第6話
連絡が取れない恭子と亜莉紗の捜索を歩美に頼まれた、結衣と梨沙の二人。
「町の南側…つっても、これだけ広範囲じゃあねぇ…」
二人は、恭子と亜莉紗が捜索していたと思われる、町の南側にやってきた。
「何の手掛かりも無しに探すとなったら、日が暮れる所か、日付が変わると思いますよ」
「間違いないや…。何か手掛かりを探そう」
「と言っても、どこで何をどうやって探すんです?」
「そうさね…。こんなのはどうかな?」
結衣はそう言って、遠くに見える大きな隔壁を指差した。
「あいつら二人はあの隔壁を登ってきたワケだ。正確な位置まではわからないけど、出発前の作戦会議では確か南東部から侵入すると言っていたから、あの辺りで大体は合ってるハズ」
「その推測が何の役に立つんです?」
「二人の道筋を辿ってみるのさ。この町に侵入したあいつらは、まず何を見つけて、何をしたのか。一から追っていけば、二人に辿り着けると思う」
「なるほど…。じゃあまずは、隔壁の所に行ってみますか?」
「そうしようかね」
行き先が決まった二人は、移動を始めた。
道中、結衣が試しに、亜莉紗の無線機に連絡を入れてみる。
「…出ないか」
やはり応答は無く、結衣は溜め息をついた。
「やっぱり何かあったって事なんですかね…?」
「"着拒"される程嫌われる覚えはないからねぇ…。連絡が取れない状況に居るって事は確かだと思う」
「あの恭子さんが…。…やっぱり信じられませんよ」
「そりゃ私もさ。でも、応答しないのは事実なんだ」
「…そうですね」
しばらく歩き、二人は隔壁の元に到着した。
「こんな大層なモンを1日で設置するとは、自衛隊さんも中々やるもんだねぇ…」
壁のように隙間なく設置されている、30メートルはあると思われる隔壁をコンコンと叩きながら、感慨深げにそう呟く結衣。
「強度も問題無さそうですね。…それはさておき、どうするんです?」
「あれを見てよ」
「…?」
結衣が指差した方向を見る梨沙。
そこには、隔壁の天辺に引っ掛けられている、二つの引っ掛けフックが見えた。
「あれは…」
「二人が侵入に使った道具に間違いない。あいつらはあの場所に居て、そこからどこかに移動したワケだ」
「どこかとは?」
「捜索する価値があると思われる場所…。例えば…」
結衣は言葉を切り、フックがある場所からそう遠くない位置にある建物を指差した。
「病院…とかね」
その後、二人は結衣の推測が導き出した建物、病院へと向かう事に。
「結衣さん。何故病院なんです?」
「感染の拡大に利用された可能性があるんだ。病気で衰弱している人間は、ウィルスに感染しやすくなると思うし」
「なるほど…。だとしたら、感染の発祥地は複数あるという事になりますよね?」
「私の憶測が合っていればね。でも、あいつもそう考えたんじゃないかな。有り得ない考えでは無いからね」
「………」
結衣の横顔を、不思議そうに見つめる梨沙。
「…?どったの?梨沙ちゃん」
「結衣さんって、こんなにインテリなキャラだったっけって思って…」
「あー…。まぁ、見直してくれたなら嬉しいよ…」
二人は病院に到着した。
到着するなり、数体のゾンビが二人の前に現れる。
「こっちに時間は無いんだけど…。仕方ない、ちっとだけ相手をしてやりますか…」
指を鳴らす結衣と、ナイフを取り出す梨沙。
先陣を切って襲い掛かってきたゾンビを、結衣は右手で殴り付け、梨沙は首にナイフを突き刺して斬り裂く。
「(付近に居るのは…あと5体ね)」
後から襲ってきたゾンビの胸部にナイフを突き刺して身体を蹴り飛ばし、ナイフを抜いて敵の数を確認する梨沙。
しかし、結衣が、病院のロビーから次々とゾンビが出てきている事に気付いた。
「梨沙ちゃん。やっぱりここは下がるよ」
「え?」
「病院の中から湧いてる。これじゃあキリがない」
「でも、この建物を調べる必要があるのでは?」
「その件に関しては…」
言葉を切って、正面から襲い掛かってきたゾンビの頭を掴み、膝で顎を蹴り付けた後、梨沙の元へと向かう。
「安心して貰って構わないよ。確実なものを見つけた」
「確実なもの?」
梨沙が訊いたと同時に、お互いの背後にゾンビが忍び寄る。
二人は同時に位置を入れ替え、結衣は梨沙の、梨沙は結衣の背後のゾンビを、後ろ回し蹴りで沈めた。
「とりあえずついてきて。ここに居たらおちおち話もできやしない」
「了解です」
二人はその場を離れた。
結衣が見つけた確実なものとは、ゾンビの亡骸。
「この死体が確実なものとお考えで?二人以外の人間がやったという可能性もあるのでは?」
「それは無いと思うな。仕留め方は倒れ方からして、恐らく回し蹴り系統の技。このコンテナの凹み具合と付着してる血痕を見るに、相当大きな力で蹴り飛ばされたハズ。人間じゃ到底出せない程の大きな力でね」
「なるほど…。では、お二人はここに居ると?」
「ここに居るか、既に移動して別の場所に居るか…だね」
「そっか…もう居ない可能性だってあるんだ…」
「だとしたらまた手掛かりを探す必要があるから、ここに居てくれた方が助かるんだけど…」
そう言って、しばらく黙り込む結衣。
「…結衣さん?」
「…こんな事にも気付かなかったとはね」
「え?」
結衣は歩き出しながら、説明をする。
「もしもここに何も無くて、二人が既にここから移動したと仮定した場合、二人はどこに向かったと思う?」
「………」
「訊き方が悪かったね。二人は何を目的に移動先を選んだと思う?」
「それは勿論、津神麗子の手掛かり…じゃないんですか?」
「ご名答。私が思うに怪しいのは、感染の発祥地」
「発祥地…ですか。先程発祥地は複数あるという考えが出ましたけど、位置の特定となると、難しいのでは?」
「それがそうでもないんだな。発祥地にはゾンビの数が多いハズ。そこで梨沙ちゃん。大通りにゾンビの数が多いのは何故だと思う?」
「…発祥地から、大量のゾンビが流れてくるから?」
「その通り。つまり、大通りを調べてゾンビの数が多い場所を探せば、発祥地も見つかるってワケさ。悪くないでしょ?」
「…結衣さん、意外と頭良いんですね」
「"意外と"は余計!」
二人は大通りに出た。
「結衣さんの推測、どうやら合ってそうですね」
大通りに転がっているいくつかのゾンビの死体を見て、梨沙がそう言う。
「この死体を辿っていけば、あいつらの元に辿り着けそうだ。行くよ、梨沙ちゃん」
「はい」
大通りを移動し始める二人。
すぐに、数体のゾンビが、二人の行く手を阻んできた。
「邪魔だ!」
走って勢いをつけ、正面に居るゾンビを殴り付ける結衣。
左右からゾンビが迫ってきたが、一歩下がって二体の頭を掴み、お互いの頭を強くぶつけて仕留めた。
「遊んでる暇は無いんだけど…」
正面に居る三体のゾンビに向かって、ゆっくりと歩いていく梨沙。
間合いに到達した瞬間、梨沙は一瞬で三体の首を斬り裂き、同時に仕留めた。
「流石は梨沙ちゃん。もう玲奈よりも上手なんじゃない?」
「それは有り得ないですね。スピードも、技の精巧さも、全部が玲奈ちゃんの方が断然上ですよ」
「いや、胸は確実にキミの方が上だ」
「今はそういう話じゃないでしょう…?」
辺りに居るゾンビを殲滅した二人であったが、すぐに他のゾンビが集まってくる。
「全く…。これじゃあキリがねぇや…」
「本当ですね…。無視して突っ切った方が良いのでは?」
「暇な時間は無いし、そうしよう」
襲い掛かってくるゾンビを避けながら、大通りを駆け抜けていく二人。
すると道中、思わず足を止めてしまうものを見つけた。
「うぉっ、なんじゃこりゃ…」
胸部に大きな穴がぽっかりと空いている、"D-07タンク"という人型クリーチャーの亡骸。
その側には、心臓だったものと思われる肉の塊が落ちていた。
「一体…何をしたんですか…?」
「大方、心臓をもぎ取って潰しでもしたんでしょ…。恭子じゃやりかねないからね…」
「そうですね…」
その後、ゾンビの死体を辿り続けた二人は、大きな展望台が特徴である公園に到着した。
「急に死体が見当たらなくなりましたが…この付近にはゾンビが居ないんですかね?」
梨沙が辺りを見回しながら、そう呟く。
「ただの偶然…ってなワケでも無さそうだね。一度、歩美に報告しとっかな」
歩美に連絡を入れる結衣。
「…あれ?」
いくら操作しても、無線機は何の音も発さなかった。
「どうしたんですか?」
「私の無線機の調子が悪いんだ…。梨沙ちゃん、歩美に連絡して貰える?」
「あの人とはあまり話したくないんですけど…まぁいいですよ」
今度は梨沙が、歩美と連絡を取ろうとする。
「…?」
しかし、梨沙の無線機も、機能しなかった。
「結衣さん…。これって…」
「…いくらなんでも二人揃っていきなり故障なんて考えられない。恐らく、近くに電波を妨害する機械でもあるんでしょ」
「そんな事誰が…って、1人しか居ないか…」
「津神麗子…。となれば、二人もここに居る可能性が高い。急ごう」
走り出す二人。
その時、狼の遠吠えのようなものが、公園のどこかから聞こえてきた。
「今の…クリーチャーの鳴き声ですかね…?」
梨沙の質問に、結衣は何故か嬉しそうに笑いながら答える。
「いや、今のはクリーチャーのものではないハズだよ。むしろ、私達の仲間かな」
「…はい?」
「そういえば、キミは会った事無かったっけ」
「流石に人外の知り合いは居ませんよ…」
「会えばわかるよ。さ、行こうか」
「はぁ…」
二人は狼の鳴き声が聞こえてきた方向へと向かった。
しばらく進んだ末、二人が到着したのは、公園の中心に位置する芝生に覆われた広い運動場のような場所。
「居た居た。みんな揃ってるようで良かったよ」
そこに居たのは、恭子と亜莉紗と、一人の少女と一匹の狼。
周りには、大量のゾンビの死体が転がっていた。
「これは…どういう事なんですか…?」
予想外の光景を目の当たりにした梨沙は、苦笑を浮かべながら結衣に訊く。
「狼と一緒に居るあの女の子の名前は上条亜莉栖。亜莉紗の妹だよ」
「え、全然似てませんけど…」
「それは私も同意見。でも本当なんだよ?」
「へぇ…。一応訊いときますけど、敵じゃないんですよね?」
「勿論、頼りになる子達だよ」
「…結衣さんがそう言うなら、そうなんでしょうね」
二人は三人と一匹の元へと歩いていった。
「…あ、結衣」
やってきた結衣に気付き、彼女の名前を呼ぶ亜莉栖。
「おっす。元気そうだね、亜莉栖ちゃん。イヴ、お前も相変わらずみたいだな!」
結衣はそう言って、亜莉栖の側に居たイヴという名前の狼の喉元をくすぐるように撫でる。
イヴは嬉しそうに、尻尾を振っていた。
「本当に…狼なのね…」
イヴの姿を見て、少し困惑気味の梨沙。
そんな彼女の元に、亜莉栖がてくてくと歩いてやってくる。
「…誰?」
ゾンビの死体を目の当たりにしても一切動揺している様子がない、自分の妹よりも幼いように見える少女に突然話し掛けられ、梨沙は少しだけたじろいでしまう。
「え、え…?…あぁ、私は綾崎梨沙…」
「梨沙。上条亜莉栖。よろしく」
「え、えぇ…。よろしく…」
亜莉栖の顔を見つめる梨沙。
「…梨沙。どうしたの?」
「…あなた、何歳?」
「12」
「…は?」
「何か変?」
「いや…ごめんなさい…。あのね…突っ込み所がハッキリしすぎて、逆に言いづらいというか…」
「?」
「その…何で…こんな所に…?」
「お姉ちゃんを助けにきたの」
「…1人で?」
「違う。途中まで、他の人達と来た」
「他の人達…?」
「うん。えっとね…1人は…」
亜莉栖が話し始めようとしたが、それを遮るように、亜莉紗の悲鳴が聞こえてきた。
「な、何…?」
「恭子。起きた」
「寝てたの?」
「気絶してた」
「…気絶?」
「私もよくわからない。本人に訊いた方が早いと思う」
「そりゃそうね」
二人は、他の人達が居る所へと歩いていった。
「今の悲鳴は何です?」
梨沙が結衣に訊く。
「恭子が起きたんだよ。んで、亜莉紗が悲鳴を上げたと」
「…?」
「私が思うに、多分、暴走してたんだと思う」
「暴走?」
「んー…なんて言うか、死に際の底力っつーの?恭子はナイフが背中に刺さって、おかしくなったらしい」
「でも、彼女は生きてますよ?」
「途中で気を失ったらしい。本人も、今呆然としてる所」
「はぁ…」
一方で、先程首を絞めてきた、起きたばかりの恭子を、少し警戒気味に見る亜莉紗。
「恭子さん…私がわかります…?」
「………」
恭子は呆然としたまま、亜莉紗を見つめる。
しばらくすると、恭子の目が、じわりと涙でうるんだ。
「ごめんなさい…私、なんて酷い事を…」
「わぁぁ!泣かないでくださいよ!私なら大丈夫ですから…!」
「でも…」
その会話を聞いていた結衣が、何かに気付く。
「(恭子の口振りからすると、意識はあったって事だよな…?)」
「…結衣さん?」
梨沙が顔を覗き込んでくる。
「…ちょっと気になってね。歩美に訊けばわかりそうな事だけど」
「…?」
無線機を使おうとする結衣。
しかし、彼女は無線機が使えなくなっている事を思い出し、溜め息を吐いた。
「忘れてた…面倒臭ぇなぁ…」
「やっぱり場所なんでしょうか。私達の無線機が壊れてるんじゃなくて」
「一応、確認しとこうか」
結衣はそう言って、恭子と亜莉紗の元へ。
「亜莉紗、ちょっと良い?」
「どうしたの?」
「無線機、使える?」
「え?使えるけど…」
亜莉紗は自分の無線機を弄り始める。
すぐに、異常に気付いた。
「…あれ?おかしいな…」
「…恭子も?」
結衣に訊かれ、恭子も試す。
恭子は無線機を弄った後、静かに首を横に振った。
「結衣…?これどういう事…?」
「多分、電波を妨害する機械でもあるんでしょ。私達のも使えないからね。そんな偶然、あるワケ無いよ」
「妨害って、誰が…」
「一人しか居ないじゃない」
結衣はそう言って、ニヤリと笑った。
「…そう言えば、この公園の展望台に、津神麗子の姿を見ましたわよ」
恭子の言葉に、梨沙が驚く。
「津神麗子が…?」
「はい。遠目ではありましたが、間違いありませんわ」
「じゃあ、沢村さん達を呼ばないと…」
「どうするおつもりですか?」
恭子の問い掛けに、結衣が答える。
「一度、公園の外に出てみるよ。外なら無線機は使えるハズ」
「それでは、私達はここで見張っておきますわ。展望台から、津神麗子が逃げないようにね」
「それはありがてぇけど…恭子、お前大丈夫なの?」
「えぇ。もう大丈夫ですわ。身体が軽くなった気がします」
「…そっか」
結衣は安心したように微笑み、亜莉栖とイヴの元へ歩いていく。
「亜莉栖ちゃん。悪いんだけど、二人と一緒に居て貰っても良いかな?」
「…結衣は?」
「私はちょっと用事が出来ちゃってね。大丈夫、済ませたらすぐに戻ってくるよ」
「…わかった」
「ありがとね」
結衣は亜莉栖に微笑みかけた後、しゃがみこんで、彼女の足元で大人しく座っているイヴの喉元をくすぐる。
「よろしく頼むぞ。お前が主戦力なんだからな?」
イヴはくすぐったそうに目を細め、嬉しそうに尻尾を振った。
「結衣。連絡を取ったら、すぐに戻ってくるんだよね?」
亜莉紗が確認するように、そう訊いてくる。
「用事を済ませたらね。…場合によっちゃ、少し遅くなるかも」
「…え?」
「まぁ何とも言えないかな。とにかく行ってくる。お前達は休んでてよ」
「ちょ、ちょっと…!」
亜莉紗の制止を気にもせず、歩き出す結衣。
「えーと…行ってきます…ね」
結衣の意図はわからなかったが、梨沙も結衣を追って、その場を離れた。
公園の出口に向かっている際、しばらく二人の間に会話は無かったが、不意に、梨沙が口を開く。
「…結衣さん。教えてくださいよ」
「何を?」
「用事ってなんです?」
それを聞き、立ち止まって小さく笑う結衣。
「なんだその事か。てっきりわかってるかと思ってた」
「………」
「歩美に訊きたい事があるのさ。恭子の事についてね」
「峰岸さんの事…?」
「そ。彼女の身体に起きた暴走ってのが、一体どんなものなのか」
「それを訊いてどうするんです?」
梨沙にそう訊かれ、結衣は一瞬、黙り込んだ。
「…結衣さん?」
「…あいつを疑ってるワケじゃあない」
「え?」
「それでも、ハッキリさせておきたいんだ。恭子が、私達の知らない恭子になっちまうのかどうか…」
「ッ…」
「恭子の身体の細胞について一番詳しいのは、製作者である歩美に違いない。山の事は樵に聞け…ってね」
そう言って、再び歩き出す結衣。
「(私達の知らない恭子さん…か)」
少し遅れて、梨沙も歩き出した。
第6話 終