勇者の軌跡(3)
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この数年で俺の身体能力が格段に上がったことで、オリエンス帝国にを出てから1ヶ月程で母国に帰ってくることが出来た。
しかし魔王が復活した場所から最も離れているこの国でも、俺の顔と名前は広まっているらしい。顔はローブなどで隠すことができるのだが関所などでライセンスを見せないといけなくなったときが面倒だ。
もちろん王都に帰って来たときも同様だ。王都を囲む外壁にある関所を通るとき、ちょっと待ってほしいと言われ、おとなしく待っていると城から遣いの人が来た。そしてそのまま陛下と謁見することになったのだから驚きだ。
しかもその陛下も周りにいた重役の人たちも俺のことを勇者"様"と呼ぶのだから鳥肌もの。全力で頼み込んでやめてもらった。その場にいた父親が、過呼吸気味に笑いを堪えていたので、後で一太刀入れてやろうと心に誓った。
まぁ、それでもオリエンス帝国よりはましだ。俺の顔をみた瞬間膝まずいて拝まれないし……
ただこの国は俺が危険を冒している間、勇者の名前で随分と発展したらしい。道理で国全体がどことなく賑わってるわけだ。
その事をあとでこっそりと陛下と宰相のハンス侯に謝られ、ここでも爵位と領地を授けようかという話が出たが管理できる気がしなかったので丁重にお断りした。
元々王都に着いたのが夕刻頃だったのだが、陛下とそういう話をしたり、その流れで食事に誘っていただき、ありがたくいただいていると、必然的に夜が深くなっていた。
城に泊まってもいいと言われたが、それは断って帰ることにした。ただ、帰る前に久々の王城という懐かしさから次第に足がいつも鍛練していた訓練場へと向かっていた。
もう夜も遅く、誰もいないだろうと思っていた。しかし近づいていくにつれて懐かしい魔力を感じる。
実際に魔力を感じられるようになってから会ったのは初めてだが、誰の魔力か一瞬でわかった。なぜこんな時間にこんなところにいるのか、何をしているのかなど、疑問はたくさんあるものの、ただ早く会いたくて足を進める速度が上がった。
そして訓練場に足を踏み入れ、目にしたのは新しく出来たという王宮魔導師専用のローブを羽織った女性。
幼さの残っていたその顔は化粧もしているからか大人の魅力が強くなっている。銀色の髪が月明かりに照らされキラキラと輝き、元来の美しさを引き立てる。
万人を引き付けるであろうその女性は誰もいないこの場所で一人目を閉じ……寝ていた。
帰ってきてから最大の驚きだった。なんでこんなところで寝ているんだ。今何月だと思っている、12月だぞ。しかも雪も積もって誰がどうみても寒いであろうこの場所でどうして寝れるんだ。
近くに駆け寄ってその体を起こす。冷えきってる……というほどでは無かったが、すこし冷たくなっていた。"ウォーム"も使われてはいない。
わかっている。明らかに何かあったんだ。分かっているが外傷も無さげだし抵抗した様子もない。
このクレアに限って襲われて抵抗もなにもしないだなんてあり得ない。間違いなく自爆かなにかでこうなったんだ。
しかし何が起こったのか全くわからない。とりあえず覚えたての魔法でクレアの身体を暖めて、公爵邸に連れて帰ろうとその身体を抱える。
しかしこのまま連れて帰ったら公爵邸の皆さんがパニックに陥ることは必須。一回城に戻って公爵邸に遣いを出し、状況を伝えてから連れて帰った。
何があったのかは明日聞くとしよう。
そしてやっと俺は実家に向かった。正直少し緊張していた。置き手紙一個で出ていってしまった訳だし、母さんには心配かけたかも知れないな……と。
ただ、その心配は先ほどの驚きを越える程の驚きでかき消される。
母さんが抱えてきたそれは俺の元へ渡されると、言葉にならない声を発してじたばたと暴れる。
帰ったら……弟がいたのだ。
ダリル・グラディウス、もうすぐ2歳になる実の兄弟なんだとか。
えっと……うん。
言いたいことはたくさんあったが、飲み込んだ。
無条件に可愛いと思った。ちょっと人見知りされてしまったけどいつか兄と呼んでくれるだろうか。これからが楽しみだ……と。
あ、ちなみにダリルは父さん似みたいだ。ちょっと羨ましいと思ってしまったのは内緒の話。
色々驚きつつも、懐かしい家で朝を迎えると、俺は昨日倒れていたクレアを心配し、お土産と誕生日プレゼントを持って公爵邸に行った。
勇者登場に驚いた若いメイドさんが運んでいた壺を割ってしまったが、気を取り直して前々から公爵邸で働いている顔見知りの使用人さんにクレアの様子を聞くと、クレア宛の誰かが送ったプレゼント達を大量に持たされ、クレアの自室に案内された。
まぁ、それはいい。いつも通り……というか相変わらずの対応に少しほっとする。
しかし問題はその後だ。どうやらクレアはまだ眠っているらしい。
……そうか、なら起きるまで荷物運ぶの手伝う。
まぁ、これが普通だ。いつもならそうなるところなのだ。だから俺は荷物を置いてもう一度外に出ようとした。
しかし今回は違った。タイミング良く入ってきたメイド長に呼び止められ、それまで荷物でいっぱいだった手に別のものが渡された。
なにかと思えば櫛と化粧道具。
「クレア様の寝室にあった化粧道具を新しいものに変えないといけないんです」と言葉を添えられて。
頭の中が"?"で埋め作られる。
……だから? と。
答えは直ぐに返って来た。
「すみません。私共は他にやらないといけないことがあるのです。
申し訳ないのですが、クレア様にご用でしたらそちらのお部屋でお休みになっておりますので、どうぞたたき起こしてくださいませ!
あと小一時間ほどしたらパーティーの準備をしなければなりませんので手短にお願いいたします」
と。
「えっ、ちょっ……」
もちろん抵抗する。改めて言うまでもないと思うが、貴族社会において未婚の男女が寝室に出入りするなんて言語道断である。
密室で二人きりでいるだけでも変な噂が立つほどなのだ、従者であるのであればまだしも……って、あ。俺、公爵邸の皆さんのからしたら従者扱いなのか!? いや、確かに昔から仕事を手伝った記憶は数えきれないほどあるけど!
あ、あー。なるほど納得……しない! 一応俺も紛うことなき侯爵子息だ、無理がある!
しかし俺は扉の方へとぐいぐいと押されていく。
「とりあえずそれをクレア様に渡せばあとはご自分である程度のことはしてくださいますので!」
そう言われつつメイド長の手がドアノブにかかった。
振り払うことは容易だ、しかし長らく戦場に身を置いていたため、力加減を間違えて怪我をさせてしまいそうで無理に動けない。
そして結局「ではよろしくお願いします!」と言われながら、俺は禁断の部屋に押し込まれた。
王都に帰ってからというもの驚くことが多すぎる。いい加減にしてほしい。そう心のなかで嘆きながら「うわっ」と情けない声をあげた。
そして前を向くと眠っているとばかり思っていたクレアと目があった。部屋の前であれだけ騒いでいれば起きて当然ではある。
パッと見、風邪を引いている様子もないし、元気そうだ。
それからクレアは入ってきた俺に驚いている様子だったが、怒った様子もなく普通に振る舞う。
クレアが律儀に挨拶をしてくれるから、俺もそれに返していたが、内心それどころじゃなかった。
しかもそのままベッドにいればいいものをクレアはそこから出てこちらに歩いてくる。そして俺の目の前で背筋を伸ばし背伸びをすることによって、昨日はローブによって隠れていたそれが強く主張する。
起きているなら、わざわざ俺が起こしに入る必要も無かったわけだ。というかたぶんクレアは寝起きが悪い方では無いのでは無いだろうか? 準備も自分である程度できるのであれば、メイドさんの手を煩わせることも無いのでは?
益々俺がここに押し込まれた理由がわからない……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
とりあえず……
「……こんなところに入ってきてごめんね。とりあえず……着替えてもらっていい?」
昨日のこととか聞きたいことはたくさんある。クレアも話したいことがあるみたいだからこのまま話したいのは山々だ。
しかしこのままではどうにかなってしまいそうなので、持たされた道具を適当にクレアに渡し、そそくさとその部屋を後にした。
……それからクレアが着替えている間、扉の前で旅中にどんなことがあったのか話しつつ、使用人の皆さんにニヤニヤした顔で見られることになるのは、また別の話。
ちなみに余談だが。
淑女の寝室に男性が入るということは禁忌だ、と言うことを公爵家で働く使用人が知らぬはずは無い。
そして使用人たちはレイリストのことを"仕事をよく手伝ってくれる客人"とこそ思えど、さすがに"使用人仲間"とまでは思っていない。
ではなぜ……
その真実を知るのは使用人と……当人達の母だけ。
当の本人達は知るよしも無いのだ。自らの母親が本人たちにも当主にも内緒で、"外堀を埋めてしまおう"と企み、何年も前から定期的にお茶会兼作戦会議を開いているということを。
お読みくださりありがとうございます。
今話でレイリスト視点は終わりになります。次回からはクレア視点に戻りますのでよろしくお願いいたしますm(__)m
次回の投稿は26日を予定しております。




