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14.

 いやぁ~、詰んだ。

 そう。この状況は、完全に詰み、だった。


 人生で二度目の、前世に関する記憶が急速に復旧する精神的な衝撃の余波で、俺は、図らずしも隠蔽していた気配を盛大に曝け出してしまい、ものの見事に、行軍中であった帝国軍の部隊に存在を把握され包囲され捕獲されてしまった。

 まだ、素知らぬ顔で遭遇してしまった方が、良かったかもしれない。

 魔法まで駆使して気配を殺し物陰に潜んでいたのを見破られてしまっては、言い訳することすら難しい。


 とはいえ。

 救いが全くない訳でもなかったりする。


 そう。

 今、少し離れた場所から、厳しい表情(かお)で、武装解除される俺たちを注視している二人の女性。

 帝国の第三皇女であるエカテリーナさんと、その側近である軍師のアイリーンさん。


 自己紹介を受けた訳でも、絵姿が世間に広く出回っている超有名人という訳でもないが、俺は知っている。

 何が何だか全く以って意味不明で理解不能な事態ではあるが、間違いない、と確信した上で断言する事が出来る。


 前世の俺が自身で執筆する場合に理想とするファンタジーな世界の設定が反映されている筈のこの世界で、何故に、前世でお気に入りだったファンタジー小説のヒロインとその庇護者が登場するのか?

 そんな(ささ)やか(?)な疑問は今なお残ってはいるが、俺の直感が、間違いないと告げている。

 自分たちが盾となり犠牲になってでも血路を開こうとする二人の優秀な部下を必死の思いで説得し思い留まらせながらも注意深く周囲を観察して得た少なくない情報の数々も、そんな俺の判断に間違いがない事を補強してくれる。

 うん。大丈夫。

 この際、多少のリスクは致し方ない。が、勝算は十分にある。

 少し狡い気がしないでもないが、今この時こそが、前世に愛読したラノベの知識を活かす絶好のタイミングだ、と俺は確信する。


 ので。前進あるのみ、だ。


 ただ、まあ。大変に残念な事には、この回避策を採用してしまうと、少し馴染んで来たなと思える程度には居心地が良いと感じ始めている現在の俺を取り巻く環境からは、決別が必須となる。

 そう。つまりは、今現在の俺として完全に詰んだ状態である、という点に、変わりはない。


 けど、まあ。これまた既にお馴染みの事態と為りつつあるように、自身の立ち位置をリセットするのは、ここ暫くの俺にとっての通常運転であり既定路線でもある。

 だから、まあ。微妙に悲しくて諸行無常と感じる心境へとドップリと陥っている一方で、躊躇せず実行しようと決断した俺がいる。


 とほほほほ。


 見ためエルフな美少女の副官であるオフィーリアさんと、ハーフエルフの美幼女であり王都の孤児院ではアイドル的存在になっているフレデリカちゃん。この二人とも、暫くはお別れかぁ。

 その代役が、伝説的なハイエルフの美女だけど強面タイプのアイリーンさん、というのは、あまり嬉しくはない、かなぁ。


 などなど、と。

 心の中で滂沱の涙を流しながらも、現状の打開を図ると決めた俺。

 出来るだけ平静を装いながらも真剣に周囲の状況を窺い、話を切り出す絶好のチャンスを探る。


 と。

 エカテリーナ皇女さんと俺の視線が、交錯する。

 そのタイミングを逃さず、俺は、大きな声で呼び掛ける。


「エカテリーナ皇女殿下」

「...」

「アイリーン参謀長閣下」

「「!」」

「ご提案があるのですが、お聞き頂けませんか?」


 微かに不審げな表情を浮かべるエカテリーナ皇女さん。

 目を眇め、警戒感も露わにし、エカテリーナ皇女さんを一分の隙もなく守護する態勢となったアイリーンさん。


 うん。掴みはOK。


 自国とは友好的とは言えない地域の非公式な場で、全く面識のない人間から正確な身分を敬称付きで呼ばれると、思わず注目してしまうのは、人の(さが)

 故に。この状況は、俺の思惑通り、だ。


 だから。

 この流れを無駄にしないため、俺は、出来るだけ笑みを浮かべ、胡散臭い雰囲気にならぬよう十二分に注意しながら、速攻で相手をこちらのペースに引き込むべく商談モードへと突入する。


「まずは、自己紹介から...」


 クリストファー・ウッドハウスと隠さずにフルネームを名乗り、旧ノーフォーク王国のキンバリー伯爵家を継承している点には触れず、現在のラッセル王国の王都エレンに拠点を構える商会の代表であると申告する。

 誠意を示すために嘘は吐かないし不自然な隠し事もしない。が、全てを明かすような事もしない。

 ただ、まあ。遅かれ早かれ、正確な身元がバレるのは確実、ではあるので、中長期の視点では隠す事にあまり意味はない、と割り切る。


 気配を消して隠れていた点について、素直に謝罪する。

 魔法まで駆使して物陰に潜んでいたと正直に自己申告した上で、予想外の場所で武装した集団に遭遇し慌てて対応した結果であると弁明し、他意は無かったとサラリと表明する。

 うん。これも、全てでは無いが嘘ではない。


 と、まあ。ここまでの前振りである導入部の説明を、簡潔かつ明瞭に、怒涛の勢いで息も吐かせず一気に畳み掛けた上で、いざ、本題。


「とはいえ、結果的に皆様のお手を煩わせてしまったのは事実ですので」

「「...」」

「そうですね。そのお詫びとして、三ヶ月ほど、私が臨時の従者として皇女殿下にお仕えする、というのは如何でしょうか?」

「?!」

「おい」

「エカテリーナ皇女殿下、アイリーン参謀長閣下。是非とも、お二方の抱えるお悩みごとを解消するお手伝いを、私にさせて下さい」


 俺たちの周りを取り囲んでいる帝国軍の憲兵隊っぽい兵士たちを刺激しないようジリジリと接近しつつ、この台詞から以降は、出来るだけ二人のみが正確に聞き取れるよう(ささや)くような声量に絞って話し掛けながら、提案活動を続行。


 慎重に、不確実な部分は曖昧に(ぼか)し、記憶に残る前世に愛読したラノベの知識を駆使して、俺の知識と存在の有用性をアピール。

 その一方で、俺が、然したる特技も特殊な能力もない凡人ではある、という事実も出来るだけ不自然にならないよう注意しながら会話の中に織り込み、後々になって期待外れと落胆されぬように予防線をガッツリと張る。


 うん、大丈夫。だと思う、たぶん。大丈夫だよね?


 お仕事で初めて訪れた不慣れな土地の、魔の森の中という非日常的な場所で、非友好的な冷気の漂う雰囲気を醸し出す帝国軍の精鋭部隊に囲まれ、悲壮な覚悟で今にも血路を開こうとする大切な仲間を背後に庇って、タイプの違う二人の高貴で聡明な美人さんを相手に奮闘する、俺。


 頭は冴え渡っているが、自分で自分が何を喋っているのかすら十分に認識が出来ていない。が、兎に角、相手の反応を捉えて自身が出せる最善の手札を切って相手の反応に注視。

 火事場の馬鹿力ならぬ、絶体絶命時の驚異的なトランス状態に入っての無理筋の条件闘争が、永遠と思える程にいつまでも継続する。


 俺の人生で過去に類を見ない程の真剣度と猛烈さでポンコツな頭脳をフル回転させ、全神経を目の前の二人に限界以上に集中させて、俺は、俺たち三人の身の安全を確保すべく必死の交渉を続けるのだった。


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