5.
キンバリー伯爵領の領都から少し離れた、ギリギリで日帰り圏内にある、小さな農村。
俺は、そんな場所に、そこそこの規模の集団を率いて訪れていた。
荒地を開墾して新規の農地にする、即ちは開拓を進める為に、新たな手法による実証実験の実施とその様子の視察を行う、という名目にて。
ここ暫くは、領都での子供服など更新プロジェクトと教会運営孤児院の梃入れ及び仮設小学校プロジェクトの新規立ち上げ対応に追われ続けていたのだが、やっとこさ一段落ついた。ので、キンバリー伯爵家の家令であるリーズデイル男爵から出されていた課題に対するもう一つの解の候補として以前から申告していた農地開拓に、取り組む事としたのだった。
社会的弱者であり戦災の被害者でもある避難民たちの、残された母子や孤児たちに対する救済措置は、ある程度まで形が出来上がり衣食住の困窮具合は大幅に改善されたので、次は、戦闘による負傷者や田畑など失い生活の糧に困窮している男手に対する救済措置に、着手する事が望まれている状況なのだ。
キンバリー伯爵領では残念ながら農業以外には主要な産業が無いため、必然的に、働く場である農地と、収穫があるまで生活を繋げる程度の収入を得ることの出来る仕事を、新たに用意する必要がある。
つまりは、荒地の開拓という労役で賃金を支払い、開墾された農地を安価に提供する、という施策が効果的なのは自明の理なのだ。
そう。俺でなくとも、誰が考えたとしても、その結論に辿り着くのは必然だった。
問題は、荒地の開拓が重労働な割に成果に乏しい行為と成りがちである、という現実だ。
そんな命題に対し、俺の乏しい知識と異世界に対する定番の期待からポロリと溢してしまった一言が仇となり、現状に至っている。
魔法で荒地の開拓は、出来ないのか?
そんなナンセンスは発想の実証実験も兼ねた農地開拓の事業が、この地で実施される運びとなってしまったのだった。
「クリストファー様。それでは、彼方で始めると致しましょう」
「ああ、分かった」
俺の専属護衛を兼ねた補佐役としての行動も熟れてきたオフィーリアさんが、いつも通りに真面目な表情で俺を促す。
今日のオフィーリアさんは、大変遺憾ながら初対面の時の様な可愛らしい服装ではなく、飾り気の全くない黒のワンピースを着て腰に剣を佩いた凛々しい格好をしている。のだが、その美少女っぷりは、相も変わらず一級品だった。
うん。エルフ美少女って、良いよね。
両親共に美形ではあるが普通の人だったという先祖返りな容姿を持つオフィーリアさん本人は、あまり自身の容姿に良い感情を持っていないようだが、俺としては眼福だった。
ホケっと見惚れていた俺と、少し緊張気味で微妙に表情が硬いオフィーリアさんの、視線がバッチリと合う。
「...ク、クリストファー様?」
「お、おお。では、行こうか」
腑抜けた精神に、慌ててカツを入れる俺。
いかん、いかん。
見ためが超絶に可愛くて人見知りの気がある女の子が不慣れな行為を一生懸命に頑張っている様子を見ると、ついつい、頬が緩んでしまう。
が、今は拙い。
何故なら、今日のオフィーリアさんは、俺に対する魔法訓練の講師役でもあるのだから。
そう。自己の侘しい過去の実績も顧みず、少しばかり天狗になりかけていた俺が、本来は鬼教官で俺の教育係も兼ねた当家の家令職を勤めるリーズデイル男爵に、お馬鹿な発想を冗談半分で不用意にも披露してしまったが為に現状がある訳だが、オフィーリアさんは、完全にその巻き添えとなった被害者だった。
大変申し訳ない。
俺も、少し前まで然程は詳しくなく、前世の記憶が戻ってからも殆ど縁がなく、俺の不用意な発言で最近は緩みがちだったルーファス爺さまの表情が一瞬でリーズデイル男爵としての強面となり怒涛の攻めを展開し始めるまではキレイさっぱり忘れていたのだが、この世界には魔法はが存在する。
ただし、一般的とまでは言えない。のだが、貴族階級では嗜みとする傾向にある、のだそうだ。
そんな訳で。キンバリー伯爵家の超優秀な家令によって、魔法の、短期集中での貴族流の英才教育が手配される事態と相成ったのだった。
小さな農村の近郊で、ささやかな農地を視界の隅に捉えながら、俺とオフィーリアさんは、小石やちょっとした岩や瓦礫が彼方此方にポツポツと顔を出している荒地と、向き合っていた。
俺たちから少し離れた場所では、同じく、邪魔な小石や瓦礫を取り除いて土壌を掘り起こさないと耕作には適さない荒野で、人海戦術による開拓作業を進めつつも気怠げな様子の人夫さん達が大勢。
小石を拾い集める人、岩などを掘り出して撤去する人、地面を掘り起こす人、瓦礫を撤去する人、土壌を撹拌する人。などなどと、役割分担をして、地道で気力と体力と根性を大量に消耗する作業を黙々と続ける人たち。
負傷で身体の何処かに不自由な箇所があったり、戦災で生活基盤が崩壊して失意の直中にあったり。といった、元は優秀な労働力であったであろう立派な体格の男たちが、不本意だという空気を濃厚に漂わせながら、面積だけは十分にある荒地に繰り出し、唯々只管に黙々とヤル気の見えない緩慢とした動作で単調な作業を繰り返しているのだった。
うん。大変そうだ。
勿論、ここに集まっている皆さんには、お世辞にも多いとは言えない額ではあるが日当は支払われる。
更に、開拓の完了後には、その働きに見合った広さの農地を、通常よりは遥かに安価で購入する権利も与えられる。
そう説明され、自ら進んで参加を希望して来た人たちの筈なんだが、士気は低い。
まあ。荒地の開拓が重労働な割に成果に乏しい行為だ、というのは広く知れ渡っている話ではあるし、実際に体験してみた結果としても、途方もなく面倒で捗らない作業が延々と続くのだと十二分に実感しているであろうから、そうなるのも致し方ない。と、思わない訳ではない。
けど。
何だろう。もう少し、頑張った先に訪れるであろう明るめの未来に対する希望というか期待を抱いていて欲しい、と思ってしまうのは、贅沢な望みなんだろうか...。
などと、少し凹んで下がり気味のテンションを嵩上げすべく、オフィーリアさんの横顔をそっと盗み見る。
うん。少し、元気になった、と思う。
さて。俺も、お仕事というか課された命題を、片付けましょうかね。
「始めようか」
「はい。では、補助と細かな調整は私がお引き受け致しますので、最初から全力で行って下さい」
「分かった。支援、よろしくね」
俺は、背筋を伸ばし、眉間に皺を寄せ、自然体に構え、神経を集中させる。
額から一筋の汗を垂らしながら、目の前に広がる荒地の地面に埋まっている小石やちょっとした岩からゴーレムを形成するイメージを、強く念じて思い浮かべる。
平面的な範囲と立体的な深度を、イメージで指定。
小石やちょっとした岩を、地面の中から、強制的かつ勢いよく飛び出させて一か所に集め、石の人形を形作る。そんなイメージを思い浮かべながら、霞のような感じで俺の周囲に漂う魔力を感知し掻き集め取り込んで、一気に放出する。
そう。この世界における魔法は、発動に極度の集中力が必要な上に使い熟すには素質とそれ相応の訓練が必要で、便利だが万能とは言い難いレベルの効果しか生み出せない場合が多い代物なのだ。
しかも。人間というか人族の場合、個人で行使できる魔法は程度が知れており、一般的には、実用的な効果が得られる魔法は集団で共働して行使するもの、とされている。
と、いう訳で。俺は、魔法に長けたリーズデイル男爵家の中でも特に優れた魔法の才を持つオフィーリアさんによる補助と指導を受けながら、二人掛かりではあるが集団での魔法の行使を練習するのだった。
勿論、座学の方は事前にみっちりと叩き込まれ、基礎訓練も領都の屋敷に隣接する鍛錬施設にある運動場のような広場で何度も体験済み。
本日は、オフィーリアさんも宣言した通り、本気の全力投球で何処まで出来るか、というお題をクリアすべく、気力の続く限りゴーレム形成魔法による荒地の開拓を延々と続ける、というカリキュラムが組まれているのだった。
リーズデイル男爵は、鬼だ。スパルタな試練を、平然と潤沢に用意する。
果たして、俺は、何処まで耐える事が出来るか、乞うご期待、なのだった。