る視野の広さがあり、アッカ以下船員たちの信用を得ている。

 博識かつ冷静。いつの間にかその呼び名は「参謀殿」が定着していて、アッカも何かと頼りにしてしまっているほどだ。


(正体はよく……わからないのだけど)


 アッカの名がまだ売れる前、たまたま辺境の地で出会った。

 その頃リクハルドは店舗を構えた素材屋で、アッカが持ち込んだ素材を他店よりもやや高めの値で引き取ってくれていた。それがありがたく、多少遠くとも素材を入手すればリクハルドの元を目指すのがアルマリネのお決まりコースとなり――そのうちに「こんなところまで来て頂くのも申し訳ない。もしお邪魔でなければ、船に乗せて頂けませんか?」とリクハルドからの申し入れがあったのだ。

 以来約二年。すっかりとその存在は船員の家族のように定着しており、アルマリネにとってはなくてはならぬ存在。

 特に、今回のような判断の難しい案件は、皆がその発言に期待している。


「古竜……、たしかに通常ですとなるべく避けたい相手だとは思いますが、今回は事情が事情なんですよねえ」


 スプーンを手にして、リクハルドが言った。格別張り上げた声でもないのに、その一言は間隙をぬって響いた。

 事情? と船員に水を向けられ、アッカは「そうなの」と説明を再開する。


「古竜に限らず竜族は知能が高くて、人間との意思疎通が可能と言われているけど、今回はそれが裏目に出ていて……。古竜、国境近辺の村に被害を出しているんですが、隣国から『そちらの国が竜に指示を出しているのだろう』と因縁つけられてしまったそうなんです。そんなことはなくて、こちらの国境側でも被害が出ていると言っても、話が通じないとか。それで、国としては竜討伐部隊を出して対応しようとしているのですが、同様に隣国でも兵を動かしている、と。結果的に、国境越しに両国の軍が向かい合う緊張状態になっているらしくて。誤解を解くのは交渉次第としても、さしあたり『原因』である竜だけでも取り除けないか、というのが陛下からの依頼です。放っておくと、近いうちに戦争になるからって」


 ほ~、と船員たちから声が上がる。

 アッカは話が通じただろうかと、一瞬不安になって、全員の顔を見回した。


「今の話、大丈夫? 正規軍でも対処できなかった案件ってことよ。犠牲が出るかもしれないし……」


 つい、リクハルドの反応をうかがってしまう。眼鏡をのせた端整な横顔。何を考えているのか、遠くを見るまなざしをしている。

 迷いつつ、アッカは声をかけた。


「参謀殿はどうお考えですか」


 ん? とリクハルドが視線をくれる。穏やかな光を浮かべた、翠瞳。まっすぐに見つめられると、胸が締め付けられるように痛み、アッカは落ち着かない気分になる。目が綺麗過ぎるせいだと思うことにしている。

 早まる鼓動を抑えるようにアッカは胸に手を置き、視線をさまよわせた。リクハルドはその様子を気にすることもなく、淡々と話し始めた。


「勝てるかどうかでいえば、アルマリネとしては分が悪いと言わざるを得ないです。一方で、断っても国として後がないのも事実。うちの姫さま以外に誰が竜を討てるだろうと言われれば……」


 途切れた言葉を引き継ぐように、船員たちから声が上がる。


「撃墜王バラライカだ!」


 その名。

 口にするだけで、空に生きる者たちを高揚させる響き。

 つられたように、皆が次々と「彼」について語る。


「あの伝説の飛空艇乗りが生きてりゃなぁ」「何しろ、現役時代に竜討伐の実績もある」「撃墜王バラライカがいたら、古竜ごとき」「早い引退だったが、いまどこで何をしてるのかねえ」「死んだなんて俺は信じちゃいねえぜ。なにせあのバラライカだ」


 本名不明。活躍していた頃の目撃談によれば若い男性だったとのことだが、年齢も不詳。個人行動が常で、容姿すらろくに伝わっていない。

 数年前までは、間違いなく空の覇者といえばかのひとのことを指した。

 撃墜王バラライカ。数々の伝説を打ち立てた飛空艇乗り。凄腕狙撃手のドラゴンスレイヤー。

 ある時を境に姿を消して、その行方は現在、杳として知れず。


「私が空に出たときにはすでに、引退してしまっていましたからね。お会いできるものならお会いしたかったですが」


 アッカもしみじみとして頷いた。活動期間がかぶっていればどこかで一緒になることもあったかもしれないが、その背を追おうにもかのひとはすでに影すら空に無かった。


「会ってもべつに面白くないと思いますよ。伝説だなんだ言ってもただの男でしょう。それこそアッカさんが憧れているなんて口にしようものなら、ここぞとばかりに口説かれるかもしれませんよ。今日の王太子殿下みたいに」


 ついつい夢見がちな乙女のように瞳を潤ませたアッカに対し、珍しくリクハルドがどこか意地悪な口ぶりで応じた。

 言われたアッカはきょとんと首を傾げて、リクハルドの横顔を見る。


「いくらなんでも、殿下とバラライカを一緒にしないでください。全然違いますよ」


 リクハルドはアッカに視線を流して、目を細めた。


「へえ。じゃあ口説かれてみます? 『俺の女になれよ。一生離さない。ずっと俺だけを見ていろ』って」


 その一言は、いつの間にか静まり返っていた食堂内に、凛として響き渡った。

 真正面から言われたアッカは、身動きもできぬまま石化した。

 言ったリクハルドといえば、前に向き直り「口説き文句なんて普段使わないから、全然思い浮かばないや」と、いつもどおりの天下泰平な調子で呟き、スープを一口。

 それでもまだ辺りが静寂に包まれていることに気づき「え? あれ?」と左右を見渡す。

 目が合った船員のひとり、あごひげを生やしたいかつい体格の中年男性が、頬を染めて「やべえ。孕むわ……」とかすれた呟きをもらす。


「何を? なんで?」


 まったく理解できていないように、不思議そうな声をあげるリクハルド。

 その横で、アッカは胸をおさえて俯いていた。


(リクハルドさん、胸が痛いです。わああああ)


 絶対に顔が赤い。見られてなるものかと、思い切り横を向いた。



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