中野駅18時
ただの大学生の備忘録。
「明日、みっちゃんと飲むだけどどう?」唐突にそのLINEはきた。
アラーム音で起きることもなく10時半に目が覚めた。ベットの隅にある充電されていたiPhoneに手を伸ばし、目を擦りながら画面を見た。通知の溜まっていたiPhoneのどのメッセージのよりもノイからのLINEは目立っていた。2限のために起きた僕は昨日の21時25分に、そのLINEがきていたことに起きてから気づいた。メッセージの送り主は神町ノイだった。大学の同級生であり、しばらく会うこともなかった友達だ。女子にも関わらず、言葉遣いは荒く、字も汚い。だが、僕とノイは時々学生街の安い中華料理屋でジャスミンハイを一緒に飲むことがあった。返信をすぐしたくはなかった。しかし、3限のオンライン授業で顔を合わせる予定があったのですぐに返信した。
「それって、今日ってこと?」
返信すると共に無理矢理ベッドから体を起こして、一服した。この頃から就活やらゼミやら社会人からみたら屁でもないようなストレスに蝕まれて、タバコの本数は増えていた。リビングに行った僕はオンライン授業の準備をしながら、シャワーを浴びて歯を磨いた。楽単のために取った授業を感情もなく受けていると、ノイから返信がきた。
「そう」
あまりに不必要な部分を削ぎ取った、飾りげないメッセージに少し笑った。
「バイトあるし、課題あるし、就活あるし忙しいからなあ…行くか^^」
少し、僕はふざけた文章で返した。昨日の残り物のご飯を食べながら授業を受けていると、授業も終わり昼休みになった。
「すごいね」
「えらいね」
「てか、私とみっちゃんしかいないけどお前は大丈夫なの?笑」
「一応、ゆうきに今日暇か聞いてるけど就活で忙しいかもね」
みっちゃんの本名は渡井美智香であり。ノイと同じく大学の同級生である。もともと、大学1年生の時は必修科目が一緒ということもあり、よく一緒に行動していた。俗にいう、サブカル系女子であり、好きなバンドはクリープハイプにマカロニえんぴつにmy hair is badだった。そして、大学1年生の時には僕は美智香に告白して振られたのだった。なぜ、好きだったのかも正直わからない。心理学でいうところの単純接触効果というやつなのか、一緒に行動する時間が増えていた僕は自然と成り行きで好きになっていた。
「本当の(僕)がわからない、全くどういう人か見えない」と言われた。深夜の2時に一緒にドライブをして、そのまま家まで送った時だった。その時の、真っ直ぐに何もかも達観したような目は忘れることができなかった。勇気を出して喉から出た言葉は、そんな言葉によって玉砕された。美智香がなんでそんなことを言ったのか、その言葉の意図はわからないまま、美智香は家のドアを開いた。一方通行の多い、道路を慣れた手つきで運転した。2分、3分小道を進むと、街頭だけがついていている商店街に出た。いつの間にか、泣いていた。そして、これが僕の最後の成り行きと勢いで恋する経験になった。この出来事によって、一緒に行動していた美智香とノイと僕はそれぞれ違う生活を送るようになった。美智香はバイト、ノイはサークル、僕もバイト、そして必然的に大学2年生になるころにはバラバラの生活をしていた。その時期から美智香と僕は気まずかった。しかし、大学1年生の頃楽しかったのは事実だし、この関係を確かにゼロにしてしまうのは惜しいものがあった。そんな気持ちもあったので行くことにしたのだった。
「ええよ」
「どこ飲み?」
「中野〜」
「19時かな?」
ノイは中野に住んでいた。僕はノイが家にすぐ帰れるように中野で飲むことにしたのかと思った。
「ノイ家に帰るのクソ楽やん、草」
「18時だって」
「私が決めたんだじゃなくて、みっちゃん発案だから。そこポイントね」
その返信をノイがした頃、僕は忙しかったため「おけ」とだけ返した。家から中野までは1時間かかるので17時にでれば予定通りに中野に着く算段だが、諸事情があったため1時間はやく家をでた。コロナの影響もあり、大学に行く時期が減ったので定期は持っていなかった。故に、僕は歩く距離は長いが交通費が安くつく、ルートで電車に乗った。電車中で映画を見たり、友達のメッセージに返信をしたりしたが、やることがなった。小竹向原駅に電車がついた頃には、乗客も少なくなっていたため、僕は席に着くことにした。何もやることがなかったので、考え事をしていた。今日どうやって美智香に話しかけようかとか大学1年生の頃の思い出とか。そういえば、僕は美智香と終電を逃したことが1回ある。
大学1年生のまだ美智香に想いを伝える前に、新大久保で美智香と飲むことがあった。新大久保駅で待ち合わせをして、高架下を潜り、歩道を進んでいく。と、そこにはまるで韓国にいるかのようだった。韓国語が飛び交い、韓国料理屋、コスメ美容のお店、k-popアイドルのグッズの店などが立ち並んでいた。いろんな服装に身を包んだ多くの若者が道を歩いていたので、すこし歩きにくかった。19時ごろに、よく行く韓国料理屋に入り、焼酎を飲んだ。トッポギが半分減り、チーズタッカルビの鉄板が冷めていた。そして、少しこぼれた焼酎がテーブルに並んでいた頃、すこし美智香は酔っていた。僕はお酒は美智香よりは強かった。3軒目に入った途端、美智香はテーブルとおでこをすり合わせるように寝た。何も言わなくなった。すぐにお店を出たが、終電をギリギリのところで逃した。
「帰る」新大久保の路地で泥酔しながら、体育座りをしていた美智香はそう言った。結局、僕と美智香はタクシーに乗って帰った。
そんなことを考えていると僕は中野駅に着いた。中野駅は北口を南口の出口によって見せる表情が変わってくる。北口はロータリーがあって、そこの周りにバーガーキングや薬局や立ち食い蕎麦などのお店が並ぶ、よくある駅だ。南口は北口と異なり商店街が栄えている。さらに、一歩小道に入れば飲み屋が立ち並ぶ。故に、北口を出る人はスーツを着た仕事が帰りのサラリーマンや大学生などが多いが、南口にはこれから飲みに行く人や買い物に行く人などがいる。金曜日ということもあり、人で賑わっていた中野駅はコロナを感じさせないほどにうるさかった。
「あさちゃんにいる」ノイから返信が来た。
予想より遅くなった僕は30分ほど遅刻していた。中野駅のトイレに入った僕は、トイレを済ませて身だしなみを整えた。緊張していので深呼吸をして呼吸を整えた。覚悟が決まっていなかった。僕はそれでも緊張しながら歩いていた。経緯あって中野について詳しく知っていた僕は残念なことに、迷うことなくあさちゃんについた。店に到着して席についた瞬間、ノイと美智香に挨拶することもなく「生1つで」と店員行った。
「はや笑」とノイが片手にウーロンハイを持ちながら言った。
「みんな久しぶりじゃ〜〜ん」と明るい雰囲気にするために勢いよく僕は言った。間髪言わずにビールとお通しの金平牛蒡がテーブリに置かれた。
「それでは、おつかれさまです」テンポよく始まった飲み会でビールを一気に飲みあげた僕はすぐに喫煙所にタバコを吸いに行った。何に対してお疲れ様だよ。まずそう思った。そして、これから何を話そう、どう言って美智香に話を振ろうかなど考えながら一人作戦会議をした。背もたれのない席にも戻るとテーブルにはビールにウーロンハイ、レモンサワー、お通しとポテトサラダが並んでいた。昔の話や最近の話など意外と積もり話もあった。
「ちょっと、トイレ行ってくるわ」とノイがそそくさとトイレに向かっていた。
「美智香は就活どうなん?」誰とでもできるよな話をして、その場をつなげているとノイが帰ってきた。
美智香にはどうやら彼氏がいるらしい、そりゃ2年や3年も経っていれば当たり前のことか。実際に、どんな人かは美智香のインスタグラムの投稿でなんとなく把握していた。美智香と美智香の彼氏はもうすでに2年近くを迎えていた。高円寺に住む古着が好きな彼氏はバーで働いている。美智香は彼氏の家によく行くらしく、文鳥も飼っているそうだ。
「大丈夫、気まずくなかった?笑」僕の触れられたくないところにズカズカと入ってくるのノイの一言は、空気を読めない発言というわけではなくノイなりの気遣いのように感じた。
それを察した僕は「ああもう手が震えまくってたよ、緊張でさ笑」とノイなりの気遣いにボケで返した。
2軒目、3軒目と店を梯子した僕たちは終電が近づいていたにも関わらず4軒目に入った。予想通りに僕たちは終電を逃した。ノイは中野に住んでいるのでそそくさを帰っていた。
「帰る」またそう言った美智香はまたタクシーに乗った。「平和台まで」と運転手に言った途端に美智香は爆睡した。寝ている美智香の横で僕は運転手美智香の家までの道を丁寧に教えた。小道に入り、美智香の家に近づく頃に美智香は目を覚ました。
「覚えてたんだ、私の家」目を擦りながら美智香は言った。
「一応ね、何回通ったと思ってんのさ?」背もたれに横になりながら僕も言った。
「泊まっていく?」無表情に、でも視線だけはこっちをしっかり見つめながら、美智香はその言葉を発した。
「大丈夫、俺は帰れるよ」かなり強がっていた。
「そうやって強がって、だから本当の自分をどこに出していいかわからないんじゃないの?」美智香はまたどこか達観したような目で見つめながら真剣な顔で言った。図星だった上に、さっきまで寝ていたのにいきなり真剣な眼差しで言われた僕は何も言えずに黙っていた。
「図星でしょ」そうとだけ言い残して、美智香はタクシーを止めた。扉を開けて、僕の窓を覗き込み、手を振った。
タクシーが動き出し、美智香の姿は右から左へ流れ見えなくなった。僕は、最後まで見ていたかったので後ろを向いて美智香を見ていた。美智香は家の前の街頭の下で手を振り終えると、疲れた顔をしながら家の鍵を開けて、家に入っていた。
まただ。