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3.

 随所に綻びはあるが立派なお屋敷の、質実剛健で重厚感のある執務室で、俺は、今日も書類仕事に明け暮れていた。

 いや、まあ。午前中は、お忍びでの視察と野暮用を片付ける目的でウッドハウスの街に繰り出していたのだが、ハプニングで中断し、その後片付けから派生し発生した面倒な書類作成と手配業務に、現在進行形で追われているのだ。


 偶然にも暴漢に襲われかけている場に遭遇して助ける事となった、王都から流れて来たという元商人の母娘から、事情を聴取した結果として(もたら)されたのが、現在の俺が直面している状況だった。


 買い手は付かないが量が嵩張り扱いに困っていた庶民向け衣類を、処分するくらいなら普段使いの服にも困窮している避難民の母親や子供たちに役立てて貰おうと考え、襤褸切れ同然となっても着続けている服との交換という名目で配ろうとしていた。

 そんな説明を聞き、ちょうど良いとばかりに、場所を領主の屋敷へと移してそのまま打ち合わせを行い、領民への還元と投資の一環としての事業を一つ立ち上げる事にしたのだ。


 俺が気になって仕方のなかった、街に溢れる貧相というか物悲しくなるような格好をした子供や若い母親たちの窮状を改善する。

 多分に俺個人の趣味嗜好というか感情が優先されている、という点に関しては問題があると思うが、可愛い盛りの女の子たちがお洒落どころか真っ当な服装ですら身に付けられないのは大問題だ。

 という意見の一致をみた結果、俺は、領主代理としての権限を行使し、このプロジェクトを急遽、立ち上げたのだった。


 女の子の服装には一家言(いっかげん)あるという元商人の母娘を責任者とし、その場に居合わせた若い母親たちの中から募った希望者とその紹介を受けた女性たちを縫子や実働部隊として雇用し、主に避難民を対象として想定する安価で単純構造の可愛らしい子供服を製造して配布する。

 プロジェクトの事務所と作業場所には、領主の屋敷の一室を()てがい、責任者に任命した母娘から既存の衣類と布を全て買い上げた上で、市場からも安価な布地を買い付ける。


 そんなプランを、キンバリー伯爵家の家令であり俺の教育係でもあるリーズデイル男爵に打診すると、即座にOKは出たものの、領主代行としてのオージェーティー、即ち、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの一環として、かなりの無理難題を言い付けられた。

 稟議書を上げて家令であるリーズデイル男爵へのプレゼンを行い承認を得て、予算を確保し、安価な布地など必要な物品の買い付け手配まで行う。といった一連の手続きと指示を、本日中に終えよ、という無理難題を...。


 けど、まあ、何と言うか、それもまた自業自得。というか、自己責任という奴でもあるので、致し方ないと納得している。


 のだが、しかし。

 子供服の可愛い化計画の責任者を任せる事となった元商人の母娘から事情聴取する際に、彼女たちの荷馬車と共にその周囲に集まっていた子供と若い母親たちも全員が一緒に領主屋敷へと移動して来たのだが、やはり服装に興味を示すのは女の子が多いからか、その大多数が少しオマセな可愛らしい年頃の女の子だった事もあって、俺のガードはユルユルになっていた。

 そう。領主代理として、それなりの資産と権限を持つ立場としての、自覚と自己認識が十分に機能していない状態で対処してしまったが為に、前言撤回が全く出来ないくらい安易に大判振る舞いで色々とお約束をしてしまったのが敗因、だった。

 いや、まあ。約束してしまった内容自体は、元から考えていた施策の候補にも入れていた事項でもあるので、問題がないと言えば問題はないのだが、タイミングが良くなかった。俺にとって。


 身なりはボロボロで薄汚れていても、幼い女の子は可愛い。


 そんな可愛い女の子たちに囲まれ、危ない処で救援に訪れた一団の責任者だとチヤホヤされて、ついつい舞い上がってしまっていた、らしい。不覚だ。

 何が如何してそういう話になったのか全く思い出せはしないのだが、気が付くと、屋敷に着いたら屋敷の温泉に全員を招待する、といった話になっていた。

 温泉で綺麗サッパリしてから可愛らしくて新しい服を着よう、と。


 そのお陰で、計画性の無さにリーズデイル男爵から大目玉を喰らい、一部の子供だけを優遇するのは好ましくない、という論法で街にいる他の子供たちも屋敷の温泉に入れるためのプラン立案と稟議書の作成と一連の手続きと指示だしまで、俺のお仕事として追加されてしまった。


 更に、その上。子供たちを温泉に入れる際に気付いてしまった新たな問題への対処のため、業務量はググっと積み増しされる事となる。


 今回ご縁があってお知り合いとなった戦災で男手を失った所謂ところの母子家庭の母娘だけでなく、負傷兵を親に持つ子供や親戚の家に身を寄せる戦災孤児などの抱える問題も解決しようと、街での孤児たちの受け皿について確認してみたところ、この街にも教会があり、その教会には孤児院が併設されているが、それが全く機能していないという事実が判明したのだ。

 教会は、帝国とは犬猿の仲なので、実質的に対帝国との戦いが劣勢となった少し前から、教会はもぬけの殻となっていたのだった。

 司祭など教会所属の人員が、色々な名目を言い訳として避難や逃亡をしてしまったが為に、教会付属の孤児院には大人が一人も居なくなり、子供たちだけが取り残され困窮する状況となっていた。


 こちらの方も早急な対処が必要と判断し、人を遣って全員を領主屋敷へと移して温泉で身体を洗った後、他の子供たちと一緒に昼食を食べ、侍女さん達に無理を言って大急ぎで用意して貰った部屋で休息を取ってもらっている。


 そして。俺は、教会の孤児院にテコ入れをし、孤児院をこの街の子供たちの教育の場へと改装して給食付きの小学校的な施設として立ち上げるために、奮闘中だ。

 つまり。俺が作成すべき稟議書は更に追加され、それに付随する手続きと各種の指示というお仕事が、どしゃどしゃっと積み上がる事になったのだった。




 領主のお屋敷の、領主のための執務室で、俺は、やっと捌けてきた仕事の山の残骸を感慨深く眺めながら、一息ついていた。


 頑張ったよな、俺。


 初めてウッドハウスの街を視察に訪れてから、今日で早くも十日が経っていた。

 二日に一回程度、約一時間。散歩がてらの街の視察は、無理やりにでも時間をつくって継続してはいたが、ほぼ執務室に籠っての事務仕事に没頭し続ける毎日だった。

 そんな俺の涙ぐましい努力の成果もあり、積み上がっていた仕事は順調に片付き、リーズデイル男爵とも打ち解けて軽い冗談が言える程度にまでは関係改善というか信頼関係の構築が出来た、と思う。


「若様の幼女趣味疑惑のお陰で、戦災孤児たちの救済策も順調ですな」

「あのなぁ、ルーファスさん」

「何ですかな、坊ちゃま?」

「...」

「この、ルーファス・ミットフォード。若様の手腕には、感服を致しました」

「...」

「リーズデイル男爵家の家長としてキンバリー伯爵家にお仕えして五十有余年、今ほど、生きていて良かったと思ったことは御座いません」

「はいはい、ワザとらしいよ」

「若様が、自身の評判を犠牲にしてまで、領地の子供たちの未来の為に粉骨砕身して働かれる姿を拝見して、爺は、心の底から感動致しました」

「はあ...もう、よく言うよ。俺の幼女趣味疑惑って、ルーファスさんが意図的にバラまいた奴だよね?」

「何を仰いますか」

「流石に俺でも、それ位は気付くよ」

「しかし。若様が、嬉々として、子供たちを温泉に招き一緒に入っていたのは事実」

「いや、まあ、あれは、その場の勢いで、不可抗力だよ」

「左様、でしたかな?」

「そうだよ!」

「しかし。筆頭侍女のジャネットまで浴室に連れ込んで、何やら働かせていたご様子」

「あのねぇ。いくら本人が良いと言っても、女の子の体を洗う訳にはいかないでしょうが!」

「そうですな。屋敷の大浴場に裸になった大勢の女の子を連れ込むことに比べれば、侍女を浴室に呼び付ける程度、大した事では御座いませんな」

「だ、か、らっ!」

「まあ、若様が、母性豊かな女性よりも一見すると幼げな可愛らしい女性を好む、と言われるのであれば致し方ありません」

「...」

「そんな若様に、良報で御座います」

「はい、はい。何だい、ルーファスさん」


 何やらニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべる、リーズデイル男爵ことルーファス爺さん。


 もう、いっその事、ジイとでも呼ぼうかと思うよ。

 結果的に、提示された課題への一部の回答を迅速に提示して実行に移せた事もあり、ルーファスさんからの俺の扱いが良化し、夕食の際にはキンバリー伯爵家が秘蔵する高級ワインなど酒類が振る舞われるようになった初期の頃にご機嫌となって、ついつい口が滑り、理想の伴侶などといった女性への趣味嗜好をポロリと溢してしまったのが運の尽きで、これ以降ずっと、この扱いである。


 俺は、決して、幼女趣味ではない。

 確かに、可愛らしい女の子は大好きだが、邪な意図など一切ない。

 うん、まあ、流石に、親戚や家族でもない他所の女の子を温泉に入れたのは拙かった、とは思うが、つぶらな瞳で()も当然の如くにお強請りされたら、断れないじゃないか...。


「若様」

「ん?」

「やっと準備が整ったようですので、ご紹介したい者がおります」

「はあ」

「若様の趣味を尊重し、お子様向け可愛い衣装の制作を担当する例の母娘にプロディースさせた特注品を着せておきました」

「あの、なぁ」

「どうぞ。煮るなり焼くなり、ご随意にご活用ください」

「...」

「オフィーリア、若様にご挨拶せよ」


 ルーファスさんが、何故か、執務室の廊下側の扉ではなく、普段は使用していない隣の控室との間の扉に向かって、大袈裟な身振りと共に声を掛けた。

 が。沈黙が、執務室に落ちる。

 隣の部屋からは微かに、身動(みじろ)ぎする様な物音がしているような気がしないでもないが、返事はない。


 ルーファスさんは、満面の笑み、だった。


「オフィーリア。若様に、ご挨拶をせぬか!」

「...はい」


 心底から楽しそうな表情のルーファスさんが、隣室との間の扉へとゆっくりと歩み寄り、(おもむろ)に、扉を開いた。


 衝撃、だった。


 二十一世紀初頭の日本で一世を風靡したメイド喫茶の可愛いメイドさん風にアレンジされた衣装を着用し、水色がかった薄緑色の光沢ある癖のない銀髪を肩すれすれまで伸ばしたエルフの美少女が、そこにいた。

 彼女が着用する可愛らしいスカートは、現代日本におけるミニと迄は行かないものの、この国の成人女性が着るには少し丈が短い。ただし、小さな女の子ならオーケーなレベルだ。

 少し素足が見えている短めのフリフリ付きスカートとメイド服を着た、ほぼ同年代だと思われる美少女が、ぷるぷる震えながら立っていた。


「お嫁に行けない...」


 呼ばれて来たので俯く訳にもいかず、尖った耳の先まで真っ赤になって、涙目で俺の方を見ながらも、直立不動の姿勢を堅持している。

 うん。可愛くて、偉い!

 これが俗にいう、尊い、という奴だな!


 羞恥に震え、もうお嫁に行けない、と小声でブツブツと、繰り返し呟き続けている美少女。


 眼福、である。

 声も出ない程の、感動、だった。

 生きてて良かった。ルーファスさん、ありがとう。


 思わず棒立ちとなってしまっていた俺は、微動だにせず、オフィーリアという名前らしい美少女の姿をその目に焼き付ける。


「どうせ、嫁になど行く気は無かったくせに、何を言っておるのだか」

「...」

「丁度良い、若様に責任を取って貰え」

「...」

「正妻は無理でも、妾くらいであれば、承知して頂けるかもしれぬぞ?」


 無言のままで立ち尽くす、俺とオフィーリアさん。

 そんな二人に対して、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたルーファスさんは、言いたい放題であった。


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