第9話
ランナーの大群を退け、再び結衣達が居ると思われる展望台がある公園へと向かう歩美と茜。
ランナーと交戦した建物を出て、一切会話をせずに無言で歩き続ける二人。
それというのも、歩美が先程の包帯を顔に巻いた人物について考え込んでいるからであった。
「(間違いない…とは思うけれど…だとしたら何故ここに…?)」
「ねぇ…歩美…」
沈黙に耐えかねた茜が、前を歩く彼女に呼び掛ける。
「…何?」
「さっきの包帯の人、誰なのよ?心当たりがあるみたいだけど」
「…さぁね」
「さぁね…って、教えてくれても良いじゃないの」
「わからないわ。…とにかく、今は結衣達が居る公園に向かうわよ」
「もう向かってるわよ」
「うるさい」
ゾンビとの遭遇をなるべく避ける為、裏道を選んで進む二人。
その道選びが功を奏したのか、公園まであと僅かという地点に到着した時点で、一度も敵とは遭遇しなかった。
「そろそろ着くわね」
「…あの展望台がある場所かしら?」
「えぇ。あそこに、結衣達が居るハズよ」
その時、歩美が何かを見つけ、足を止める。
「…?どうしたのよ?」
「………」
答えずに、その見つけた何かの元へと歩いていく歩美。
それは、イベント会場を捜索している際にも見かけた、上半身が無くなっているゾンビの死体であった。
その死体の綺麗な切断面を見た茜が、眉をひそめる。
「これは…」
「…あんたこそ、この死体に心当たりがあるんじゃないのかしら?」
歩美にそう訊かれ、茜は黙り込んだ。
「何とか言いなさいよ」
「…あり得ないわ。姉さんがここに居るって言うの?」
茜は目の前にあるゾンビの死体を見て、これが自分の実の姉である女性、神崎葵の仕業だと考えた。
「訊いてるのは私なのだけれど」
「………」
再び、黙り込む茜。
歩美はしばらく茜の横顔を見つめていたが、彼女が何も言いそうにないと判断すると、死体がある道路の先に視線を移し、その先を見渡す。
そして、その先にあったもう一つの死体を見て、包帯の人物を思い浮かべた。
「(明美…)」
歩美の実の妹、沢村明美。
今回の騒動とは何の関係も無い、神崎葵と沢村明美の二人。
しかし、二人がこの町に居るという事は、歩美と茜の前にあるゾンビの死体が物語っていた。
「歩美。ゾンビの死体、この先に続いてるみたいよ?」
「あなたが言いたい事はわかるわ。でも、先に結衣達の様子を見に行くわよ。…恭子の身体が気になるわ」
「…わかった。行きましょう」
二人は死体の元から離れ、再び公園への道のりを歩き出した。
その後の道中、いくつかの死体は見かけたものの、ゾンビに襲われるような事はなく、二人は目的地である公園に到着した。
「さて…とりあえず、展望台に向かってみましょう。津神麗子が気になるわ」
「恭子ちゃんは?」
「多分、そこに居るハズよ。展望台に津神麗子を見たと言う情報は、彼女からのものだからね」
「なるほど」
公園の中を進み、展望台の手前にある広い芝生エリアへと足を踏み入れる二人。
そこで、恭子と亜莉紗の姿を見つけた。
「二人共、無事みたいね」
歩美の声に、振り返る二人。
「沢村さん…?」
驚いている恭子に、歩美が説明をする。
「結衣からこっちの状況を聞いたのよ。それで、気になって見に来たってワケ」
「そうでしたか…。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「良いのよ。さて、単刀直入に訊かせてもらうわ。まず…」
歩美と恭子が話を始めたその傍らで、茜は亜莉紗に話し掛ける。
「こんにちは、亜莉紗ちゃん。…あら?その腕どうしたの?」
「ちょっと怪我しちゃって…。でも大丈夫です。痛みはあるけど、動かせないとかって程じゃないんで」
「怪我って…咬まれた…とかじゃ無いわよね…?」
「銃創ですよ。ちょっと前に、津神麗子の部下の子と交戦して、その時に。…と言っても、直撃はしてませんけどね」
「そう…。それなら良かったわ。お大事にね」
「はい。ありがとうございます」
「ところで…」
亜莉紗の腕の傷から、彼女の髪型に視線を移す茜。
「下ろしてる姿しか見た事無かったけど、縛って纏めてある金髪も中々似合ってるわね」
「そうですか?たまにはいいかなって思ってこうしてみたんですけど…そう言って貰えると嬉しいです」
「えぇ。とっても素敵よ。それに、いつものその服装もやっぱり可愛いわ。全体的に黒が多めでありながら、所々に可愛い装飾がしてあるから、地味なイメージを上手く払拭してるのよね。どことなくセーラー服を思わせるような可憐なデザインもポイントね」
「え…あ、ありがとう…ございます…」
「そして何よりそのスカートね。極端なまでに短いワケではないけど、戦闘にスカートと言う大胆にして奇抜な…いえ、プログレッシブな組み合わせを実現しつつ膝よりも上という極めて基本的であり守られるべきルール…いえ、ジャスティスを踏襲している。勿論、これは中々できる事では無いの。素晴らしいの一言に尽きるわ」
「…???」
茜の謎の解説に、ひたすら困惑する亜莉紗。
その時、恭子と話している歩美の声が耳に入り、茜は亜莉紗にこう訊いた。
「…恭子ちゃん。大丈夫なの?」
「え?…あ、恭子さんですか?まぁ…何て言うか…」
いきなり真面目な話に戻ったので、またも困惑してしまった亜莉紗であったが、上手く頭を切り替え、質問に答える。
「本人いわく、大丈夫との事ですが…私には何とも言えません…。でも、あの時以降は何ともなさそうだし、特に問題は無いのかなとも思えますね」
「そう…。いきなり歩美から、恭子ちゃんが殺されかけたって聞かされた時には何事かと思ったけど、無事みたいで良かったわ」
「実際、本当に危ない所でしたけどね…。あの子が来てくれなかったら今頃…」
「…あの子って、結衣ちゃんの事?」
「いえ、違います。…私も驚きましたが、助けてくれたのは、私の妹なんです」
亜莉紗の言葉を聞き、思わず耳を疑う茜。
「妹…?それってまさか、亜莉栖ちゃんの事…!?」
亜莉紗の話に出た彼女の妹、上条亜莉栖は、まだ12歳の幼い少女。
当然茜は、そんな少女がこの町に居ると言う話を信じる事などできなかった。
「亜莉紗ちゃん…冗談にしてはあまり面白く無いわ…」
「まぁそうなりますよね…。でも本当なんですよ…。どうやって来たのか訊いたら、"壁を壊した"と言っていたので、隔壁を破壊する事ができる装備を持っている人物と一緒に来たみたいです。それが誰なのかはわかりませんが…」
「そんな装備を持ってる人物…軍人ぐらいしか考えられないけど…」
「それも考えづらいですよね。警察や自衛隊が、12歳の少女を隔壁の中に案内するワケが無いし…」
「気になるわね…。亜莉栖ちゃんは、今どこに?」
「展望台の中に居ます。私と恭子さんが交戦していた間、隠れさせておいたんです。そろそろ来ると思うんですけど…」
しばらくすると展望台から、件の少女である上条亜莉栖と、彼女のペットのような存在である狼、イヴが現れた。
そしてその後ろには、見知らぬ銀髪の少女が1人。
「上条亜莉栖…?どうして彼女が居るのよ?」
亜莉栖を見て驚き、彼女の姉である亜莉紗に詰め寄る歩美。
「わ、私もわからないんですよ…。ここで気を失って、目を覚ましたら目の前に居て…」
「わからない…?あなたが連れてきたんじゃ…」
「亜莉栖ちゃーん!!」
まだ話をしている途中であった歩美を押し退け、亜莉栖の元へ駆け寄り、突然彼女に抱き付く茜。
「相変わらず可愛いわ亜莉栖ちゃん!天使とはあなたの事よ亜莉栖ちゃん!」
「茜…苦しい…」
「いやーん絶対離さないんだからー!」
そんな茜を後ろからひっぱたこうとする歩美であったが、少し離れた場所に居る銀髪の少女の存在に気付き、茜を無視して歩き出す。
そして銃を取り出し、突然、銀髪の少女に銃口を向けた。
「津神麗子の仲間ね」
「…沢村歩美か」
銃を向けられても一切動揺するような様子を見せない銀髪の少女は、歩美を睨み付けるように見た。
「私の事はどうでも良いわ。質問に答えなさい。さもないと頭に風穴開けるわよ」
「良いよ。好きにして」
「良い度胸ね」
歩美がニヤリと笑って銃の撃鉄を指で起こして威圧した所で、亜莉紗が二人の間に割り込む。
「ま、待ってください!彼女はもう敵じゃないんです!」
「…どういう事かしら」
「確かにこの子…幾島深雪は、津神麗子の仲間でした。ですが、もう縁を切ったんです」
「そんな話を信じろと?」
「ほ、本当なんですよ…!お願いですから銃を下ろしてください!」
「………」
懇願する亜莉紗を一目見た後、歩美は深雪と言う名前の銀髪の少女に視線を戻す。
そして、銃を下ろさず彼女に向けたまま、こう訊いた。
「津神麗子の居場所を教えなさい。そしたら信じてあげるわ」
「別にあんたに信じて貰わなくても良いし」
「…さっきから気に入らない態度ね」
「わぁーッ!待って待って!」
亜莉紗は慌てた様子で、深雪を引っ張って少し離れた場所に行く。
そして、歩美には聞こえないように小さな声で話し始めた。
「幾島さん…ここはとりあえず従ってくれないかな…?あの人怒ると恐いしさ…」
「嫌だ」
「な、なんで…?」
「…なんかムカつくから」
「それだけッ!?」
深雪を説得しようと試みる亜莉紗。
しかし、待ってなどいられない歩美が二人の元に来た事で、亜莉紗の説得は失敗に終わった。
「もう一度訊くわ。津神麗子の居場所を教えなさい」
「知らない」
「…これが最後よ。津神麗子はどこに居るの?」
「知らないって言ってるでしょ。撃ちたきゃ撃てば良い」
「このッ…!」
「はいそこまでー」
歩美の銃を強引に下ろさせたのは、いつの間にか彼女の背後に立っていた茜であった。
「彼女、知らないって言ってるじゃない。いくら脅しても意味なんか無いと思うけど?」
「知らないワケが無いでしょう。拠点のようなものがあるハズだわ」
「知らされてなかったのかもよ?普段は別行動で、依頼を受けた時だけ一緒に行動をしてるとか」
「…彼女は隠しているだけよ。必ず知っているわ」
「何の根拠があって…」
今度は茜が歩美を説得し始める。
そんな傍ら、先程まで銃口を向けられていた銀髪の少女は、呆れた様子で歩美と茜のやり取りを見ていた。
「下らない…。撃ちたきゃさっさと撃てば良いのに」
そう呟いて、隣に居る亜莉紗を一目見る深雪。
「ッ…」
深雪は思わず、亜莉紗を二度見する。
亜莉紗は、今にも泣き出しそうな表情になっていた。
そしてその表情を見た深雪は、彼女がどうしてそんな顔をしているのか、一瞬で悟る。
「はぁ…」
深雪は溜め息をつくと、歩美の元へと歩いていった。
「大体、あんたは人を安易に信用し過ぎなのよ。考えてもみなさい。彼女は津神麗子の仲間なのよ?仲間のフリして私達に近付く事だって考えられるわ」
「あんたは人を疑い過ぎよ。もしも本当にあんたの言う通りだとしたら、亜莉紗ちゃんはあそこまで必死に説得しようとなんてしないでしょう?」
「減らず口を…。あんたは黙って私に従ってれば良いのよ。口論なんて時間の無駄だわ」
「あら…また私を怒らせたいの…?」
「勝手に怒ってなさい。今はあんたと言い合ってる暇は無いの」
「ねぇ」
いつの間にか説得が口論になっていた二人に、深雪が声を掛ける。
「何よ。答える気になったのかしら?」
「だから彼女は知らないって言ってるじゃないの…!」
「あんたには訊いてないわ。それでどうなの?」
「地下に居る」
深雪のその一言で、歩美と茜は静かになった。
「発祥地の一つ、例のイベントの会場の建物の地下。そこに元々倉庫だった部屋を改築した場所がある。…麗子様の研究所みたいな場所」
「研究所…?」
「私も入った事は無い。でも、もう一人の仲間があると言っていた。そいつが言ってる事に間違いは無い。麗子様の側近のような存在だから」
「………」
歩美と茜は顔を見合わせ、お互いに何か言いたい事がありそうではあったものの、茜は掴んでいた歩美の銃をゆっくりと離し、歩美は深雪を訝しげに見た後、その銃をゆっくりとしまった。
「…出任せだったら、承知しないわよ」
「その時は撃てば良い。私も今更逃げたりしない」
「ふん…」
歩美は不機嫌そうに鼻で笑い、展望台に向かって歩き出す。
「あんた達は先にその研究所とやらに向かいなさい。私達は寄り道をしてから向かうわ。それと、会場の建物の裏口の方に、届けさせた補給物質が置いてあるから、使うと良いわ。…茜、行くわよ」
「ちょ、ちょっと!…ごめんね。えーと…なんだっけ…?」
深雪と一言話をしようと、彼女の前で足を止める茜。
「幾島深雪。あなたは神崎葵の妹…神崎茜?」
「あら嬉しい。知ってるだなんて。よろしくね、深雪ちゃん」
「………」
「?」
「"ちゃん"は付けないで。…麗子様を思い出すから」
「そ、そう…。えーと…じゃあ…」
「呼び捨てで構わな…」
「みーちゃん!みーちゃんにしましょう!よろしくね、みーちゃん!」
「み、みーちゃん…?」
そこで、茜がついてきていない事に気付いた歩美が、彼女の名前を呼ぶ。
「茜!」
「今行くわよ!…それじゃあね!」
茜は深雪に微笑みかけ、歩美の元へと走っていった。
「お待たせ」
「…何をしてたのよ」
「挨拶よ。お近づきの印にね」
「幾島深雪…本当に彼女を信用するつもり?」
「あら、信用していない物言いね」
「当たり前じゃない。研究所の話も、私達を誘き寄せる為の嘘かもしれないわ」
深雪への警戒を解くつもりは無いらしい歩美に、茜はわざとらしく大きな溜め息をついて見せる。
「はぁ…。ここまで用心深いと、逆に敬いたくなってくるわね」
「それはどうも」
「褒めてないわよ」
「それは残念」
展望台の元に到着し、扉を開け、その先にある休憩スペースのような場所へ。
すると、左手側にある階段から、結衣と梨沙の二人が現れた。
「歩美?何でここに居んの?」
「恭子の様子が気になったから、直接見に来ただけよ。さっき話はしてみたけれど、特に問題は無いと思うわ」
「そっか…。そんで、津神麗子の事なんだけどさ…」
申し訳なさそうに話を切り出した結衣に対し、歩美は彼女の話を遮るように口を開き、嫌味たっぷりにこう言った。
「聞いたわ。逃げられたんですってね。目の前に居ながら。それも二人居て」
「…ぐうの音も出やしない」
「…ま、彼女の実力を知る良い機会にはなったでしょう」
「なんでぇ気持ち悪ぃな。いやに優しい言葉だ」
「…そういう事を言うのであれば、こっちも言葉を選びなおすわよ」
「冗談冗談…」
展望台に用は無いので、4人は外へ出た。
「梨沙」
外に出て、梨沙の名前を呼んだのは歩美。
「…はい?」
あまり喋った事も無く、少し苦手意識を抱いている歩美に名前を呼ばれるとは思ってもいなかった梨沙は、少し反応が遅れる。
歩美はそんな梨沙の反応を見て、彼女の心境を察した。
「まさか毛嫌いしてる沢村歩美に話し掛けられるとは思わなかった…って、顔に書いてあるわよ」
「毛嫌いなんて…そんな…」
「心にも無い事を言う必要なんてないわ。わかってるわよ」
「………」
「ふふ…。素直な事は良い事よ」
そういう気障な態度が気に入らない、と、梨沙は思わず口に出してしまいそうになったが、何とか堪えて黙り込む。
当然、梨沙の心情は最悪なものになっていたが、歩美はなおも話し掛けた。
「調子はどう?依頼を出すのは初めてだから、あなたには正直な話、不安を感じているわ」
「正直な事は良い事ですね」
「へぇ…。中々言うじゃない」
「………」
忌々しそうに溜め息はついたものの、梨沙は彼女の質問に答える。
「問題はありません。結衣さんも頼りになるし、これと言った脅威は特に…」
そこまで言って、何かを思い出したらしい梨沙は、不自然に言葉を切る。
その様子を、歩美が見逃すハズもなかった。
「…特に?」
「…ありません」
「本当に?」
「えぇ。何も」
「………」
歩美がその返答を鵜呑みにする事は当然無かったが、彼女はそれ以上の追及はしなかった。
「…まぁいいわ。さっき不安を感じているとは言ったけれど、これでもあなたには期待もしてるの。頑張って頂戴」
「………」
何と返答したら良いのか迷った梨沙は、何も言わずに小さく頷いて見せた。
その後、4人は公園の出口まで歩いていき、そこで再び別れる事になった。
「私達は少し寄り道をしていくわ。あなた達は先に、津神麗子の研究施設に向かいなさい」
「寄り道?どこ行くんだよ」
「余計な詮索は止めなさい。用が済み次第、私達もすぐに研究施設に行くわ。…それと、これ。どうせもう底を突いているんでしょ?」
何かを取り出し、それを結衣に渡す歩美。
それは、結衣が使用しているリボルバーの弾薬であった。
「おぉ、気が利くねぇ。珍しく」
「一言余計よ。もっと必要なら、イベント会場の裏口前に補給物資が置いてあるわ。その中にあるから使いなさい」
「ん?聞いてた場所と違くない?」
「諸事情よ。深い意味は無いわ。それじゃあね」
「はいよ」
結衣と梨沙はイベント会場がある町の中心部へ、歩美と茜は中心部とは反対方向へと歩き出した。
「………」
結衣達の姿が見えなくなった所で、立ち止まる歩美。
「らしくないわね。こんな芝居を打つなんて」
「芝居なんて打ってないわよ」
「わざわざ反対方向に歩いてきたのは、芝居じゃないとしたら一体何なのかしら?」
「…偽装よ」
「似たようなものね…」
二人は踵を返し、公園の近くで見つけたゾンビの死体が転がっている場所へと向かった。
第9話 終