第7話
歩美との通信を目的に、公園の外へやってきた結衣と梨沙の二人。
早速結衣が、通信を試みる。
すると、先程までのノイズ音とは異なり、今度はしっかりと歩美の声が聞こえてきた。
『どうしたの?』
「恭子を見つけたよ。亜莉紗も一緒に公園に居た」
『公園に?…それで、どうして連絡が取れなかったの?』
「兵器と交戦して、負傷したらしい。私が見た時には、二人共気絶してたよ」
『兵器って?』
「全身黒ずくめの、ナイフを持ってる奴。榊原町の時にも居ただろ?」
『黒ずくめ…と言うと、リーパーね。まだ生きてたとは、流石に驚いたわ』
「でも、今度こそ終わりだと思うな。肉塊になってたからね」
『だと良いんだけど…。まぁいいわ。二人の怪我はどの程度?』
「それなら問題無い。負傷っつっても、動けないとかって程じゃないんだ。ただ…」
『…ただ?』
「…恭子の奴が、暴走したらしい。私は実際に見たワケじゃないから何とも言えないけど、亜莉紗の話では、いきなり首を絞めてきて、その時恭子の目が目が赤くなってたんだって」
『………』
「…歩美?」
『…今は何とも無いの?』
「え?…あぁ、別に変わった様子は無かったけど…」
『そう…』
「それで、恭子の奴は大丈夫なのか?」
『細胞の暴走は、主に宿主が生命の危機に瀕した時に起こる現象よ。暴走によって失われた細胞は、数時間立てばまた作られるから、彼女の命に別状は無いハズ』
「生命の危機…ねぇ。亜莉紗の話では、恭子は化け物が投げてきた投げナイフが背中に刺さった後、おかしくなったらしいけど」
『投げナイフ?そんな物だけじゃどうって事は無いと思うのだけれど…』
「そこで質問さ。細胞を自発的に暴走させるアイテムとかって無いの?」
『…無いワケでは無いわ。細胞その物を身体に取り入れればいいのよ』
「…?」
『細胞の過剰な繁殖。それによって引き起こされるのは、細胞同士による生存競争よ』
「えーと…」
『…例えば、恭子の身体には普段100の細胞が存在するとしましょう。その100という数が、彼女の中での限界だとするわ』
「うん」
『そこに新しい細胞が50個、身体の中に入ってきたとする。でも、彼女の身体に存在できる限界の数は100。…ここまで言えば、もうわかるわね?』
「150個の細胞が、数を100に戻す為に殺し合う…ってワケか」
『そういう事。その競争の際に、身体の中の全ての細胞が異常なまでに活動するから、暴走が引き起こされるのよ。彼女の近くに血溜まりが無かった?競争に負けて死滅した細胞は、吐血といった形で体内から廃棄されるの』
「…辺り一面、血溜まりだったからなぁ。わかんねぇや」
『そう…。でも、十中八九その線だと思うわ。投げナイフに、何か仕掛けが施してあった、みたいな所ね。そうでもなきゃ、投げナイフ一本ごときで保有者が瀕死になるなんて有り得ないもの』
「なるほどねぇ…」
『他には?』
「あぁそうだ。公園の展望台の上に、恭子が津神麗子を見たらしいよ」
『…確かなの?』
「さぁ?私は見ちゃいないからね。断言はできない。でも、公園の中だと通信機が使えなくなるんだ。恐らく、通信が妨害されてるんだと思う」
『通信機が…?…でも、見間違いっていう可能性もあるわ。通信を妨害している人物が、津神麗子とは限らないもの」
「うーん…。私には奴の仕業としか思えねぇけど…」
『あくまでも可能性でしょう。彼女の仲間という事もあるわ。でも、私達の目的は津神麗子本人よ』
「ちなみに、仲間と遭遇したら?」
『邪魔をしてくるようなら、容赦は要らないわ。抹殺しなさい』
「直球だねぇ…。まぁいいや、話はこれで全部だ。ありがとさん」
『待って。イベント会場の隣にあるビルの屋上に、補給物資が届いたわ。必要なら取りに行きなさい』
「そいつは良い情報だね。ありがたく使わせて貰うよ」
『良いのよ。手数料込みで…』
「ばいばーい!」
歩美が料金の話を始める前に、結衣は一方的に通信を終えた。
「どうでした?」
梨沙が訊く。
「細胞が暴走したって線が濃厚らしい。詳細は…まぁ割愛するよ」
「暴走…ですか。やっぱり結衣さんの推測通りでしたね」
「問題なのは、今後の恭子自身に異常が現れるのかどうか。歩美は大丈夫だって言ってたけど…」
「本人も大丈夫だって言ってましたし、大丈夫なんじゃないですか?」
「うーん…。だと良いんだけど…」
結衣はゆっくりな口調でそう言った後、歩き出しながら話を変えた。
「とりあえず、一旦戻るよ。恭子達と合流しよう」
「…展望台、行くんですか?」
不安そうに、そう訊く梨沙。
「一応、そのつもりだよ。他に手掛かりも無いし」
「もしも…もしもですよ?本当に津神麗子が居たら…」
結衣に比べればまだ経験が浅い梨沙は、私達殺されるんじゃ、と、弱気なセリフを続けようとする。
しかし、結衣が梨沙の言葉を遮るようにこう言った。
「絶好のチャンスだね。とっ捕まえりゃ依頼完了だ」
へらへらと笑いながら、公園に戻っていく結衣。
能天気な彼女の様子に、梨沙は呆れたような、嬉しそうな笑みをこぼし、彼女についていった。
公園の中に戻り、恭子達が居る場所まで戻る二人。
しかし、つい先程まで居たハズの恭子、亜莉紗、亜莉栖の3人は、そこには居なかった。
「…ドッキリのつもりか?」
辺りを見回し、呆れたようにそう呟く結衣。
梨沙は、展望台を見つめていた。
「(今…展望台に誰かが…)」
展望台の入口であるガラス扉の向こうに、一瞬だけ人影を見た梨沙。
かなり遠いので、誰なのかまではわからなかったものの、人であったという事には確信を持っていた。
「…宇宙人でも見たの?」
食い入るように展望台を見つめている梨沙に気付いた結衣が、冗談紛いにそう訊く。
「人です…。人が居ました」
「人?それって地球人って事?」
「他に何があるんです」
「火星人とか」
「………」
梨沙は小さく溜め息をついて、展望台に向かって歩いていく。
「(もしかして、私の事面倒臭くなってきてるのかな!?)」
困ったように手を頭の後ろに持ってきて、結衣は笑いながら梨沙の後を追い掛けた。
展望台に到着するなり、梨沙は何の警戒もせずにガラス扉を押し開ける。
そこには、広い空間に多くの椅子や自動販売機が置いてある、休憩スペースのようになっていた。
「見間違い…だったのかな」
人影は無く、梨沙は残念そうに呟く。
「既に移動したのかもね。ほら」
そう言って結衣が親指で指差したのは、入って右手側にある、上へと登る為の階段であった。
その階段の元へ梨沙が向かおうとしたのと同時に、結衣がその階段がある方向とは真反対の方向を指差して、こう言った。
「こっちにもあるけど」
「…え?」
振り返る梨沙。
そこには確かに、同じような階段があった。
「どーする梨沙ちゃん。どっちに行く?」
「…手分けしますか?」
梨沙が訊き返すと、結衣は首を横に振りながら、最初に見つけた方に歩いていく。
「手分けはよしておこう。津神麗子が居るかもしれない場所で、それは自殺行為に等しい」
「では、何故こっちに?」
「ん…」
結衣は階段を登り始めながら、自信満々にこう答えた。
「勘!」
「………」
全長33メートルの高さである展望台の階段はやはり長く、登り始めて1つ目の踊り場で、結衣がへたりこむように座り込んだ。
「なっげー階段だなぁ…。エレベーター無いのかよー…」
階段を登る足を止めて、愚痴る結衣を呆れたように見る梨沙。
「これくらいどうって事ないでしょう?少しの間なんですから、我慢してください」
「おぶってー梨沙ちゃーん!」
「無理です」
「けちー」
「結構です」
「貧乳ー」
「………」
「ごめんなさい」
再び階段を登り始める二人。
半分と更に少し登った辺りで、梨沙が思い出したようにこう呟いた。
「…そう言えば、エレベーターあったかも」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだかね綾崎くん」
「こういう時って、大体動かないもんでしょう」
「何その偏見」
「電源が落とされてたりとか…何らかの障害があるもんです」
「映画の見すぎだね…」
「そうですかね?」
「エレベーターは人を乗せる為に存在してるんだから、私達が乗ってあげた方がエレベーターだって…」
言葉を切る結衣。
「エレベーターなら、今は使えないぞ」
そう言いながら上の踊り場に姿を現したのは、長い栗色の髪を頭の後ろで纏め、首元には痛々しい刃物傷の跡がある、見た事が無い少女。
「…少なくとも、味方じゃなさそうだね」
少女が両手に一本ずつ持っている苦無のようなナイフを見て、結衣がそう呟く。
「当たり前だ。貴様の仲間になんて誰がなるものか。考えてものを言え。大神結衣」
「私の事を知ってるとは光栄だね。つーか口悪っ」
少女の喧嘩腰な口調に思わずツッコむ結衣を傍らに、梨沙は少女をじっと睨み据えながら、質問をする。
「あなた、津神麗子の仲間ね?」
「さぁ?どうだろうな」
「白々しい…。津神麗子の居場所を教えなさい」
「知ってても教えるもんか。バカ」
「頭に来るわね…!」
今にも階段を駆け上がって少女の元に突っ込みそうになっている梨沙を、まぁまぁ、と結衣が宥め、今度は結衣が少女に質問をする。
「さっき、エレベーターは使えないって言ってたけど、どういう意味?」
その質問と同時に、少女の様子が急にそわそわとし始める。
「いや…別に深い意味は…無い…」
少女の異変を見て自分の推測に確信を持ち、ニヤリと笑う結衣。
「そうか。津神麗子がエレベーターを使っているからか。それなら使えなくて当然だねぇ」
「ち、違う!麗子様は…ここには居ない…!」
「麗子"様"って事は、キミは津神麗子の部下って事だね。わかったわかった」
「ッ…!?」
「(天然…?いや単なるバカ…?)」
先程までの高圧的な態度はどこかに行ってしまったらしい、顔を真っ赤にしている少女を、梨沙は不思議な物でも見るかのような目で見る。
「キミ、名前は?」
「誰が教えるか!」
「うーん、見た事も聞いた事も無いから、そこまで有名じゃなさそうだね。新人さん?」
「何を言う!私はこの世界でもう5年経つぞ!」
「じゃあ名前は?」
「影村雲雀だ!」
「雲雀ちゃんね。はいはい」
「くぅッ…!」
「(こいつバカだ…)」
心の中でそう言って、苦笑を浮かべる梨沙。
やかんでお湯を沸かせるんじゃないかと思わせる程赤面している雲雀と名乗った少女を、結衣は更に煽り続ける。
「キミの動揺から見るに、やっぱり津神麗子はここに居るみたいだね。とすると、エレベーターってのはやっぱり合ってるのかなぁ?」
「ち、違うと言っているだろう!」
「へぇー。まぁいいや、この建物を探していればいつかは見つかるでしょ。情報提供ありがとね~」
「ふん、バカめ!麗子様ならさっき展望台を後にした所だ!いくら探しても見つからんぞ!」
「こいつバカだー!」
梨沙は思わず、そう口に出してしまった。
「なるほど…。今すぐに行けばまだ外に居るかも。梨沙ちゃん!ここは頼んだよ!」
そう言って、階段を駆け降りていく結衣。
残ったのは梨沙と、赤面したままの顔を俯けて、ぷるぷると肩を震わせている雲雀。
「…ねぇ」
何となく気まずくなってきた梨沙が、雲雀に声を掛ける。
すると突然、雲雀は顔を上げてナイフを構え、こう言った。
「殺す…!」
「…は?」
「よくも私に恥をかかせてくれたな…!死んで償え!」
「勝手に墓穴掘っただけじゃない」
「だ、黙れ…!」
「はぁ…。やれやれ…」
梨沙は溜め息をついてから、ナイフを取り出した。
それを見て、階段を駆け降りてくる雲雀。
「斬り刻んでやる!」
「上等!」
2つのナイフがぶつかり、けたたましい金属音が鳴り響いた。
一方…
梨沙と一旦別れ、展望台から出たらしい麗子を追い掛け、階段を駆け降りていく結衣。
1階の休憩スペースに到着すると、先に展望台にやってきていたらしい恭子が、反対側の階段から降りてきた。
「恭子!」
呼び止めるが、恭子は足を止めずにこう答える。
「結衣さん!話をしている時間はありません!」
「津神麗子だろ?奴の仲間から聞いたよ。急ごう!」
展望台から出る二人。
すると、少し離れた所に、歩いて展望台から離れていく美しい黒紫色の長い髪の女性の姿。
彼女が、津神麗子であった。
「待て!津神麗子!」
結衣の声を聞き、立ち止まって振り返る麗子。
彼女は二人の姿を見るなり、にこっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うふふ…。大神結衣ちゃんに、峰岸恭子ちゃんじゃない。ごきげんよう…と言った所かしら?」
「下らない無駄話は不要ですわ。大人しく投降して私達についてくるか、それとも抵抗して私達に殺されるか、選びなさい」
「大人しく投降なんてすると思う?」
「…ま、訊くまでもありませんでしたわね」
「その通り…」
不適に笑い、ゆっくりと歩いてくる麗子。
それを受け、身構える二人。
麗子は二人の実力を知っていたが、それでも尚、彼女は足を止めなかった。
間合いに近付くなり、麗子は先手を打つ。
先に狙いを定めたのは結衣。
滑り込むように急接近し、四股を全て使った連続攻撃を仕掛ける。
「(は、速っ…!?)」
捉えきれないその攻撃を結衣は防ぎきる事ができず、何発か打ち込まれてしまう。
そして結衣が体勢を崩した一瞬の隙を狙い、麗子は右手の掌底による重い一撃を鳩尾に放った。
しかし、攻撃が命中する寸前で、結衣はその攻撃を両手で受け止める。
「ナメんじゃ…ねーぞッ…!」
ギリギリの状態であるにも関わらず、結衣はニヤリと不適な笑みを浮かべ、左手で麗子の右手を掴んだまま右手で彼女の顔面に殴りかかる。
麗子はその攻撃を左手で受け止め、結衣の身体を側転させるように投げる。
投げられた結衣は掴んでいた右手を離し、その左手で地面に着地して体勢を素早く立て直す。
間髪入れずに、攻め立てる麗子。
しかし、恭子がそれを許さなかった。
「忘れていただいては困りますわ」
結衣に殴りかかろうとしていた麗子の右手を掴み、ぎりぎりと力を込める恭子。
恐ろしい力で手を握り締められている麗子であったが、ニヤリと笑い、掴まれていない左手で恭子の顔面を突き刺すように殴る。
恭子はその左手も掴んで攻撃を止め、右手と同じようにギリギリと握り締める。
それでも余裕を失っていないらしい麗子は表情を変える事無く、恭子の目を見つめ続ける。
そして突然、恭子の左足を右足で横から蹴りつける。
恭子は避け損ね、足を蹴られた事によって身体のバランスが崩れる。
恭子の蹴られた方の足の膝が地面に着いたと同時に、麗子は彼女の顔面に目にも止まらぬ速さでラウンドハウスキックを放つ。
しかし、そのキックは恭子の顔面に命中する一歩手前で、結衣が割り込むように放った前蹴りによって相殺された。
「忘れてもらっちゃ困るね!」
前蹴りを放って突き出したままの右足をそのまま捻るように動かし、麗子の顔面を狙って回し蹴りを放つ。
その攻撃は予想外だったのか、麗子は状況を有利に運ぶ為にその攻撃を受け止めるという事ができず、後ろに素早く下がって蹴りを回避する。
結衣の蹴りは、麗子の鼻先をかすめた。
立ち上がって結衣に目だけで感謝を伝え、結衣と共に麗子の元へ歩み寄っていく。
すると、麗子は呆れたように溜め息をつき、両手を上げて首を横に振った。
「2対1じゃ、流石に面倒臭いわね。ここは退かせて貰おうかしら」
「私達が黙って見逃がすとでもお考えで?」
「追い掛けてくるでしょうね。…彼らの相手をしてからね」
麗子がそう言った途端、近くの大木の上から、何かが彼女の前に飛び降りてくる。
それは、恭子が仕留めたハズであった、リーパーであった。
「…なるほど。これは中々の生命力ですね」
「…もう1体来やがった」
舌打ちをしてそう言った結衣の視線の先には、右手に巨大な斧、左手に巻かれた重々しい鎖、そして顔を隠すように麻で繕われた袋を被っている恐ろしい風貌を持つ兵器、"ユースティティア"であった。
「あら…。これはまた、いかにもなお方ですね…」
可笑しそうに、クスクスと笑う恭子。
「こっちは任せな。そっちの死に損ないは頼むよ」
そう言ってリボルバーを取り出し、ユースティティアに銃口を構える結衣。
「えぇ。今度こそ、息の根を止めて見せますわ」
恭子は去っていく麗子と入れ替わるようにこちらにやってくるリーパーに対して、身構える。
「それじゃ、頑張ってね。生きてたらまた会いましょう。…生きてたらね」
こちらに顔も向けずに、歩みを止める事無くそう言って、去っていく麗子。
二人からは彼女の顔は見えなかったが、彼女が楽しそうに笑っている事は、声を聞いただけでわかった。
「悪趣味な奴…」
「結衣さん。来ますわよ」
恭子がそう言ったと同時に、リーパーは恭子に、ユースティティアは結衣に、それぞれ手に持っている武器を振りかざした。
第7話 終