第4話
麗子と対峙しているのは結衣と明美、そして彼女の部下であった深雪と雲雀の合計4人。
一番先に仕掛けたのは、雲雀であった。
「覚悟しろッ…!」
少し前までは親のような存在とも言えた麗子に殴りかかる雲雀。
結衣、明美の2人は様子を見ていたが、深雪はスナイパーライフルの照準を麗子に合わせ、雲雀の援護に入る。
麗子は向けられた深雪のスナイパーライフルの銃口を見ながら、雲雀の攻撃を片手で受け止め、もう片方の手で彼女の首を掴み、彼女の身体を乱暴に投げ捨てる。
それとほぼ同時に深雪が引き金を引き、銃弾が麗子の眉間に射出される。
当然のようにその銃弾を避け、恐ろしいスピードで深雪に接近する麗子。
そのスピードを深雪は捉える事ができず、1発も撃てずに接近を許してしまう。
麗子が深雪の首に手を伸ばしたその時、結衣が荒々しい前蹴りを放ちながら割り込んだ。
麗子は素早く反応し、後ろに下がって蹴りを避け、結衣に身体を向けて構える。
それを受け、結衣は自ら攻めに行く。
初手の左ストレートは容易に捌かれる。
次に至近距離による鳩尾を狙った右膝。
左手で受け止められ、体勢が崩れてしまう。
結衣はそれを予測していたらしく、一切動揺せずに素早くリボルバーを取り出して麗子の顎に突き付け、引き金を引いた。
銃弾が射出される寸前で麗子が結衣のリボルバーを右手で弾いた事により、銃弾は麗子を逸れて虚空へと消えていく。
知ってはいてもやはりその異常なまでの反射神経には動揺を隠せず、結衣は次の動きが遅れてしまう。
しかし、結衣の攻勢を明美が引き継いだ。
背後から接近し、リボルバーのグリップの部分で麗子の首元を強打する。
その攻撃は命中したものの、大したダメージは与えられていない。
麗子は結衣を突き飛ばして距離を離し、明美の方に身体を向ける。
明美は既にリボルバーを構えており、引き金を引く寸前であった。
連続の奇襲によって流石の麗子も反応が遅れ、明美のリボルバーから射出された銃弾は麗子の左目の少し下辺りを貫いた。
大きくよろめく麗子。
更に、少し離れた場所に居る深雪の銃撃が襲う。
麗子は銃撃に気付く事すらできず、心臓を撃ち抜かれる。
間髪入れずに、雲雀が接近して鳩尾を殴り付ける。
そしてトドメは、結衣と明美が同時に放った前蹴りであった。
3メートル程蹴り飛ばされ、力無く倒れる麗子。
ニヤリと笑みを浮かべる結衣。
手応えは充分にあった。
「痛いわねぇ…」
それでも麗子は、平然と立ち上がった。
一同はそれぞれ異なる表情を浮かべる。
「そんな…まだ…?」
彼女の生命力への恐怖による怯えが、深雪を支配する。
「ちっ…」
長引く決着に怒りを覚える雲雀。
「こりゃ参ったね…。まだ起き上がるか…」
勝利を確信していた結衣の勝ち誇っていたような笑みが、苦笑へと変わる。
「………」
唯一明美だけは無表情で、起き上がった傷だらけの麗子をじっと見つめていた。
そんな明美を見て、麗子は眉をひそめる。
「…あなたは、なんとも思わないのね」
「別に不思議な事でもないと思ってるわ。私だって、似たような存在だし」
「へぇ…。興味を持たないの?」
「何の事かしら」
訊き返された麗子は、先程明美に撃ち抜かれた箇所を指差しながら答える。
「この力の事よ。いくらあなたとは言え、ここまでダメージを負えば無事ではないハズよ」
麗子が指差しているその傷口は、見る見る内に塞がっている。
明美はそれを見て、鼻で笑ってこう答えた。
「興味はあるわ。だからあんたを殺すのよ」
「今からでも遅くないわ。あなたも葵と同じように…」
「裏切ってくれ…とでも?随分と弱気になってるわね。津神麗子」
明美は珍しく、楽しそうに笑い出した。
「悪い気分じゃないわ。あんたみたいな鼻持ちならない奴のそういう面を見るのは嫌いじゃないの」
「…そう」
麗子の表情がきっと引き締まる。
その場の空気が、一瞬にして重苦しいものになった。
その変化は明美以外の3人も気付き、彼女達は一歩下がって麗子の次の行動を警戒する。
麗子は隣同士で立っている深雪と雲雀に向かって、ゆっくりと歩き出した。
「遊びは終わりにしましょうか。まずはあなた達に退場してもらうわ」
そう言った麗子が浮かべた不気味な笑みに、2人は思わず気が引けてしまう。
麗子の血塗れになっている顔が、2人の恐怖心を更に煽った。
突き動かされるように、自ら接近する雲雀。
麗子に動きは無い。
雲雀は麗子の腹部に、全力のストレートを打ち込んだ。
その攻撃を、麗子は避ける事も受け止める事もしない。
紛う事なく、雲雀の攻撃は命中した。
「ふーん…。なるほどね…」
涼しい表情の、麗子の言葉。
次の瞬間、雲雀の身体は深雪の元まで飛ばされていた。
「な、なんだ…!?」
ずっと見ていたというのに、結衣には何が起きたのかを理解できない。
「(…中々ね)」
明美はそれを捉えていた。
麗子は人間の目では捉える事ができない程の速さで、雲雀の胸部を殴り付けていた。
光が一瞬煌めく、光芒一閃と言えるようなその攻撃は深雪にも見えず、彼女は更に動揺を大きくする。
雲雀はその一撃で完全に沈んでしまったらしく、再び起き上がる気配は無い。
麗子はゆっくりと深雪に歩み寄っていく。
「こ、来ないで…!来ないでッ…!」
完全に怯えてしまっている深雪の銃撃など当たるハズも無い。
深雪の前までやってきた麗子は彼女のスナイパーライフルを左手で上から押さえ付けるように下げさせ、にこっと笑う。
そして、右手で深雪の鳩尾を殴り付けた。
「ッぁ…」
声にならない嗚咽のような呻き声と共に、深雪の身体からすっと力が抜け、彼女は地面に崩れ落ちる。
麗子はどこか優しいような、不気味なその笑みを浮かべたまま結衣と明美に身体を向ける。
思わず恐怖を覚え、顔をしかめる結衣。
明美は相変わらずの無表情で腕を組んでいる。
「さて…あとはあなた達ね…」
「最初から本気を出さなかったのは何故?」
歩き出した麗子に、明美が腕を組んだまま訊く。
麗子は倒れている雲雀と深雪を見て答えた。
「この子達がどれだけ強くなれたか…それがちょっと気になってね…」
「まるで親のようね」
「親…か」
麗子はそう呟いて、足を止めた。
「確かにこの子達の事を、娘のように思っていたのかもしれないわね」
「それにしては散々な使い方だったそうじゃない」
「勿論。彼女達は私の部下、僕だもの。使えないなら殺すし、裏切るならお仕置きをするのは当然でしょう?」
そう言われ、明美は鼻で笑って見せる。
「…ま、否定はしないけど」
「否定しろよ…」
思わずつっこむ結衣。
「そんな風に恐怖心だけで仲間を従わせて良いのかよ?もっとこう…信頼だとか…」
「愛されるより恐れられよ。この言葉知ってる?」
「なんじゃそりゃ」
「マキャベリの言葉ね」
そう答えたのは麗子であった。
「よく知ってるわね」
「良い言葉よね。私も好きよ」
「そう…」
くすりと笑う麗子と、つまらなさそうに鼻で笑う明美。
「なぁ明美…。マキャベリって誰…?」
「ググりなさい」
「あぁ…うん…」
会話が終わり、ゆっくりと歩いていた麗子が突然滑り込むように2人に接近する。
近距離戦では銃は不利だと判断し、2人は銃をしまって身構える。
麗子は始めに結衣を狙い、彼女に殴りかかる。
結衣は麗子の攻撃を両手で捌き、反撃をせずに様子を見る。
続けて、大振りな後ろ回し蹴りを右足で放つ麗子。
その蹴りをしゃがんで避け、低い姿勢のまま腹部にストレートを放つ結衣。
結衣の重いそのストレートは見事に決まったものの、麗子は怯みもしない。
恐ろしい耐久力に動揺した結衣は緊張の糸が解れてしまい、次に麗子が放った膝蹴りを顔面に喰らってしまう。
その一撃で顔の感覚が無くなり、結衣は派手に転倒する。
「(いってぇ…。鼻無くなってないよな…?)」
じんじんと痛む自分の顔を手で触る結衣。
触れた手が血塗れになったのを見て、結衣は苦笑を浮かべた。
「やべ…」
「酷い顔ね、結衣。鼻血拭いて出直してきなさい」
辛辣にそう言ったのは、共闘している明美。
「ひでぇ言い方だなぁ…。大丈夫かの一言ぐらい言ってくれよ」
「大丈夫なんでしょう?」
「まぁね」
結衣は切れた口から出てきた血を地面に吐き捨て、再び麗子に向き直る。
「さぁ、第二ラウンドと行こうぜ。麗子さんよ」
「ふーん。ほんとにしぶといわね、あなた」
「誉め言葉として受け取っておこうか」
「うふふ…。そうして頂戴」
今度は結衣が麗子に接近する。
先程渾身のストレートを耐えきられた事が頭によぎりはしたものの、結衣は臆せず麗子に攻撃を仕掛ける。
顔面を狙った右ストレート。
捌かれ、次に左フック。
それも捌かれ、流れるように右後ろ回し蹴り。
避けられたが、今度は彼女の左腕に掴みかかる。
そして一本背負いを決め、倒れた麗子の脇腹に蹴りを入れた。
疲労が溜まっている身体で決めたその連撃は、結衣の身体を限界にまで疲労させる。
しかし、麗子は涼しい顔で立ち上がり、結衣を見てニヤリと笑った。
「良い攻撃だったわ。流石ね、結衣ちゃん」
「…マジかよ」
結衣の苦笑。
「見てられないわね」
明美が一歩前に出ながら、そう言った。
「…明美?」
「後は私がやるわ。あんたは鼻血でも拭いてなさい」
「鼻血は拭いただろ」
「まだ出てるわよ」
「マジで?」
歩いてくる明美を見て、麗子は嬉しそうに笑い出す。
「真打ちのお出ましね。待ってたわよ」
「言ってなさい…。その顔、今に歪ませてやるわ」
「それは楽しみだわ…」
くすくすと笑っている麗子に、明美は走って接近する。
走行の勢いを殺さず、そのまま麗子の鳩尾に掌底を放つ。
その攻撃を、麗子は両手で受け止める。
結衣とは異なる人外の力に少し怯んだが耐え切り、突き放すように彼女の手を離す。
明美はふっと静かに笑い、次の攻撃を仕掛ける。
左後ろ回し蹴り、右回し蹴り、右後ろ回し蹴りと流れるように繋げる。
麗子は最初の2つは後ろに下がって避け、最後の1発は片手で受け止める。
絶大な威力に思わず顔をしかめたが、麗子はその攻撃を止め、左足で明美の腹部を蹴りつけた。
右後ろ回し蹴りを止められた事に動揺していた明美はその攻撃を避けられない。
喰らいはしたが、明美は倒れずに耐えて見せた。
「…なるほど。ますますその力に興味が湧いたわ」
「それは結構…」
明美は一度距離を離したが、麗子がすぐに詰めてくる。
「(どうしたものか…)」
明美は苦笑を浮かべ、身構えた。
第4話 終