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6.

 閉じていた目をゆっくり開けると、ホケ~と戻って来た視界の中で、綺麗なお姉さんの顔がドアップになった。


「クリストファー様、お目覚めですか?」

「あ、ああ」

「あら、残念。良い処でしたのに...」


 耳に優しい綺麗な声と上品な仕種で、何気に怖ろしい爆弾を投下するジャネットさん。

 キンバリー伯爵家でも屈指の実力(?)を保有するエース級の侍女さんが、どうやら気を失ってしまったらしい俺をお世話してくれたようだ。


「はぁ。あまり、揶揄わないで下さいよ」

「あら、まあ」

「俺は、ジャネットさんみたいな美人で大人な女性に耐性がないので、心臓に悪いです」

「ほほほほほほ。ご冗談を」

「いや、まあ、良いですけど...で、ここは?」

「開拓地の近くある村の、村長さんの家の客間、ですわ」

「成る程。俺は、どれくらい休んでいだのかな?」


 微妙に引き攣った笑顔を、無理矢理に顔面へと張り付ける、俺。

 対するは、余裕の微笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んでいた体勢から自然な流れでスッと姿勢を正した、ジャネットさん。


 表向きの立場は横に置いておくとして、人としての格の違い、という奴がハッキリと見て取れる対比だった。


「そうですね。一時間くらいでしょうか」

「そ、そうか」

「はい。日暮れまで、まだ十分に時間がありますから、もうひと働き出来ます。よかったですね」

「は、ははははは...」

「では、オフィーリア様を、お呼びして参ります」


 ニコニコ笑顔で颯爽と、ジャネットさんが俺の寝かされていた部屋を退出する。

 俺は、引き攣った笑顔のままで、それを見送る事しか出来なかった。

 とほほほほ。


 気を取り直して俺は、改めて、周囲を見回す。


 見覚えのない部屋、だった。

 開拓地に隣接する村の村長さんの自宅の客間、という話だったので、村の人たちには迷惑をかけ不安を与えてしまった、のだろうなぁ。

 たぶん、開拓の開始前に少し寄って挨拶した際の村の代表者さんが村長さんだろうから、あの時の恐縮しまくっていた低姿勢な応対の具合からして、今も相当に委縮しているに違いない。


 いや~、申し訳ない。


 早々に、立ち去った方が良さそうだ。

 ジャネットさんの先程の言動も、それを踏まえてのモノなのだろう。たぶん。

 まあ。単純に、鬼なリーズデイル男爵から極限まで挑戦させるようにと指示をされ、それを忠実に守っている、といった可能性もあるけど...。


 俺が、ゴーレム形成の連発により荒地の土壌から瓦礫を除去する開拓手法の実用化実験、という名目での過酷な魔法の実技訓練に戻るため、ベットから起き上がって簡単に身支度を整えていると、扉をノックする音が聞こえた。

 オフィーリアさんが、来たのかな?


「はい。どうぞ」

「失礼致します」


 ストレートで綺麗な銀髪を靡かせたスレンダーな美少女が、テキパキとした立ち居振る舞いで、真っ直ぐに俺の方へと向かって歩いてくる。

 お仕事モードなので、笑顔はなく、真面目で硬い表情のオフィーリアさん。何となく、惜しい。


「クリストファー様。魔法の訓練を再開するとお聞きしましたが、宜しいのでしょうか?」

「ああ。少し休んだから、もう大丈夫だ」

「承知致しました。ただ、あまり、ご無理は為さらないようにお願い致します」

「ははは。大丈夫、だと思うよ」

「...」

「何となくだけど、コツは掴んだからね」

「...」

「ところで。開拓地の状況は、どうだい?」


 ピタリと静止して少し考え込む、オフィーリアさん。

 そんな彼女を静かに見詰めて待つ、俺。


 オフィーリアさんは、決して表情が豊かな人とは言えないのだが、よくよく観察してみると、結構な頻度で極々微妙に表情が変化している事に気付く。

 そう。俺も、だいぶ、彼女の感情が読めるように成ってきたのだ。

 ついつい、整った顔立ちの美少女に視線が行ってしまうが為に、一緒に居る時は彼女の様子を(つぶさ)に観察してしまったから。なのだが、まあ、あまり褒められた事ではないので、今後は、出来るだけ自制して露骨な態度にならぬよう気を付けたい、と思う。




 キンバリー伯爵領の領都から少し離れた場所に位置する小さな農村に程近い荒地にて実施した、俺に対する貴族の嗜みとしての魔法訓練が、終了した。


 訓練と言うには少し過酷なカリキュラムだったような気もするが、領都で燻ぶっていた訳ありな男手を人夫として大量に引き連れて来ての農地開拓も兼ねた試みは、キッチリと成果を上げて無事に終わったのだった。

 開拓地として選んだ荒地が、小石や小さな岩などの瓦礫が多く含まれているものの土壌の質は良い場所だったようで、ある意味で前処理とでも言えそうな俺の魔法訓練との相乗効果が大きかったのだろう。

 候補地の選定が的確、つまりは、事前の調査が優れていた、という事だと思う。


 うん。流石(さすが)は、リーズデイル男爵。キンバリー伯爵家の領地で長きに渡って家令を務めているだけの事はある。


 その結果、本日の作業が終わった後に、人夫として参加していた皆さんの意向を確認すると、やる気満々で継続してこのまま開拓事業に従事することを希望する人が大多数であったのだ。


 一番の難題であり気の滅入る作業、即ち、荒地の固まった地面を掘り起こして小石や瓦礫を撤去する作業が、俺の魔法によって大幅に捗り、想定していた開拓地の主要な部分でほぼ完了したので、残る作業は畑として耕し作物を植えるのみ、となった点が大きいのだろう。

 開墾された土地が目に見える形でどんどんと増え、これが近い将来には自分の農地となる、と思えば希望も湧いてきた。

 皆さんが、そんな感じに捉えてくれたのであれば、俺も頑張った甲斐があった、というものだ。


 一方で。俺の魔法能力に対する評価、については...。


 魔法の対象を平面的な範囲と立体的な深度のイメージで指定する工程は、コツが掴めた。

 小石やちょっとした岩を地面の中から強制的かつ勢いよく飛び出させて一か所に集め、石の人形を形作る工程も、何度か繰り返すうちに何とか、熟練度が一定のレベルにまでは上がった。


 指定した範囲内に小石やちょっとした岩が無くなり魔法を行使しても集められなくなったら、場所を移動。

 一発で指定範囲内の想定した大きさ以上の石や岩を集められるようになったら、範囲を広げる。

 石が地面から飛び出すスピードを、上げる。

 ゴーレムを形作るまでにかかる時間を、短縮する。

 などなど。といった感じで、段階的に難易度をアップしていく。

 そんな訓練を唯々只管に繰り返して、練度を上げ、俺の気力が尽きたら、休憩する。


 うん。一度だけ、加減が分からずにブッ倒れた。

 けど、それ以降は、上手く加減してコントロールできていた、と思う。

 思うのだが、また同時に、自身の能力の限界という奴も、嫌という程に思い知らされる事となった。


 そう。夢と希望に満ち溢れる派手で万能な理想の魔法というイメージと、現実の(おの)が魔法能力の非力さ。

 この対比というか格差には、心が折れそうだ。

 大変に、大変に残念で遺憾なことに、俺の魔法の能力は、オフィーリアさんの補助なしでは実用的とは言えないレベルだったのだ。


 と、まあ、そんな訳で。

 結論。


 俺の魔法能力は、開拓のスピードアップには貢献が出来たものの、人海戦術に対する圧倒的な優位性があるとまでは言い難いレベルだった。

 即ち。今回の、俺に対する魔法訓練も兼ねた農地開拓の試行は、物理的な面での成果としては十分であったが、魔法での無双を心の隅で淡く期待していた俺にとっては大変に残念な結果となったのだった。


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