第5話
「感動の再会の最中に悪いのだけれど、先にここから脱出した方が良いと思わない?お二人さん」
再会を喜ぶ桜庭姉妹の2人にそう言ったのは歩美。
「脱出するって…どうやってですか?」
飛鳥が訊く。
「それは今から考えるわ」
「それならもう考えてあるよ」
そう言って歩美の元にやってきたのは、結衣であった。
「…どういう事?」
「私達が使った酸素ボンベがまだ使える。泳ぎが苦手だろうが、水流が2人を運んでくれるさ」
「そう…。それなら、あんた達に任せるわ」
「え?お前は?」
「2人の護衛に4人も要らないでしょうが。津神麗子の捜索に戻るわ」
「冷てぇ奴だなぁ…。最後まで一緒に居てやれよ」
「無意味だわ」
「あーあー…はいはいわかりましたよ…」
呆れた様子で溜め息を吐く結衣の元を離れ、歩美は茜の元へ向かう。
「あの人…怒ってるんですか…?」
少し怯えた様子の奈々が、結衣にそう訊く。
「怒ってる?何にだい?」
「私達が迷惑掛けちゃったから…」
それを聞き、結衣は笑って答えた。
「あはは。そんな事ないよ。あいつはいつもあんな感じだからね。別に怒ってるワケじゃないよ」
「そ、そうなんですか…」
「むしろ安心してるんじゃない?2人が無事に再会できた事にさ」
そこで、茜に遊ばれていた梨沙が、逃げるようにこちらに戻ってくる。
「おう梨沙ちゃん。楽しかったかい?」
「冗談じゃない最悪でした」
「真顔で即答かよ…」
すると、梨沙が戻ってきた少し後に、茜もやってきた。
「あら、妹ちゃんも中々可愛いじゃない」
「は、初め…まして…」
茜のぎらついた目に怯え、飛鳥の背中に隠れる奈々。
「まだ何もしてないのに隠れる事ないじゃない。ほら、こっちおいで?」
「ひっ…!お姉ちゃん…!あの人怖い…!」
涙目になっている奈々を見て、流石に苦笑を浮かべる茜。
「あらあら…。私、そんなに危ない人に見えるのかしら…?」
「鏡見ろよ」
「梨沙ちゃん今何か言った?もう一度言ってみて?その可愛いお口で…」
「うわぁ来るなぁッ!」
追いかけっこを始めた茜と梨沙を傍らに、飛鳥が離れた場所に居る歩美を見てそわそわしている事に、結衣が気付く。
結衣は、彼女の心中を察し、彼女にこう言った。
「行ってくれば?」
「…え?」
「歩美ん所。言いたい事があるんでしょ?」
「ど、どうしてそれを…」
「ふふ…。顔に書いてあるもの。大丈夫、あいつだって本当は一言話したいと思ってるハズだよ」
「そうなんですか…?」
「強情で素直じゃなくて、ガキみたいな性格だからね。ほら、早くしないと行っちゃうかもよ?」
「…行ってきます」
飛鳥は歩美の元へと、ゆっくりと歩き出した。
「あら?彼女、どうしたの?」
飛鳥の事に気付いた茜が、梨沙の捕獲を中断して結衣の元にやってくる。
「歩美に別れの挨拶をしたいそうです。よっぽど、嬉しかったんじゃないですか?」
「嬉しかった?」
「妹と再会させてくれた事。それ以前に、生きてる人間と出会えた事…かな?」
「実は、助けられたのは私達だったりするんだけど…。まぁ、他に生存者なんて居ないものね」
「えぇ。そんな中で出会えたんだから、感謝もしたくなるでしょう」
「吊り橋効果ってヤツね」
「…茜さん。何か勘違いしてます」
「うふふ…。それじゃ、私はもう行くわ。またね」
「はい。また…」
結衣の元を離れ、歩美の元へ戻っていく茜。
その際、奈々に微笑みかけて、手を振る。
「ばいばい。妹ちゃん」
「…ありがとうございました」
「ふふ…。お姉ちゃんと仲良くね?」
「…はい」
茜に笑顔を見せる奈々。
その笑顔を見た茜は、嬉しそうににこっと笑い、戻っていった。
その途中、別れの挨拶を済ませ、結衣達の元へと戻っていく飛鳥とすれ違う。
「ちゃんと、伝えられた?」
「…わかりません。でも、最後に話せて良かったです」
「ふふ…。そう…。それじゃ、元気でね」
「はい。ありがとうございました」
茜は歩美の元に、飛鳥は結衣達の元へと戻ってくる。
「済んだかい?」
飛鳥に訊く結衣。
「…はい。行きましょう」
そう言った飛鳥の表情に少し寂しさを感じ取った結衣は、歩き出さずに、両手を頭の後ろで組んだまま、歩美が居る方を顎でしゃくって見せる。
飛鳥は何も言わずに、そちらを見る。
すると、茜と何かを話していた彼女は、話し終えると少しだけこちらに顔を向けた。
「…!」
「手でも振ってやんなよ。きっと喜ぶからさ」
嬉しそうに笑いながら、飛鳥は結衣に言われた通り、右手を上げて大きく振って見せる。
それに応えるように、歩美は小さく手を挙げ、飛鳥に微笑み返した。
「沢村さん…」
背を向け去っていく歩美を見ながら、彼女の名前を呟く飛鳥。
その隣で、結衣も歩美の後ろ姿を見ながら、くすりと笑ってこう言う。
「ふふ…。歩美の奴、キミの事を気に入ったみたいだね」
「…え?」
「別れ際に振り返って手を振り返すような奴じゃないからね。正直、驚いた」
それを聞いて、頷く梨沙。
「確かに。あの人、気に入らない人に対しては鬼のような態度を取りますからね。鬼にも感情はあったんだ」
「お、今の本人の前で言ったら面白そうだね。おーい歩美ー!」
「私が悪かったです本当にすみませんでした」
「冗談だってば…」
2人と別れた一同は、下水処理施設へと向かった。
「あの…。お2人は本当に下水道から来たんですか…?」
施設に到着した所で、飛鳥が先頭を歩いている結衣にそう訊く。
「そうだよ。そんなに汚れちゃいなかったから、苦には思わなかったけどね」
笑って答える結衣。
「…どうしたの?」
梨沙が、そわそわしている奈々の様子に気付いた。
「えーと…その…泳ぐん…ですよね…?」
「えぇ。そこまで水は汚れちゃいないわ。安心しなさい」
「いや…そうじゃなくて…」
「…?」
「私、泳げないんです…」
恥ずかしそうにそう言った奈々に、梨沙は気の抜けたような笑いを浮かべる。
「あぁ、それなら大丈夫よ。水路の流れは町の外に向かってるの。例え寝ていようが、流されて到着するわ」
「寝ていようが…ですか?」
「少し大袈裟だったわね。でも、ほとんど泳ぐ必要が無いってのは間違ってないわ。それでも不安なら、お姉さんに手を繋いでおいて貰うのね」
「わかりました…」
不安を拭いきれない奈々。
梨沙は何とか、彼女を安心させようと思った。
「…大丈夫よ。この状況を生き延びて来れたあなたなら、もう大抵の事は為せるハズ。もっと自分に自信を持ちなさい」
梨沙の言葉を聞いた奈々は、嬉しそうに小さく笑う。
「…綾崎さん、優しいんですね」
「そう?」
「はい。とっても」
「…あなたと同じくらいの妹が居るの。もしかしたら、意識しない内にあなたと重ねてたのかもしれないわ」
「私を…ですか?」
「えぇ。もうちょっとやんちゃな子なんだけど、何となく似てる気もする」
「妹さんは、今どこに?」
「知り合いの所に預かって貰ってるわ。当然、こんな所に連れてくるワケにはいかないからね」
「そうなんですか…。私がこんな事言うのも変な話なんですけど…」
「?」
「絶対に、無事に妹さんの所に帰ってあげてくださいね?」
「…えぇ。勿論よ」
そこで、先頭を歩いていた結衣が、2人に呼び掛けた。
「お二人さん。そろそろ到着するよ」
「思ったよりも早いですね。こんなに近かったっけ」
「会話に夢中になってたらそう感じるもんさ。1人寂しく取り残された結衣さんは悠久な時の流れをひしひしと味わっていたよ」
「へぇ」
「………」
建物に入り、結衣と梨沙が武器を手に安全を確認する。
「異常無しってね」
「こっちも大丈夫そうです」
梨沙に誘導され、桜庭姉妹の2人も建物に入る。
結衣が先頭に、梨沙がしんがりに付き、目的地である排水エリアへと向かう。
一同の緊張とは裏腹に、敵は1体すらも現れなかった。
「こりゃ楽で良いや。出てきて貰っても困るけど」
「油断しないでくださいよ。いつ何が襲ってきても、おかしくは無いんですからね」
「わかってますよ。綾崎先生」
「………」
排水エリアにはすぐに到着し、一同は早速準備に取り掛かる。
「酸素ボンベはこれを使って。あと、ちょっとかさばるけど、このスーツも着てね。汚水に触れずに済むよ」
「ありがとうございます。…外にはどれくらいで着きますか?」
スーツを着用しながら、飛鳥が結衣に訊く。
「私達が来た時は30分くらいだったから…20分くらいで着くんじゃないかな?帰りは水流で流して貰えるし」
「20分…。奈々、大丈夫?」
「…うん。大丈夫だよ」
頷いた奈々の表情には、少々不安が見て取れる。
そんな奈々を安心させようと、結衣が微笑んでこう言った。
「ただ流されてれば良いだけだよ。スーツがあるから水にも直接は触れないし、怖い事なんて何もないさ」
「はい…。ありがとうございます…」
結衣の優しさに、照れ笑いのような笑みを浮かべる奈々。
「それじゃ、私達は行きます。本当に、ありがとうございました」
最後の別れの言葉を告げ、水の中に身体を入れる飛鳥。
「達者でね。縁があったらまた会おうじゃない」
結衣の言葉に、飛鳥は笑みを返す。
「綾崎さん」
まだ水の中に入っていない奈々が、出口を見張っている梨沙の元に行く。
「どうしたの?」
「これ…綾崎さんにあげます」
奈々がそう言って差し出した物は、彼女の宝物であるペンダントであった。
「これ…あなたの大切な物なんでしょ?私なんかが貰うワケには…」
「良いんです。気休めかもしれませんけど、御守りとして、持っていてほしくて」
「御守り?」
「はい。綾崎さんが、妹さんの所に無事に帰れますようにっていう願いを込めた御守りです」
「…ふふ。そう」
梨沙はペンダントを受け取り、それを自分の首に掛けた。
「そういう事なら、貰っておくわ。ありがとね」
「はい。…それでは、どうかお気をつけて」
「えぇ。また会いましょう」
奈々はにっこりと笑った後、梨沙の元を離れ、水の中に飛び込んだ。
結衣と梨沙は、水路を進んでいく桜庭姉妹の2人の姿を、見守るように目で追う。
2人の姿が見えなくなった所で、結衣が気の抜けたような溜め息を吐いた。
「行っちゃったねぇ…」
「………」
奈々から貰ったペンダントを手に取り、それを見つめる梨沙。
その様子に気付き、結衣が覗き込むようにそのペンダントを見に来る。
「さっき奈々ちゃんから何か貰ってたけど、もしかしてあの子のペンダントを貰ったの?」
「えぇ。御守りだそうです」
「御守り?どういう意味?」
「無病息災…かな?」
「普通…だね」
2人は建物を後にした。
外に出ると同時に、結衣の無線機が鳴り出す。
「はいはい」
『私よ』
歩美の声が聞こえ、苦い表情になる結衣。
「…頼み事なら、恭子に頼みな」
『へぇ。よくわかったわね、頼み事だって』
「第六感が効いた。…用件は?」
『あんたが用件をたらい回しにしようとした恭子と連絡が取れないのよ。心配だから、見てきなさい』
「…亜莉紗は?」
『取れていたのなら、こうしてあんたに連絡していないでしょうね』
「………」
何かを考え込んだ後、結衣はこう訊く。
「2人は今どこに居んの?」
『さぁね』
「…はぁ?」
『私が知るワケないでしょう。南側を探せば居るんじゃないの?』
「そんな無責任な…」
『頼んだわよ。…あぁそれと、一時間後に物資が届くわ。場所は届いてからまた連絡してあげる。それじゃあね』
一方的に通信を切られ、しばらく呆然とする結衣。
「沢村さんですか?」
梨沙が訊いてくる。
「恭子達と連絡が取れないらしい。どこに居るかわからないその2人を探してこいだとさ」
「お2人が…?何かトラブルにでも…?」
「それはわからない。でも、その可能性も十分に考えられる。とりあえず町の南側を探してみよう」
「了解です」
2人は町の南部へと向かった。
第5話 終