6.
圧し折られた柵や損壊している家屋など、魔物の襲撃によって壊された痕跡が彼方此方に見受けられるが、全体的には意外と裕福そうに見える農村。
そんな村の中でも、ひと際に立派な家屋である村長の家に、俺たちは、招き入れられていた。
村長の家は村の集会所も兼ねているようで、俺たちが通されたのは、かなり広めの部屋だった。
そして。その部屋には、当事者である母娘と村長さんの他にも、結構な人数の村人たちが、続々と集まってきた。
村長さんは、見ためも行動も小悪党そのものであったこの地域を治める領主に対して説明した俺の身分や肩書と立場について、しっかりと聞いていたようで、俺たち一行には丁重な態度で接する事に決めたようだ。
懇切丁寧に、先程の騒動へと至った諸々の経緯など大まかな事情などを、説明してくれた。
無理矢理に連れ去られかけていた美人で儚い感じの女性は、つい最近に亡くなった村長さんの長男の奥さんで、幼い娘さんは、村長さんの孫にあたるそうだ。
その当事者である女性は、領主屋敷のある町の出身で、数年前までは町で働いていたが、領主から見初められ強引に愛人となるよう迫られ進退窮まっていたところを村長さんの長男に助けられ、この村へと一緒に逃げて来て静かに暮らしていた、らしい。
ところが。先日、頼りにしていた夫が魔物の襲撃から村を防衛した際に亡くなり、若くして未亡人となってしまったが為に、彼女の今後の身の振り方が問題となっていた。
村長には、亡くなった長男の他に次男と三男もいたので、長男の娘を跡継ぎに据えることに異論を唱える者も多く、この村に彼女たちの居場所が無くなってしまいそうな雲行きだったようだ。
そんなところに、魔物の襲撃からの復興調査の為に、この村を領主の配下である役人たちが訪れ、未亡人となっていた彼女の所在が領主の知るところとなってしまう。
どうやら、訪れた役人たちの中に、彼女のことを知っている領主の腰巾着がいて、バレてしまったらしい。
そうこうする内に、この村へと領主が荒事専門の取り巻きを引き連れて現れ、母親のみを無理矢理に連れて行こうとしたが為に、先程の騒ぎが勃発するに至ったようだった。
と、まあ。ザクッと纏めて言うと、そんな事情と状況であった、という説明が為された。
だから、村長たちが一応は引き留めようという素振りを見せていたものの、微妙な感じだったんだなぁ、と俺たちは納得してしまう。
が、一方で。村人たちにとっても、後で良心の呵責に悩むような事態は回避する事が出来たのだが、この村に居場所が無くなりつつある母娘の扱いに苦慮している状況の方には、変わりがない。
その上、今後の展開によっては、一旦は排除されたこの地域の領主が改めて難癖をつけに来る、といった可能性すらあるのだ。
だから、村人たちが妙に落ち着きのない雰囲気になっている、といった感じかなぁ...。
という訳で。
俺は、この後どうすべき、なんだろうか?
と、自問自答するも、まあ、やはり、答えは一つしかない、ような気がする。
俺は、幼い娘をあやしつつ静かに黙って村長さんの後ろで控えている当事者の女性に、視線を向けて声を掛ける。
「えっと。アリシアさん、でしたっけ?」
「...はい」
しかし。まじまじと見ると、アリシアさん、存在感が薄いというか窶れてるといった感じなのだ。
儚い感じの美人さんではあると思うけど、元気が無さ過ぎる。
まあ、不幸の連続に心労がたたって、という事なんだろうけど...。
「裁縫や小物造りや手仕事など、お好きですか?」
「...」
「子供向けの衣料品に、興味はありますか?」
「え、ええ」
「成る程。では、子供服の開発や製作でお給料が貰える雇われ仕事に、就いてみる気はありませんか?」
「は、はい。そのような機会が、あるのでしたら...」
うん。反応は悪くない、と思う。
軽く振り返って、俺の背後で気配を薄めて控えてくれているオフィーリアさんに、アイコンタクトを取る。
と。無表情のまま微動だにせず直立しているかのように見えていた美少女が、微かに微笑み、極々小さく頷いた。
うん、うん。オフィーリアさんも、俺と同じ判断、なんだね。良かった。
「では。私が経営に携わっている商会に、就職されませんか?」
「...え、ええっ?」
「ラッセル王国の王都で、街の住民向けに子供服と若い母親向け衣料品を製造販売している商会なんですが、アリシアさんと同じような境遇の母娘が大勢いるので、心強いですよ」
「...」
「それに、提携関係にある評判の良い孤児院が隣接していますから、勤務している間は娘さんの世話を任せられるので、安心して働けます」
「ほ、本当ですか?」
「はい」
「で、でも」
「勿論、アリシアさんに商会での勤務が不向きだった場合、いくつか他のお仕事を紹介することも可能ですよ」
愛娘の顔を見ながら、考え込むアリシアさん。
好感触ではあるが、納得した上で選んで欲しいので、考える時間を取った方が良さそうだ。
であれば。今の内に、アリシアさんが前向きな決断を下した際にその実現の障害となりうる課題を、解消しておくべき、だよね。
俺は、探るような眼でアリシアさんと俺との会話を傍観している村長さんへと、再び、視線を戻す。
そして。ニッコリと笑い、アリシアさん母娘がこの村をでてエリスの街へと移り住むために必要となるであろう諸々の調整に、取り掛かるのであった。