指パッチンマスター村上
指パッチン、それは世界を消滅させたり復活させたりリズムを刻んだり友達を増やしたり宇宙を創造したりできる便利な特技である。
森羅万象を司るこの特技を極めし者はこれまで出てこないとされていた……。だが! この男、村上は指パッチンを極めし者として日本に爆誕したのだ。
産まれた時から指パッチンを習得していた村上は産声の代わりに指パッチン、オムツを変えてほしいときも指パッチン、全てを指パッチンでこなしていったのだ。
赤ん坊の頃から指パッチンの素質があった彼だが、そんな彼ももう二十歳となる。小中高全て指パッチンで荒事を解決してきた彼も、大学ではそう上手くいくまい、世間からはそう思われていた。
だが彼は違った。
そもそも彼に大学など必要なかったのだ。指パッチンをすればパチンカスが発狂するほどジャラジャラと玉が溢れ出し、村上が指パッチンをすると大穴の馬が超やる気になり1着を掻っ攫っていく。
全ては村上の掌の上だった。
村上の指パッチンを人々は恐れ、村上にだけは法律も憲法もいらないと主張をはじめた者までいた。
あの天下無敵のアメリカ合衆国でさえ村上を恐れた。
指パッチンで何でも思い通りに事を動かし、全てをコントロールする彼だ。その力を利用しようとするものもいれば、命を狙うものもいる。
その命を狙う者の一人、そう、私こそが村上静香。先程まで紹介していた村上の実の妹である。
彼のせいで私の青春は壊滅した。なんでもかんでも兄の村上と比べられ、一般的、平凡な私はいつも馬鹿にされてきたのだ。
その度に私は兄を恨んできた。
あの指パッチンの使い手、天才の村上であろうと、妹よ私が命を狙ってることなんて気がつくはずがないであろう。
世界に恐れられているあの村上に報いることができるのは私だけ。そしてその村上抹殺計画の切り札として、アメリカの大統領から直接命を受けたのだ。
兄の村上のせいで、金にも生活にも困ったことはないが、この計画を遂行できた場合、一生分の遊んで暮らせるだけのお金を毎月支給してくれるらしい。
そして、私は村上を倒すときめた。
……決戦の日。
深夜、私は、寝ている兄のベッドに包丁を持って忍び込んだ。これで全てが終わる。毎日指パッチンのことを気にして生きていくこともなくなるんだ。
ごめん兄貴、兄貴が指パッチンが得意だったのが悪いんだ。指パッチンさえなければ、指パッチンさえ──
「パチン」
音が鳴る。
これは、指パッチンの音だ。
村上の指パッチン。全てを解決してきた指パッチン。
私の村上暗殺計画もここで失敗なのか……。
指パッチンから何が起きるかは誰にもわからない。
私は目の前が真っ暗になった。
「僕はもうこの世界がきらいだ。すべてけす!!」
暗闇の中に光が灯った気がした。そしてどんどんそれが広がっていく。
……これはビックバン?
宇宙は何もないところにビックバンが起きて、そこから始まったと聞く。
彼は今一度世界を……いや宇宙をやり直そうとしているのか? でもそんなことをしたら彼自身もやり直させられることになってしまう。
自分が消えてもいい……それでいいというのか?
「指パッチンなんてなくていい、そんな世の中をもう一度作れたらいいと思ったんだ」
「お兄ちゃんんんんん!」
その瞬間、それまでの世界、いや宇宙は崩壊し、新たな宇宙が創造された。次は指パッチンなどない、そんな世界にと……。