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2.

 エリスの街の中心部、王宮前の広場を望む位置に、広々とした庭園まで備えた風格のある豪邸。

 そんな貴族のお屋敷地区に於いても別格の存在感を醸し出しているロンズデール伯爵家の邸宅の、落ち着いた趣ある上質な応接室。

 絢爛豪華という感じではないが一見するだけで超高級品だと分かる年代物のよく手入れがされた調度品の数々に、座り心地の良い上質なソファー。


 俺は、今、そんな場所で、気品ある美少女と対面していた。


 光沢があり加減によっては銀髪にも見える薄桃色の長い髪、釣り目気味で少し気が強そうにも見える整った造作の綺麗な顔と、折れそうな程に体の線が細く華奢な体型の、成長途上な高貴な少女。

 クラリッサ・ラウザーさん。

 言わずと知れたロンズデール伯爵家のお嬢様、だ。


 その背後には、少し前まで行動を共にする事も多かった(いぶ)し銀な壮年の騎士さんが、直立不動で控えている。

 ハロルド・ラグランさん。

 ロンズデール伯爵家お抱え騎士団の団長さんであり、ラッセル王国ではラグラン男爵の爵位を持つ歴としたお貴族さまだった。


 お茶を給仕した後、少し離れた出入り口に近い壁際でこれまた直立不動で控えている、侍女のお仕着せをきっちりと装備した、濃紺の髪に水色の瞳のスラリとした体形だが何気に筋肉質っぽい感じで氷の美貌をもつ美女の卵。

 エリカ・ウォートンさん。

 クラリッサお嬢様の態度や口ぶりからすると、侍女と護衛を兼務している才女、のようだ。


 ちなみに。

 俺の背後には、オフィーリアさんが居る。

 水色がかった薄緑色の光沢ある銀髪と少し尖った長い耳が特徴の超美少女さんが、たぶん、静かに寡黙な表情で油断なく周囲を警戒しながらもキリリと直立している、筈。


 うん。

 豪華絢爛で美形度も高く澄んだ空気がピリリとした緊張感を伴った空間、だった。


 何となく、俺だけが場違いな気がしないでもないが、仕方がない。

 とっととお仕事を片付けて、だいぶ馴染んで来た自称公館の執務室に戻るとしよう。


 とは言え。

 急いで戻ったとしても、急ぎの用件がある訳ではない、のだ。

 最近は、処理待ち業務が積み上がる状況になど、然程は陥っていないから。


 領都ウッドハウスからエリスの街へと拠点を移したお子様アンド若いお母さま向け衣料品の製造販売の事業は、至って順調。

 孤児院の子供たちからも応援を貰いつつ収益を上げて利益を還元できる状態にまで急成長し、今後の安定成長と慎重な規模拡大に向けた事業政略を練っている程に、盛況だ。

 そんな状況と連動し、当初の個人商店という様相から、中規模商会としての組織的な分業と内規に基づく手続きで運営される体制へと、移行しつつある。

 そのお陰か、ここ暫くは、資産を供出して起業に際しての彼是で奔走しただけの創業メンバーでしかない俺には、余程の事案でも発生しない限り、協議要請も決裁依頼も上がって来なくなっているのだ。


 一方で。俺が連れて来た子供たちを受け入れたが為に手狭となってしまった孤児院には、補修と拡張を物理的にも機能的にも思い切って一気に施したので、結果的に、かなりの資金を注ぎ込む事になっていた。

 更に。子供たちの将来も見据え、教育のために様々な試みも野心的に採用したので、初期投資が膨れ上がった上に日々の運営費用も微妙に増えてしまっている。

 が、しかし。隣接するこの商会に於ける事業への優秀な人材の供給源として十二分に機能していた為、商会の社会福祉活動の一環をも兼ねた先行投資として世間から受け取って貰える状況が出来上がりつつあった。


 うん。当面は、王都エリスの第三教区孤児院も、お子さまお母さま衣料品など製造販売業も、安泰だと思う。

 出資者としてその利益分配を受けていれば、キンバリー伯爵家の出先機関と称している公館の運営資金にも然程は支障がない、だろう。

 けど。いつまでも、この状態を続けて、キンバリー伯爵家が元領民から搾取している、などと揶揄されてしまうような状況に陥る訳にも行かない、のだ。


 まあ、心配し過ぎといった見方もあるだろうが、一つの事業に頼り過ぎるのも良くはない。ので、俺は今、キンバリー伯爵家として、この街での拠点を維持できる程度の継続的な収入を得る手段を、必要としている。


 という訳で。

 大変に遺憾ながら、俺は、自身の場違い感が甚だしい状況にあると自覚していながらも、豪華絢爛で美形度が高く澄んだ空気もピリリと緊張感を伴う高貴な空間に、臨んでいるのだった。


「クリストファー様」

「はい。何でしょうか、クラリッサお嬢様!」

「...あの、クリストファー様が(わたくし)にお嬢さまと敬称を付けるのは、如何かと思うのですが?」

「ははははは。まあ、良いじゃないですか。(わたし)にとってのクラリッサ様は理想のお嬢様そのものなので、出来れば今後も、そう呼ばせて下さい」

「...」

「はは。申し訳ない、です。お忙しいでしょうから、ザクッと本題を片付けてしまいましょう」

「え、ええ」

「当家の事情と私の希望はお伝えした通りですが、何か、お役に立てそうな事柄は、ございましたか?」

「はい」


 淑女の微笑みの中にも微妙に呆れたような達観したような表情が混じっていたクラリッサお嬢様の雰囲気が、一瞬で切り替わり、威厳に満ちたものへと変化する。

 俺は、微かに促すような仕草を示すと共に、話の続きを拝聴する姿勢をとる。


 ニッコリと綺麗な微笑みを浮かべたクラリッサお嬢様が、穏やかな口調で本題を切り出した。


「私の個人的な都合もあるのですが、お父様にご相談したところ、ロンズデール伯爵家としても後援するメリットがあるとのご判断を頂きましたので、クリストファー様にご依頼したい事項が一つ御座います」

「それは、有難いですね。どのような事柄でしょうか?」


 この国でも、この街でも、ロンズデール伯爵家というよりはクラリッサお嬢様にしか伝手と言える程の繋がりがない俺は、それなりに悩んだ結果として、俺の抱える経済的な問題の解決にロンズデール伯爵家が有する国内外のネットワークを頼らせてもらおう、と決意し打診して設けられたのがこの場だった。

 まあ、元はと言えば、俺が現状に至っているのも、クラリッサお嬢様との遭遇が契機であり、ロンズデール伯爵家お抱え騎士団の団長さんであるハロルドさんの暗躍が原因ではあるし、ロンズデール伯爵家の思惑に巻き込まれた結果でもあるので、それくらいの恩恵を与えてくれても良いかなぁ、などと愚考しての行動でもある。

 それに。世間一般でも、キンバリー伯爵家の出先機関と称している公館がエルスの街にあるのはロンズデール伯爵家との友好関係に起因している、と知れ渡ってしまっているので、まあ、この程度の関わり合いであれば今更なので問題はない、筈なのだ。


 などなど、と。心の中で何となく自己弁護をしながらも、俺は、クラリッサお嬢様が提示する資金調達の手段に関する説明を細大漏らさず聞き取るため、真剣に耳を傾けるのだった。


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