第6話
「なッ…!?」
予想だにしていなかった、背後からの葵の攻撃。
明美は自分の身体を貫いている刃身を見て、ただただ驚き狼狽していた。
「葵さんッ…!?」
一方その様子を離れた所から見ていた結衣も、明美と同じように葵の行動に動揺している。
「ごめんなさいね。でも、これで目的を果たせるわ」
「目…的…?」
「えぇ…」
頷き、明美の身体から刀を一気に引き抜く。
支えを失った人形のように崩れ落ち、明美は立ち上がれずに這いつくばったまま葵を見上げる。
葵の手には、先程までは明美の手の中にあったウイルスのサンプルが握られていた。
それを見て、またも喫驚する明美。
「あんたの目的は…津神を殺す事なんじゃ…!」
「津神を殺して、サンプルを奪う…これがホントの目的よ」
「な…何故…!?」
「うふふ…。あなたに教えるつもりは無いわ。またね」
葵がそう言った時、遠くからヘリコプターのプロペラの音が聞こえてきた。
その音は徐々に近付いてきて、一同の前に姿を現す。
ヘリコプターには、3文字の英語が書かれていた。
「PMC…?」
訝しげに読み上げる明美。
「ちょっと協力する事になってね…。悪く思わないで頂戴?」
一同が居る屋上に降りてきたそのヘリコプターに歩き出す葵。
「待ってくださいッ…!」
プロペラの音にも負けない結衣の怒声が、葵の耳に届いた。
「…まだやる気?」
「あなたを行かせるワケにはいかない…!」
その言葉を聞いた葵は、面白そうに笑って結衣に身体を向ける。
「へぇ…。それじゃ、試しに撃ってみれば?」
「ちっ…ハッタリじゃねぇぞ…!」
結衣は強く引き金を引いた。
銃声が鳴る。
ほぼ同時に、鋭い金属音が聞こえた。
「…は?」
思わず気の抜けた声が出てしまう結衣。
確かに照準は葵を捉えていたハズ。
「…どうする?まだやる?」
葵はいつの間にか抜いていた刀を愛しそうに見ながら、結衣にそう訊く。
結衣のリボルバーから射出された銃弾は、葵の刀によって真っ二つにされていた。
「マジ…かよ…」
信じられない芸当を見せられた結衣は、その場にへたり込んでしまう。
「うふふ…。また会いましょうね、結衣ちゃん…」
葵はそう言って刀を納刀し、ヘリコプターの元へ。
彼女がヘリコプターに乗り込もうとしたその時、彼女の頬を1発の銃弾がかすめた。
諦めの悪い子だ、と思いながら、忌々しそうに振り返る葵。
しかし、銃を構えて立っていたのは、結衣ではなかった。
「姉さん…」
発砲したのは、気絶させたハズの茜であった。
「茜…。起きてたのね…」
「どういう事か…説明してもらおうじゃない…」
「それはできないわね」
葵は鼻で笑って即答する。
「…どうして?」
「………」
茜の声が震えている事に気付き、それと同時に彼女の涙に気付いた葵は顔から笑みを消した。
「力が…人間である事を捨ててまで、力が欲しいからなの…?」
「あなたには関係ないわ。茜」
葵の一言に続き、茜の銃の銃口が光り、銃声が響き渡る。
葵の左腕に、衝撃が走った。
「ッ…!」
「私は本気よ。姉さん。だから…答えなさい…!」
その時、茜の銃からではない、別の銃声が鳴る。
その銃声の銃弾は、茜の銃を撃ち落とした。
「いけない子ねぇ…。実のお姉さんの腕を撃つなんて…」
そう言って、ヘリコプターから1人の女性が銃を構えながら降りてくる。
「あんた…確か…」
「初めまして…だったかしら?神崎茜ちゃん」
現れたのは、雪平彩という女性。
彼女は過去に起きた騒動で共に戦った仲であり、梨沙の師でもある人物であった。
「…もういいわ、彩。行くわよ」
葵が彩の銃を手で押さえつけるように下ろさせた後、ヘリコプターに乗り込む。
「ふふ…。なるほど。やっぱり妹思いね」
「うるさい。…早く乗りなさい」
「はいはい…」
くすくすと笑って茜を再び一目見た後、彩も葵に続いてヘリコプターに乗る。
2人を乗せたヘリコプターは、ゆっくりと屋上から離陸していく。
その際に、窓からこちらの様子を見下ろしていた葵を、茜は一瞬たりとも目をそらさずに見つめていた。
怒りと、哀しみに満ちた眼光で、睨み付けていた。
ヘリコプターが去った後、その場にしばらくの間静寂が訪れる。
まるで嵐が去った後のように静かであった。
「ふざけたマネを…」
そう呟きながら、明美が辛そうに立ち上がる。
「大丈夫か?明美」
結衣が駆け付け、彼女に肩を貸すが、明美は強がってそっぽを向く。
「…余計なお世話よ」
「そうかい…」
呆れたような苦笑を浮かべる結衣。
そして、ヘリコプターが消えていった方向を見て呆然としている茜の元へと歩いていった。
「…茜さん」
「何を考えているのかしらね…」
「え?」
「私にはもうわからないわ。姉さんの事が。今までなんだかんだ言っても、わかってるつもりでいたけど。もう流石にお手上げだわ」
寂しそうに、力無く笑う茜。
すると、少し離れた場所から、声が聞こえてきた。
「まずはあの組織について、知る必要がありそうね」
声の方向を見る2人。
そこには声の主である歩美と、上条姉妹、梨沙の4人が立っていた。
「PMCとか書いてあったわね。奴らのヘリ」
こちらにやってきた明美が、ヘリコプターに書かれていた文字を思い出しながらそう言う。
「噂は聞いた事があるわ。つい最近できた組織だけれど」
「詳しく教えて頂戴」
歩美に迫るようにそう訊いたのは、茜であった。
「落ち着きなさい。今は他にやるべきことがあるわ。話は全て終わってからよ」
「やるべきこと?」
訊き返したのは結衣。
「紗也香に連絡してヘリを呼んであるわ。津神が死んだ今、もうこの町に居る必要は無いでしょう。怪我人だっているワケだし、先に脱出するわよ」
歩美の言葉とほぼ同時に、ヘリコプターのプロペラの音が聞こえてくる。
「…ご苦労だったわね。最良の結果とは言えないけれど、津神の事は片付いた。感謝するわ」
珍しい歩美の労いの言葉。
しかし一同の中に、喜ぶ者は1人すらも居なかった。
海上都市、第二東京ポートタウンを襲った、多くの犠牲者を出したバイオテロ。
その終焉の朝、空は雲1つ無い皮肉なまでの快晴であった。
第6話 終