1.
通称、色ボケ英雄の王国。その実は、小規模な王国やら公国やら自治都市やらが群雄割拠する近隣でも群を抜いた安定度と勢力を誇り、物理的な実力主義の強権国家と揶揄される帝国と拮抗し勢力を二分する強かな大国。
そんなラッセル王国の王都エレンの街に、何となく勢いで拠点を構えてしまった俺は、この先の行動について大いに頭を悩ませていた。
広大なエレンの街の中では比較的に中心部から程近く、下町的な古い町並みの込み入った路地や低層で手狭な集合住宅が多い地区の一角にある、第三教区孤児院。
そう。今となっては懐かしい、この街を初めて訪れた際に遭遇したハーフエルフな美幼女であるフレデリカちゃんが生活している場所、だ。
天涯孤独の身となって諸国を流離った果てにこの街に辿り着いた当初は、俺の生活拠点で尚且つ住み込みでの勤務先ともなる予定であったその孤児院に、俺は、大勢の孤児と若い母娘たちを連れて押し掛けていたのだった。
いや、まあ、勿論。
押し掛けはしたけど、押し付けてはいない。
それに。
当然ながら、この孤児院を庇護し後援するロンズデール伯爵家にもクラリッサお嬢様にも、キチンと許可を得た上での行動だ。
まあ、そもそもが、ラッセル王国の王都であるエリスの街に結構な人数の大所帯で逃避して来ている時点で、自分たちの都合だけで勝手な行動が出来る訳など欠片もないのだが...。
まあ、兎にも角にも、俺は今、フレデリカちゃん達が生活する孤児院および隣接する建物を活動の拠点としている。
孤児院に隣接する集合住宅を二棟と中規模な古い商会の建物を一軒、ロンズデール伯爵家のご紹介を得てキンバリー伯爵領の屋敷から持ち出してきた財産の一部で購入し、非公式ながらもラッセル王国におけるキンバリー伯爵家の出先機関であると称している。
今は行方不明とされている勝手に引退宣言した先代のキンバリー伯爵や、元家令であるリーズデイル男爵など旧のキンバリー伯爵領に残ったベテラン勢と、敵の目を欺くためにとラッセル王国の各方面へとバラバラに逃走した家臣団のメンバーなど、キンバリー伯爵家に関わる全ての人々が目指し集まって来れる場所として、公然とこの場を構える事にしたのだ。
故に。長期的な視点でもってある程度は計画的に、現状を自力で維持し続ける必要があるのだった。
そう。俺が管理するキンバリー伯爵家の財産を食い潰すことなどあってはならないし、大勢の子供たちを送り込んだ第三教区孤児院の経営に寄与することはあっても負担となる訳にはいかない、のだ。
つまり。俺は、自身の食い扶持のみ稼げば良い訳ではなく、この拠点を維持し続ける経費を確保しつつ、この地に身を寄せるキンバリー伯爵家に縁ある人々が生活に困窮することの無いよう経済的に支援できるだけの収入を継続的に得る、という必要に迫られていた。
うん。何だか、以前にも増して、俺に要求されているハードルが高くなったような気がする、今日この頃だ。
「クリスさまぁ~、おはよう!なのじゃ」
「「おはようございます」」
「ああ、おはよう」
外見詐欺なロリ婆ではなく中身に古代(?)の妙齢な女性の魂が混じった美幼女、リリアンちゃんが、今日も朝から元気にやって来た。
すっかり仲良しになったハーフエルフのフレデリカちゃんと、元から仲良しなシェリルちゃん。この三人で一緒に、お仕事を始める前の準備作業の一環として、この部屋に保管されている一階店舗の鍵を受け取りに来るのが、すっかり習慣となっているのだ。
そして。毎回、前世は高貴な身分の貴婦人だと自称するリリアンちゃんは、何処が気に入ったのか、俺に絡んでくる。
「クリスさまぁ~、今日も妾は可愛いじゃろ?」
「「...」」
今日も、また、店舗の鍵の受け渡しに託けて、謎なポーズでしな垂れかかって来る。
うん。可愛いよ。美幼女なのは、間違いないから。
けど。その外見でお色気路線は、無理があると思う。
まあ、つまりは、なかなかに笑えるというか微笑ましい光景が、出来上がっているのだった。
俺は、いつもの如く苦笑いで、リリアンちゃんから自分の腕を取り戻そうと...。
パシッ。
といった音が聞こえそうな勢いで、リリアンちゃんの手がその身体ごと、押し退けられる。
「何をする、この下郎。馴れ馴れしく触れるでない!」
「子供と言えども、クリストファー様に気安く近寄ることは許されていない」
「ふん。護衛ごときが、妾に意見するでないわ!」
ははははは。
デジャブー、という奴である。
というか...ほぼ毎日、双方とも飽きもせずに繰り返す、一連の儀式のようになっているお決まりのイベント、だったりする。
次期伯爵であった頃からの護衛であり補佐官的な立場でもある、オフィーリアさん。
エルフの血を引く一族の先祖返りな容姿をした銀髪で尖った長い耳にスレンダーな体型の美少女な魔法剣士さんが、冷たい視線を、金髪碧眼で将来性は超有望な美幼女のリリアンちゃんに向けていた。
暫しの間、睨み合う、美少女と美幼女。
「ふんっだ。さあ、フレデリカちゃん、シェリルちゃん、行きますわよ」
「「...」」
リリアンちゃんが踵を返して、部屋を出ていく。
シェリルちゃんが、ペコリと一礼して、その後に続き。
フレデリカちゃんも、俺に一礼した後、オフィーリアさんにニコリと微笑んでから、退出した。
うん。微笑ましい光景、だね。ははははは。
ちなみに。俺の背後に控える位置へと戻ったので表情は伺えないが、たぶん、エルフな外見をした美少女のオフィーリアさんも、ハーフエルフな美幼女であるフレデリカちゃんに微笑みかけている、筈だ。
色々と入り組んだ利害関係やら立場などが在ったりするので、何かと衝突することも多い女性陣だが、基本的には、割と気の合う仲間として和気あいあいと共働している様子が見受けられることが多い、ように思う。
この建物の一階には、シェリルちゃんと母親のジョセフィンさんを中心とした元は領都での可愛い衣装の普及プロジェクト担当メンバーが主体となって製作する子供服とそのペアとなる若いご婦人向け衣類の、販売店舗と商品倉庫と複数の作業部屋に、公館の応接室も兼ねる上客向けの接客部屋と、中規模な会議スペースと炊事場も備えた大人数向けの食堂、などなどが割り振られている。
その影響もあって、この建屋は、かなり女性比率が高くて平均年齢が低めな空間となっていたりするのだ。
だから。ここでは、若い女性たちが実質的な権限を把握している、と言えなくもない。
のだが...やはり、女性だけで商会を運営するのは現実的に厳しかったりするので、某商会と提携もしていたりもする。
可愛らしい幼女の外見と中身の乖離は激しいが両親からは溺愛される愛娘なリリアンちゃんによって、俺が気付いた時点には既に、旧ノーフォーク王国の王都であったノリッジの街からリリアンちゃんの両親がその商会ごと呼び寄せられていた。ので、その商会の服飾部門との合同事業、という体裁をとっているのだ。
勿論。一つの商会を過信して全面的に依存することが無いよう、ロンズデール伯爵家とクラリッサお嬢様が懇意にされている複数のエリスの街にある商会とも提携し、人的にも資金的にも関与を受け入れることで、リスクの分散は図ってある。
と、まあ。つまりは、目立たないだけで、この建屋内にも結構な人数の男性も働いている。
よって...えっと、何の話だったっけかな...。
はっはっはっはは。
兎にも角にも、つまりは、何だ。
俺は、今日も、ラッセル王国におけるキンバリー伯爵家の出先機関と称している中規模な古い商会の建物の二階に設けた公館の執務室で、如何にして経済的に自立するか、という命題に頭を悩ませているのだった。