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短編シリーズ

兎と亀

作者: 茜黒

私と君の話。

眠っている時、夢を見た。いつもであれば自分が体験しているものだろう。

しかし今日は珍しく、俯瞰で、しかも暗めの森の中だった。所謂、樹海と呼ばれるような場所なのかと思った。


「何故私は君とここに居るのか」


ふと、声がして下をよく見てる。樹海のはずが広い川、いや海があった。不思議な光景ではあったが、それ以上に気になるのはあの兎と亀だ。何故か泳ぐ亀の背に兎がいる。


ー 仕方ない話なのだから黙っていてくれないか。沈んでしまう。


「君はそういうが、だからといって私を責めないで欲しい。こんな状況なのだ、愚痴も言いたくなるさ」


ー …君は気がついていないだろうが、先程から君の足は私の甲羅を何度も叩いているのだ。痛いのを我慢して君を運んでいるのに感謝どころか愚痴を零すのは如何なものかと思うね


「それは失礼した。だがこの足は私の意志とは関係なくそう動いてしまうのだから仕方ないだろう」


亀はため息をついて、少しだけ潜水した。兎はぶーぶー、と文句を言っているようだが潜水した亀には聞こえていないらしい。


「君は卑怯者だ、私はここから動けないのを知っているのに毛皮を濡らそうとする。君は私を殺す気か」


この兎は文句ばかり言っている。どうして謝ったりしないのかと考えてしまう。亀は今何を考えているのかと気になっていると視界がすぅ、と動いて水中の中に入る。美しいスカイブルーだ。亀はこんな世界を見ているのかと感嘆が漏れた。


ー 君は本当に厚かましく、そして煩い。君の境遇を知らなければ今ごろずぶ濡れ兎として一生を過ごすことだろうよ


ー それに、私はこの美しい空の水を見ているだけで十分なのだから君と話さなくても良いのだ


兎には聞こえないらしいその言葉に、また考えてしまう。事情があるから許すのか?だがだからと言って兎はそれをずっと許される、免罪符にはならない。兎はまだ何か言っているらしく、視界だけが浮上する。


「君は本当に私の言葉を聞いてくれないな、私は君に感謝しているさ、だが私は怖いんだ。もう私と話してくれる相手は君しかいない、だから私は君に全てを伝えてしまうんだ。だってそうだろう?ここには私たち以外、誰もいないのだから」


気がついてしまう。亀が頭を上げなければ兎はずっと1人で喚いていることだろう。感謝も、怒号も、愚痴も、全てが独り言になってしまう。


「君が頭を少しだけ出してくれるだけでいい、私は君と話したい、…ちゃんと言えなかった感謝を伝えたいんだ。お願いだ」


亀は水面から頭を出さない。


「あぁ、どうして私はいつもこうなんだ。君と話したいのに、誰かと話したいのに上手くいかない。ただ、ただ話したいのに、仲良くしたいのに私はどうして、どうして!」


兎の赤い目からポロポロと大粒のものが落ちていく。それが兎の毛皮に落ちて、亀の甲羅を濡らした。亀は気がついていないらしく、まだ水中でスカイブルーの世界を見ている。


「なんて残酷なんだ。なんて惨いんだ。私はただ話したいのに誰も私と話してくれない。素直に話しても面倒くさいと言われ、下から話すようにしても媚びていると言われ、今のように話しても結局うるさいと言われ、私は誰とも話せない、どうしてこうなってしまったんだ」


完全には分からないが、察することは出来た。

この兎はどうやら疎まれていたらしい。何をどう話しても上手くいかず、結局会話の仕方が分からないのだろう。


「この世界には私と君しかいない。なのに話せないだなんて悲しすぎる。どうかお願いだ、少しだけ頭を上げてくれ、そして感謝だけ伝えさせてくれ、そしたらもう…もう私は黙るから、何も言わないから」


亀は泣いている兎に気が付かない。何とか気が付かせてあげたい。先程から兎が泣き続けているせいで兎の体が透けてきているのだ。このままでは消えてしまう。

…何故今そう分かるのかは、分からないが。


視界を水中に潜らせ、亀に声をかける。が、水中のせいかうまくいかない。と言うよりも声が出ない。仕方ないので浮上して、亀の頭の上から水滴を落としてみることにした。

…手がないので出来なかった。

これではどうしようも無い。自分に出来ることはないのだ。


「…もう嫌だ。君に迷惑を掛けてきた自分が嫌だ。」


兎はそんなことを呟いて、ふわふわとした毛皮を水の中に入れてみる。冷たく、疎ましいものでしか感じないらしく諦めて水から退散した。

しばらく見守っていたが兎は完全に黙ってしまい、泣いていることによる嗚咽しか聞こえなかった。


意識が浮上していく。

あぁ、どうして。まだ彼らを見ていなければならないのに。まだ何も、解決してないのに。まだ。


「彼に感謝を、伝えてないのに」




目が覚める。見知った天井ではなく、真っ白な天井だ。

傍には点滴が置いてあり、どうも思考が鈍い。


ー あぁ、起きた?


彼が話しかけてくる。


「…どうして」


ー そりゃ、友達なんだから当然だろ


「友達…」


ー 違ったか?


「…いや、それがいい。…ありがとう、ごめん」


ー いいよ、2人だけなんだし仲違いとか嫌だし?


私と君は笑った。

外をぼんやりと眺めてみる。外は荒廃しており木は1本もない。世界が滅んでしまってもう何年かも分からない。

君と私だけが生き残り、そしてこの世界が嫌になり君に愚痴を漏らし文句を言い、そして置いていかれたのだ。

だから死んでしまおうとして、君に助けられた。


「…愚かだろう、私は」


ー 知っていた。…早く元気になって外に行こう。食料を探さないと。あぁ、今日はいい天気だ。


外は荒廃しているが、空は美しいスカイブルーだ。






ーーー兎と亀、空の色は如何ほどか


争いごとの末、君と私しかいない世界。

食料を食わず倒れた彼を、捨て置けず私は助けた。

恩は返してもらうが、友達なのだから。そこまで薄情にはなれなかった。

彼が依存しているのは正直、二人しかいないのだからもう気にしてもない。

だから見ている君、どうか彼を責めないであげてくれ。

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