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7.

 ここ、ノーフォーク王国のキンバリー伯爵領へと俺が連れて来られてから、約一ヶ月が経過した。


 次期領主としての領主代理というお仕事にも慣れ、有能とまでは言えそうにないが無難に捌ける程度にまでは習熟して、業務に邁進する日々を過ごしている。

 うん。あんまり、ファンタジーな世界を満喫している、とは言えない。


 いや、まあ、ね。魔法は、体験させて貰いましたよ、確かに。体験は、ね。

 けど。残念ながら、本当に、貴族の嗜み、で終わってしまった感が濃厚だった。


 何だろう...そう、感動が少ない、のだ。


 学校の授業で、理科の実験をして化学反応を見た、といったレベルというか。

 オフィーリアさんにブーストして貰えば、何とか実用的なレベルには成るけど、俺一人だとね...。


 と、まあ。

 俺の第二の人生の方については、ほぼ平常運転。

 前世の記憶を思い出す前とも、前世とも、日々の生活のために学習や労働に勤しむという点で変わりはなく、ある意味で平穏無事な毎日を繰り返している。


 一方で。

 領都と領内の状況の方については、微妙。

 ガチムチで実力主義を標榜する強権国家である帝国の実質的な属国とも言える隣国との紛争は、ここ暫くは薄氷の膠着状態が続いているらしく、目立った動きはない。

 領都の街も、微妙な緊迫感が漂っていて活気に満ち溢れてるとは言えないが、一見すると穏やかな日々が続いている。

 領内の様子も、仕事の出来る家令であるルーファス爺さん曰く、若様の幼女趣味疑惑のお陰で戦災孤児たちの救済も順調、との事だった。


 俺が、自身の評判を犠牲にしてまで、領地の子供たちの未来の為に粉骨砕身して働いた。という微妙な美談に、仕立て上げられてしまっている。

 近隣の村から、孤児や一家の大黒柱を失った若い母親とその幼い子供たちが、続々と領都に集まって来ていた。

 一部では、次期領主の幼女趣味をあてにして、立場の弱い幼い子供たちを借金の抵当として搾取し売り付けようとする人身売買の企みも露見したらしいが、一網打尽にして阻止した。との、報告も受けた。


 そして。領都での子供服など更新プロジェクトと教会運営となっている孤児院の梃入れ及び仮設小学校プロジェクト方も、順調だ。

 ありがたい事に、意欲と能力のある優秀なスタッフが集っているので、ここ暫くは殆ど俺の出番など無い状況だった。


 それと。領都の近隣で試行した農地開拓プロジェクトの方は、ほぼ目論見通り。

 元から想定していた余剰な労働力もそれ程は多くなかったため、俺の出番は、あの一回のみ。

 ではあるが、あれ以降は、参加した作業の担い手であり開拓した後にその農地の耕作人となる予定となっている訳ありな男手の皆さんが、奮起。

 投資額としては決してお安くなかったのだが、将来性を考慮すると十二分に元が取れそうな、結構な広さの良質な農地が造成できた、という成果を得ている。


 つまりは。

 現時点で、我が領地の将来は順風満帆、と言えそうな状況にあるのだった。




 で、だ。いつぞやの繰り返しとなるが、俺の容姿は、人並みだ。たぶん。


 残念なことに、高価な衣装を纏っていても垢抜けない感がある、というのも又、事実だ。

 領地の女性たちからの、行政の手腕や施策などに対する評価は、悪くない。のだが、憧れの若様、といったイメージは、欠片も流布されていない、ので。


 うん。本当に、残念だ。

 悲しい事ではあるが、致し方ない、とは思う。

 けども、だ。


 パッとしない、家柄だけが取柄のボンボン。


 とまで、面と向かって言われるのは、あんまりだ。

 が、しかし。どうやら、同程度の爵位を持つ貴族のご令嬢に言わせると、そんな感じの評価になるものらしい。

 爵位を得てからお知り合いとなった貴族のご令嬢など、まだ一人だけなので、この通告をどう受け取れば良いのか悩ましい処ではあるのだが...。


 現在、キンバリー伯爵領の領都にある当家のお屋敷に滞在している、ボン・キュン・バンなお嬢様。

 ノーフォーク王国でも新興の勢いある貴族であり、キンバリー伯爵領と隣接する中規模な領地を治める、アイヴァー伯爵家のご令嬢。

 年齢は、俺と同じ十五歳だ。


 唯我独尊な傾向は犇々と見受けられるが、頭の回転は速く、シャキシャキしたお転婆なお嬢様っぽい感じの美女で、俺とは違い生粋の貴族でありご令嬢である、ケイティ・ギネス嬢。

 そんな典型的なお貴族様であり金髪碧眼でボン・キュン・バンなお嬢様が、何処で俺のことを聞きつけたのか、突然、お屋敷に押し掛けて来たのだ。婚約者候補として。


 勿論。来訪に際して、一応の先触れはあったと言えばあったのだが、問答無用で強引に来襲してきた、と言っても過言ではない状況だった。

 その上、というか、にも拘らず。

 ケイティ嬢は、俺の顔を見て開口一番、前述のコメントを宣ったのだった。


 そして。

 現在進行形にて、俺の目の前では...。


「ですから、もっと良い生地を使って、レースも贅沢にあしらえば、多少は見られる物になりますわ」

「「...」」

「聞いてますの?」


 そう。ケイティお嬢様が、我が物顔で業務妨害を展開しているのだった。

 どうやら、可愛い衣装の制作を担当するジョセフィンさんとシェリルちゃんの母娘に、自らの為の可愛い衣装をつくれ、と強要しているようだ。


 対処に困って俺の方をチラチラと窺っているシェリルちゃんと、視線がバッチリと合う。


 はっはっはっはは。申し訳ない。


 思わず、使用人であり貴族ではない領民の母娘に頭を下げそうになって、グッと堪える。

 流石に、周囲の目もあり、他領の身内とは言えない生粋のお貴族様であるケイティ嬢の前では、毅然とした領主代行としての威厳を示す必要があるので...。


「アイヴァー伯爵令嬢」

「あら、クリストファー様。良いところに、いらっしゃったわ」

「はあ」

「この者どもを、叱責して下さいませ」

「...」

「私の言うことを、ちっとも聞きませんのよ」


 俺は、無理矢理に浮かべた愛想笑いを引き攣らせながら、傍若無人で唯我独尊を地で行くお嬢様に、訥々と語り掛ける。

 彼女たちは、キンバリー伯爵家の侍女やメイドではなく、キンバリー伯爵領の役所に勤める職員であること。

 彼女たちの職務は、領民のための衣服を企画して制作することであり、それ以外は業務範囲に含まれないこと。

 ケイティ嬢の行為は、業務妨害にあたること。

 など、など。


 対する、ケイティお嬢様は。

 領民に古着と交換で新しい服を配布しているのだから、自分にも受け取る権利はある筈だ。

 私の為にこそ、可愛い衣装を制作するべきだ。

 キンバリー伯爵家の次期領主は、イケメンじゃなく容姿も平凡な上に、ケチ腐れだ。

 など、など。


 はあ。疲れた。


 最終的には、自分で縫うのであれば、材料は融通するし要請があれば制作の様子など開示し技術支援も行う、にて合意となった。

 まあ、実際には、ケイティお嬢様ご本人ではなくアイヴァー伯爵家から連れて来た侍女さん達が衣装を縫うようだが...。


 こうして。

 少しばかり賑やかで困った騒動が起こる事もあるが、ある意味で平穏な日常を、今日も長閑に過ごしている俺なのだった。


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