第3話
「綾崎」
麗子の正面に向かい合っている雲雀が、後からやってきた梨沙に呼び掛ける。
「ここは私達がやる。怪我人のお前は下がっていろ」
「でも…」
「彼女の言う通りだ」
雲雀に結衣も賛同する。
「奴は私達がやる。キミは亜莉紗達と一緒に居な」
「………」
結衣の隣に居る明美も、"足手纒いだ"と言わんばかりの冷たい視線を送っている。
梨沙は無力な自分に悔しさを覚えたが、仲間の足を引っ張る真似はしたくないと思い、渋々と戻っていく。
あまりの悔しさに、彼女は涙を浮かべていた。
「(弱い…。私って本当に…)」
「梨沙ちゃん」
正面から名前を呼ばれ、梨沙は顔を上げる。
そこには亜莉紗が居た。
「亜莉紗さん…」
「キミが思ってる事、私には何となくわかる」
「え…?」
歩きづらそうな梨沙に肩を貸し、亜莉紗は彼女と共に亜莉栖の元へと戻っていく。
「私自身、戦う事は得意じゃないからね。大体いつも、引目を感じてる」
「………」
「でもさ、戦う事だけが全てじゃないと思うんだ。私はそう思って、戦闘以外の面で役に立てるよう努力してるの」
亜莉紗の話を、梨沙は黙って歩きながら聞き続ける。
「梨沙ちゃんって真面目だから、深く考えすぎなんだよ。もっと気楽に行ったらどうかな?」
「でも…役に立てなかったらここに居る意味が…結衣さんの隣に居る意味が無いです…」
「うーん…」
亜莉栖が居るエレベーターの前まで到着した亜莉紗は、梨沙を壁際にゆっくりと下ろす。
「ちょっと厳しい言い方かもしれないけど、確かにそれは梨沙ちゃんの言う通りかもしれない」
「………」
「そこで、さっきも言ったけど、自分なりに役立つ事を考えてみなよ。きっと何かあるハズ」
梨沙の表情は変わらない。
「…大丈夫。ほら、私みたいな人間だって、恭子さんの側に居られるんだから」
亜莉紗は苦笑を浮かべた。
「確かに。お姉ちゃんが恭子と組んでる事が一番不思議」
2人の会話を聞いていた亜莉栖が呟く。
「弱いし、臆病だし、弱いし」
「亜莉栖…弱いは1回で良いんだよ…?」
「二度言う事による強調」
「そうですか…」
そんな上条姉妹の2人を見て、梨沙はくすりと笑う。
「ありがとう…」
梨沙のその一言に、上条姉妹の2人は嬉しそうに顔を見合わせた。
一方、穏やかな空気なのは上記の3人だけであり、他の一同は全員が殺気立っている。
麗子と対峙している結衣、明美、雲雀、深雪の4人は特に著しく気を立てている。
そんな中、葵と対峙している恭子、歩美、茜の3人は、別の感情に苛まれていた。
驚き、そして哀しみ。
3人全員が葵の裏切りに動揺していたが、その中でもやはり、葵の実の妹である茜には特に著しい動揺が見て取れた。
「どういう事…なの…?どうして…2人と戦ってるのよ…?」
茜の声は震えている。
彼女は信じる事ができない。
できる事なら、信じたくない事実。
しかしその事実は、葵自らが証明した。
「私があなた達の敵だからよ、茜。津神麗子に手を貸す事にしたの」
「ッ…!」
言葉を失う茜。
葵は更に彼女を追い込むように話を続ける。
「あなたの推測、実は当たってたのよ。全部ね」
「本当にウイルスに魅了されたと言うの…?」
歩美が怪訝そうに訊く。
「えぇ。はっきり言って、人間の身体には限界を感じたのよ。技術的な面はまだしも、私がどんなに努力をしたって、恭子や津神には根本的な部分で劣ってしまうわ」
「…人間である事を捨てるおつもりで?」
恭子の言葉に、葵は意味深な笑みを浮かべる。
そしてその意味を口にした。
「あなたと同じようにね…」
葵は刀を抜き、切っ先を茜に向ける。
「お喋りはお仕舞いよ。纏めて相手してあげるから、かかってきなさい」
「待って…!」
「待たないわ」
葵は問答無用で茜に斬りかかる。
大振りなその一振りは容易に回避できたものの、茜に反撃の意気は湧き出てこない。
「止めて…!私は姉さんと戦いたくなんかないわ…!」
「甘えた事を言わないで頂戴。余裕をかましてると腕を斬り落とすわよ」
「ッ…!」
再び、刀を振り上げる葵。
振り下ろされたその刀は、割り込むように恭子が片手で掴んで止めた。
「いい加減にしなさい。自分が何を言っているのか理解していらっしゃるの?」
素手で、それも親指と人差し指だけで挟むように軽々と受け止められ、流石の葵も一瞬怯んでしまう。
しかし、恭子の能力を考えればそこまで不思議な事ではない。
葵は静かに笑って見せた。
「流石ね」
恭子の腹部に、前蹴りを放つ葵。
掴んでいた刀を離し、その蹴りを横に避ける。
葵の刀が横に振られ、鋭い刃身が恭子の首を狙ったが、彼女は後ろに下がって回避する。
次に葵が恭子に向かって踏み込んだその時、背後から彼女の頭部に歩美の回し蹴りが放たれた。
それを気配で察知し、頭を少し下げて蹴りを避け、振り向き様に刀を振る。
素早いその攻撃を何とか避けたものの、少し反応が遅れ、歩美の服の右肩の部分が斬り裂かれる。
ニヤリと笑う葵。
「良い反応だわ」
「………」
見もせずに背後からの回し蹴りを避けた葵にそう言われても皮肉にしか聞こえず、歩美の表情は変わらず厳しいもののまま。
その矢先、今度は恭子が葵の背後から襲い掛かる。
「…甘いわ」
そう呟いて、刀を後ろに突き刺す。
またも見もせずに放たれたその攻撃は、恭子の腹部に命中した。
「ッ…!」
刀が腹部に突き刺さり、表情が歪む恭子。
葵は背を向けたまま刀を恭子の腹部から抜き、振り返って彼女の身体を蹴り飛ばす。
歩美に再び向けられた、葵の背中。
チャンスであるにもかかわらず、歩美は動く事ができなかった。
背中にも目がついているのではないかと思わせる程の葵の第六感が、歩美の身体を恐怖で支配していた。
倒れた恭子に歩み寄り、葵はトドメを刺そうと刀を振り上げる。
その時、1発の銃声が鳴り響いた。
その銃声による銃弾は葵の頬にかすり傷をつけた後、壁に命中して砕け散る。
葵は頬のかすり傷を手で拭った後、茜に顔を向けた。
彼女が構えている銃からは、硝煙が立ち上っている。
言わずもがな、葵に銃口を向けて引き金を引いたのは茜であった。
「やっとやる気になったのね…」
「これが最後よ…。もう…止めて…」
茜は涙声になっている。
葵は茜をしばらくじっと見つめた後、ゆっくりと刀を鞘に納めた。
そして、茜の元へと歩いていく。
「姉…さん…?」
茜は葵の表情に、喫驚を隠せない。
彼女は、哀しそうな表情であった。
そしてその表情のまま、葵は右手で茜の腹部に重い突きを入れる。
「ぅッ…!?」
茜は声にならない呻き声を上げ、葵にもたれかかるように倒れる。
その身体を優しく受け止める葵。
そして、茜の耳元で囁くようにこう言った。
「ごめんね…」
その言葉を最後に、茜は意識を失った。
もぬけの殻のようになってしまった茜の身体をそっとその場に寝かし、葵は再び歩美と恭子の元へと戻っていく。
「待たせたわね。それじゃあ、続きをやりましょうか」
「………」
その時、葵を見ていた歩美が、不意に違和感を覚える。
それは恭子も同じであったようで、2人は何も言わずに目を合わせた。
「(恭子も察してるみたいね…。でも…)」
「(確信はありませんわ…。この違和感を鵜呑みにする事はリスクが高過ぎます…)」
2人が迷っている間にも、葵は歩み寄ってくる。
「どうしたのよ。来ないのなら、私から行くわよ」
葵はそう言って、刀を抜かずに2人に接近した。
第3話 終