10.
草原というには点在するゴツゴツした岩や大小様々な石が目立つ未開の荒野のその向こう側、樹木が鬱蒼と生茂る魔の森から、朝日が昇る。
そんな光景を、俺は、睡眠不足でショボショボする目を擦りながら、惚けっと眺めていた。
が、その一方で。呆けた俺の後ろでは、我がキャラバンの優秀なメンバーたちが、キビキビとした無駄のない挙動で着々と出発準備を整えている。
そう。彼らもまた、深夜から夜明けにかけて少しずつ順番に短い仮眠を取っただけ、にも関わらず、平常運転だった。
うん。何とも申し訳ないというか、頼もしい限りだ。
昨晩は結局、残念でかつ遺憾ながら、当初の目的地である街の門限には、間に合わなかった。
街を囲う城壁の外側で、魔物からの防御に役立ちそうなサイズの岩がいくつか都合よく配置されている場所を選び、俺の魔法で少しばかり気休め的な細工も施して、可能な限り防御を固めた上での城壁を背後にした荒野での野営、となった。
当然、脳天気に皆で仲良く就寝、なんて事が出来る訳もなく、順番に不寝番をたてて周囲を警戒しながら夜明けを待つ、といった態勢を取ることになる。
ちなみに。保護した母娘と姉妹は、当然、魔物との攻防では戦力外の扱いとなる為、簡単な夕食を済ませた後は速やかに横になって朝まで休息を取ってもらう、と満場一致で決定した。
魔物がいつ襲って来ても不思議ではない状況なので、兎にも角にも、彼女たちには早急に体力を回復して貰う必要がある、という共通認識に基づく結論だ。
そして、現在に至る、という訳だ。
幸いにも、結果的には、魔物の襲撃を受けることなく一晩を無事に過ごす事ができた。
とは言え、魔物の接近にヒヤリとさせられる事態は何度もあったので、やはり、この近辺での野営は避けるべし、という定説に間違いはなかったようだ。
しかも。前の街とこの街との間を移動する際に見込まれる所要時間が、事前の想定よりも少しばかり長い、といったオマケ付きだった。
つまり。本番では、ルートを変更するか、前の街を早朝に出発するなど更に時間に余裕を持たせた行程に修正するか、といった検討が必要になったのだ。
う~ん。悩ましい問題、だよなぁ。
「オフィーリアさんは、どう思う?」
「そうですね...」
「俺たちは、野営の場所に恵まれたからか、襲撃こそ受けはしなかったけど」
「...」
「魔物は、それなりの強者が稀とは言えない頻度と頭数で出没していた、よね?」
憂い顔の、オフィーリアさん。
この部隊の副官として今も現在進行形で出立に向けた準備の指示を出しつつ俺の護衛役も務めている彼女は、水色がかった薄緑色の光沢ある癖のない銀髪を昇ったばかりの太陽の光でキラキラさせながら、極々微かに顔を曇らせていた。
「これから向かうこの街を訪問先から外す、という案は、ほぼ確実に却下されるかと思われます」
「うん、そうだよね」
「ですから、ルートかスケジュールのどちらかを見直すくらいしか、選択肢はありません」
「まあ、そうなるよね」
「はい」
「...」
「そうなりますと、当初の予定を変更し、この街の周辺や別の街道などを追加で調査する、といった対応が必要となりますが...」
「う~ん。そう、なんだよね」
「はい。もう既に、当初の予定よりも日程が遅れ気味で、この後も、新たに抱え込んでしまった案件への対応が控えておりますので...」
ちらりと、保護した二組の一時的な同行者たちに、一瞬だけ視線を向けるオフィーリアさん。
困ったような、誇らしいような、何とも解釈に困る表情を微かに浮かべている。
いやはや。人並み外れた怜悧な美貌を持つ美少女の、パッと見は無でありながらも極々僅かに次々と浮かんでは消えていく雄弁な表情は、見ているだけでも心惹かれるものがある。
が、しかし。
そんな邪念を素知らぬ顔して根性で抑え込み、俺は、一旦は崩れかけたお仕事モードを強引に復旧させて、大慌てで思考を加速する。
当初の想定では、昨日中にこの街に入って前泊し、今日の昼食を挟んで予定されている各種の行事を捌いてから後泊して、明日の午前中にはこの街を出発している予定だった。
まあ、要するに、二泊三日ではあるが実質的には一日で全てのお仕事を片付けて速やかに次の街へと移動、といった強行スケジュールを組んでいたのだ。
そのような余裕のない日程の中で更に、俺たちは、二組の訳アリさん達がそれぞれ抱えている諸事情の解決と、当初の予定には無かったこの城壁に囲まれた街とその周辺に関する追加調査を、無理矢理に捩じ込むことになる。
うん、無理筋、だね。
序盤でこの体たらくでは、先が思いやられる、よね。ははははは。
けど、まあ。仕方がない。
結局は、俺たちの為すべき事項が変わる訳ではない、のだから。
それに、長期的な視野で見れば、デメリットよりもメリットの方が大きい、筈だ。たぶん。
いや、まあ。その分、優秀な副官であるオフィーリアさんには、大幅な負担増となってしまうので、申し訳ない限りなのだが...。
「思い切って日程を組み替え、再調整する、だね」
「はい。その方が宜しいかと」
「はぁ。まあ、そうなるよね。オフィーリアさんにばかり負担をかけて、申し訳ない」
「いえ、それは構わないのですが...」
「この埋め合わせは、必ず、何かで返すようにするので、もう暫く、俺を見捨てずに付き合ってくれると嬉しいな」
「...」
俺の笑顔に然程の価値はないと分かってはいるが、取り敢えず、領主代理としての修行の一環で無理矢理に叩き込まれた微笑みを浮かべて、俺は、オフィーリアさんの瞳を真っ直ぐに見る。
一瞬、オフィーリアさんが硬直したかのように見えた気がしなくもないが、俺の希望が見せた幻だろう。いつも通り、鉄壁なクールビューティーに揺るぎはない、ようだった。
まあ、当然と言えば当然、だよね。
けど。凡人な俺のぎこちない微笑みでどうこう為ることも無いのは織り込み済みとはいえ、誠意はキチンと見せないとイケない。
俺より二つほど年上とは言っても、まだまだ若い十代後半の薄幸な雰囲気を持つ美少女に、負んぶに抱っこで頼りきりな上に見返りが何もなしでは、あまりにも情けない。ので、精一杯の意思表示を、してみた訳だが...。
はてさて、今の俺に何が出来るのか、改めて再度、冷静に考えておく必要があると認識する俺だった。