12.
アリスとエリスの二人には、あまり時間が取れない、とは予め言っておいたのだが...。
この街の孤児院での求人活動(?)を終えた頃には、もう、既に太陽が中天の一歩手前にまで至っており、大慌てで移動して事前準備の時間も全くなしで、当初からの予定であった昼食を挟んでの各種行事への参加となってしまった。
いや、まあ。仕事の出来る才女であるオフィーリアさんに抜かりは無いから、結果的には何の支障もなく無事に全てを恙なく終わることが出来た訳なのだが、ペラペラな薄いメンタルしか持ち合わせていない俺には、準備時間がほぼ皆無でのぶっつけ本番は精神的にかなり厳しかった。
うん。まあ、頑張ったよね、俺。
けど、まあ。自ら蒔いた種なんだから、自己責任、という奴ではある。
俺の思慮不足な行動に巻き込まれて大変な思いをしているオフィーリアさんや同行メンバー達の苦労を考えれば、俺の精神的な疲労など全く考慮するには値しない、と思う。
と、いう訳で。
俺は、かなり草臥れたヘトヘトの状態ではあったのだが、現時点で馬上の人となっていた。
そう。俺たちは、今、当初の予定を何とか熟した上で、当初の予定には無かった本日の訪問先であるこの街の周辺地域の探索へと慌ただしく繰り出している、のだった。
優しくて気遣いの出来る善良な部下のお見本のようなオフィーリアさんからは、やんわりと街で休息するよう進言されたのだが、俺が休んでしまうと代わりにオフィーリアさん達が物凄く苦労する状況がありありと目に浮かんでしまったので、大丈夫だと押し切った。
一応は、俺が責任者だから、と。
このようなイレギュラーな対応に於いては、現場に最終判断を下す者が不在だと、余計な作業や手順が増殖して二度手間や三度手間になるのだ。
故に。メンバーの負担を最小限に抑えつつ迅速に目的を達成する為には、これがベスト、な選択の筈だ。たぶん。
そんな訳で、若輩者ながらも熟練の強者による驚異の詰め込み教育で辛うじて身に付けた信念の元、俺が先頭に立ち、夜間は魔物で溢れかえる城壁の外側へと騎馬で出張って来て、魔の森に面したこの街の周辺の状況に関する調査を、絶賛、遂行中。
その目的は、王国と友好条約を結ぶ自由都市連合に参画する国家の一つであるこの街と王国との間を移動する際に利用できる別ルートが存在するかの確認、および、それが使節団の移動ルートとして採用が可能かどうかの検分、だ。
ちなみに。
当初の目論見では、無難に一般的なルートを全行程で採用する方針、だった。
のだが。やはり、過去の慣習に基づき選定されている無難なルートには無駄が多い、という歴然たる事実を、昨日はこの身で以ってまざまざと実感する事となってしまった。
ので。急遽、余裕がない中での追加調査を強行する事態、と相成ったのであった。
なお。その背景として、この強固な城壁に囲まれた街を中心とした都市国家は、魔の森を介して王国とは直に隣接しており、王国と自由都市連合との境界線にもなっている大河を下って来れば、王国から最短距離での訪問が可能だ、といった実情もあったりする。
が、しかし。この大河は、王国から魔の森を突っ切ってからこの街の横を通って海へと流れ込んでいるため、旅の安全性を考慮すると、王国と大河を介して隣接する別の国家を経由しての訪問となってしまうのだ。
更に言えば、その大河を介して王国と隣接する別の国家の主要都市が、大河を渡った後にこの街とは正反対の方向に位置しているため、盛大に無駄な行程が発生することになる、というオマケまで付く。
何故なら。王国の公式な使節団としては、入国した国家の君主が屋敷を構える主要都市を訪れずしてその領土を通過して他国を訪問する訳にはいかない、ので...。
と、まあ、そんな理由もあって。
俺とオフェーリアさんに護衛一名を加えた三名は、街の城壁と魔の森との間にある緩衝地帯のようなそれ程は広くない草原を、並足の騎馬でゆっくりと進みながら、注意深く周囲の状況を観察している最中であった。
...うん。そう、三名。
サクッと言ってしまったが、俺たちは今、三名の集団、だった。
この街に入る時には三名の護衛を含めた五名の小集団だったが、ほんのつい先程、母娘にアリスとエリスを含む孤児院出身の冒険者に不向きな女の子たち十数名をエリスの街に送る護衛として、三名が離脱したのだ。
その直後に、運よく、前の街で増員として手配していた内の一名が到着したので、何とか一名は護衛役がいる状態を確保した結果としての、計三名。
うん、想定外の事態だ。
いや、まあ、エリスの街に我が商会の従業員候補をこの街から送り込むのも、そもそもが想定外なのだが、この街の孤児院からそこまで多くの子ども達を送り込むことに為ろうとは、全く思いも寄らなかった事態なのだ。
ただ、まあ。少し考えてみれば、当然と言えば当然の帰結ではあったのだが...。
この街の冒険者に必要とされる対魔物の対応能力は、それ相応に高い。
見習い冒険者や初心者が、採取などの依頼を細々と受託して冒険者を続けレベルアップを図る事ですら、かなりハードルが高い。
だから。何の後ろ盾もなく選択肢が少ない孤児たちが、この街で生計を立てるのは、相当に困難だ。
が。かと言って、他の街に移ろうにも、周囲は凶暴な魔物が跋扈する危険地帯なので、自分の身を守る戦闘力か護衛を雇う経済力がないと、街から出ることさえ無謀な行動となる。
つまり。
冒険者としてまだまだ経験が足りない初心者や、そもそもが冒険者に不向きだと自覚する若者たちにとって、この街から他の街への安全かつ安価に移動する手段の確保は、可能であれば是非とも喉から手が出るほどに叶えたい案件なのだ。
そんな状況の中で、飛んで火に入る夏の虫、となってしまった俺。
うん、迂闊だね。
けど、後悔はない。
アリスとエリスの二人に提示した猶予は、ほんの数時間。
その短い時間で、十数名の女の子たちが、ほぼ即断即決で我が商会への就職を決意したのだ。
その心意気に応えずして、どうするのか!
勿論、アリスとエリスに人望があるから、なのは理解している。が、やはり、子ども達に頼られたら、その期待に応えたいではないか!
況してや、可愛らしい女の子たちが集団で、期待に満ち満ちた瞳を俺に向けて来るのだ!
そう。イエス以外の選択肢など、ない!
と、まあ。そういった経緯にて現状に至る、といった感じだ。
つまり、まあ。俺のテンションは、秘か(?)に、かなり高い。
クールビューティーなオフィーリアさんの視線が、心持ち温度は低めなような気がしないでもないが、これもお仕事の一つなので問題はない、筈だ。たぶん。
それに。今は、現在進行形で、重要な職務の遂行中なのだ。
責任者としても的確な判断を下し、自らの労力も惜しみなく投入し、最善を尽くしている。
よって。優秀な副官であるオフィーリアさんに、愛想を尽かされている事など絶対にない、筈なのだ。
うん。大丈夫。だと思いたい。
そう、それは兎も角。今は、お仕事、お仕事、お仕事だ。
大切なのは、業務遂行。結果を出すこと、だよね...。
真面目に取り組んで、少しくらい、オフィーリアさんに良い所を見せよう。
俺は、緩い頭脳と錆びた観察眼に活を入れ、周囲を慎重に観察しながら真剣に思索を巡らす。
これまでザっと見た感じ、やはり、大河沿いに川岸を王国へと向かう以外のルートは存在しそうに無いのだが、思っていたよりもこの近辺の魔の森は樹々の密集度が低く、意外に視界が開けている。
しかも。獣道なのか、魔獣が強引に通った痕跡なのか、現在進行形で探索中のこの近辺には、樹木が少し疎らで下草も少なめな箇所が、パラパラと散見された。
う~ん。
現在地は、大河から相当に離れた、かなり海岸よりの位置なのだが、ここから魔の森の中を通って大河の方へと抜ける裏道がある、とは思えないんだよなぁ。
けど。
基本的には、普通の人は魔の森に入らないし、仮に此処から王国に抜ける裏道があったとしても、魔物と遭遇する危険が高いルートを商人が使うこともないのは自明の理、だ。
だから、まあ。
実際に視察団で使用するルートへの採用はない前提とは成ってしまうが、万が一の際の予備のルートとして手札に加えておく、といった観点での裏道の調査はあり、だろうか。
そして。
好都合なことに、俺と行動を共にしているのは、魔法も剣も一流で頼りになるオフィーリアさんと俺の元護衛部隊でも断トツの実力を誇る壮年の男性剣士。
であれば、如何すべきかは...。
「オフィーリアさん」
「はい。如何されましたか、クリストファーさま」
「うん。少し、魔の森の中に分け入ってみようかと思うのだけど、どうだろうか?」
一瞬の静寂。
ここが、魔物の溢れる魔の森と僅かな距離で面した原っぱである事を忘れてしまう程の、突発的な無音状態の訪れに、平常心の無表情を装いつつも秘かに焦って冷や汗を垂らす、俺。
美麗な顔の眉間に微かな皺を寄せて静止する、オフィーリアさん。
キリっとした姿勢と表情を維持しつつ自然体で周囲の警戒と哨戒に徹する、壮年のイケおじ剣士。
ほんの一瞬が永遠にも思える、時間が停止したかのような瞬間。が、唐突に終わり、静止してモノクロ状態だったオフィーリアさんが色付き、動き出す。
「左様ですね」
「...」
「それも一つの選択肢かとは思われますが、クリストファー様の意図を、ご説明して頂けませんか?」
「あ、ああ。そうだね。説明は、大切だよね」
何となくホッとして緩んだ雰囲気の空気が流れる中、俺は、優秀な副官であり参謀役でもあるオフィーリアさんと、今後の行動について真面目に真剣な議論を繰り広げながらも、キラキラ光る美少女さんとの会話をこっそり楽しむのだった。