4.
冒険者ギルドの、受付カウンターの一つ。
出来る女のオーラを強烈に放出するベテランお姉様から、容赦のない指示がビシバシと乱れ飛ぶ。
「ほらほら、お兄ちゃん。ここにも名前を書く!」
「は、はい!」
「ちょっとちょっと、お嬢ちゃん。そこも記入して!」
「はい!」
「ほれほれ、二人とも。次の人も待ってるんだから、テキパキと手を動かす!」
「「はい!」」
可愛らしいフレデリカちゃんと冒険者ギルドに併設された酒場兼レストランでお茶をして、彼女がここに来た事情など簡単に話を聞いた、その後。俺たちは、それぞれの用事を済ませるため、受付カウンターへと来ていた。
俺は、ギルドに所属する冒険者として、この街に到着した旨の届け出と手続きを。
フレデリカちゃんは、彼女がお世話になっている孤児院からの発注として、求人票の提出など手続きを。
選んだルートと進行方向がたまたま悪かったのか、はたまた巧妙に誘導されてしまった結果なのか、俺とフレデリカちゃんは、このお姉さまに何故だか気に入られてしまったようで、あれよあれよという間に二人纏めてこの窓口にて同時進行で各々の手続きを行う事態となっていた。
黙っていればクールな仕事の出来る女史といった風貌でギルド事務員の制服をビシッと着こなしたお姉さまが、何故だか満面に笑みを浮かべ、まだまだ若くて頼り無さげに見える不慣れな感じの二人組を手取り足取り腰取りのほぼ密着状態で事細かに指導している。
そんな光景を周囲の皆様が微笑ましく見守っている中で、何とか無事に、俺とフレデリカちゃんの二人は、目的の手続きに必要な書類を仕上げることが出来たのだった。
ふう、やれやれ。
俺が一息つき、フレデリカちゃんが憔悴して荒い息を吐いてる。その目の前で、受付嬢のお姉様が、俺たちから受け取った書類に視線を落としたまま、眉を顰めて何やら考え込んでいた。
はて?
書式が微妙に街ごとで異なっていたりするので万が一が無いとまで断言は出来ないが、いつも通りの至って平凡な内容での申請なので、俺の提出書類には特に引っ掛かる箇所などない、筈。
などとホケっと考えながら、バリバリのキャリアウーマンっぽい美人なお姉様の様子をそれとなく窺っていると、その視線がフレデリカちゃんの方へと向いた。
「お嬢さん」
「...は、はい!」
「可哀そうだけど、この条件では、今のこの街では応募を見込めないわよ」
「そ、そうですか...」
「求人票を掲示するだけでも費用は掛かるから、この内容であれば止めておいた方が良い、かな」
「...」
「こんな条件の求人を出すくらいだから、この孤児院、金銭的にも厳しい状況なのよね?」
「はい...」
「であれば、悪いことは言わない。伝手を頼って求人して、ギルドに払うことになる費用も報酬に上乗せした方が良いわよ。きっと、その方が、成り手がでてくる可能性も少しは上がると思う」
「...」
おお~。このお姉さん、物凄く良心的だな。と、俺は感動した。
まあ、冒険者ギルドの側にも色々と都合や事情があるのかもしれないが、受理してしまう前に真摯なアドバイスをするのは、好ましい応対、だよね。
うん。やはり、この街に来て良かった。
であれば。
これも何かのご縁だし、冒険者ギルドで一定数の依頼を受けてポイントを稼ぐ必要もあったので、ここは一丁、俺が一肌脱ぐ場面かな?
「お姉さん。ちょっと、良いですか?」
「ええ、構わないわよ」
「その依頼の内容を、見せて貰えませんか?」
「えっと、まだ受理前なんだけど...お嬢さん、彼に見せても良い?」
「はい...」
こうして。二人の了承を得た俺は、ほぼ成り行きで、フレデリカちゃんがお世話になっているという孤児院からの求人票の内容を、確認する事になったのだった。
成る程。
と、俺は納得した。
これは、シンシアさんが、忠告したくもなるような内容だ。
あ、ああ。そうそう。
シンシアさんというのは、美人で仕事が出来る漢前な受付嬢のお姉様、のことだ。
よくよく見ると、受付カウンターがある机の上には担当者の名札が掲示されていたのと、その後の会話の中でご本人からも名乗りがあったのだ。
まあ、それは兎も角。
フレデリカちゃんが発注しようとしていた求人票について、だった。
孤児院のお手伝いさんを募集する、というものなんだが...。
補助的な雑用が主な担当業務でギリギリそれに見合う程度の報酬と言えなくもない点は良いとして、勤務時間が夕方から翌朝までと少し厳しめな条件の上に、休日なしの連続勤務が基本形とされている点は問題だ。
しかも。冒険者ギルドに対して、派遣する人物の素行に問題なし、と保証することを求めている。
いや、まあ、確かに。女の子を含む幼い子供たちが夜も安心して眠れる必要があるのだろうから、理解できなくもない条件ではあるのだが、提示している対価と釣り合っているかと言われると、正直なところ厳しいと思う。
そもそも、フレデリカちゃんのような幼い女の子を冒険者ギルドに遣わしている時点で、相当に人手不足なのだろうとは想像がついてしまうのだが、それにしても無謀な要求内容だと思う。
けども、だ。
まだこの街での住処も仕事も定まっていない俺の場合、信用度に関するギルド保証が得られるかどうかという一点を除けば、色々と都合が良くて、大した問題もなかったりする。
勤務時間については住み込みの仕事だと思えば好都合な訳で、別途に家賃負担の必要がなくなると考えれば報酬が少ない点も大きな問題にはならない。そう、昼間の空き時間で冒険者として単発の依頼を受けて稼げば良い、と考えられるのならば、金銭面での課題もクリアできるのだ。
つまり。これは、俺の為にあるような依頼、ではないだろうか?
俺は、期待に満ち満ちた瞳となって、仕事が出来る受付嬢であるシンシアさんの目を、ジッと見詰める。
「あ、あ~」
「シンシアさん!」
「えっと、ね」
「はい!」
「はあ...少し、待っててちょうだい」
「はい。よろしくお願いします!」
シンシアさんは、大きく一つ、深い溜息を吐いた。
そして。
暫く天井を見上げて何やら難しい表情で考え込んでいたかと思うと、俺の提出した書類一式とフレデリカちゃんが記入した未受理の状態のままの発注書を持って、颯爽と奥の部屋に消えて行ったのだった。