第6話
イベント会場へと向かう二人。
「…静かね」
道中、歩美がそう呟いた。
今二人が居る場所は、今まで大量のゾンビが彷徨いている事が多かった大通り。
しかし、歩美の言葉通り、ゾンビの呻き声は聞こえなかった。
「嵐の前の…ってヤツ?」
「止めなさい。縁起でもないわ」
「言い出したのはあなたじゃない」
「そういう事じゃ…」
その時、歩美の言葉を遮るように、近くで何かの雄叫びが聞こえてくる。
それは、地響きを伴う程、轟いていた。
「…あんたのせいよ。何が出てきても、あんたが何とかするのよ」
「嫌よ。私のせいじゃないもの。…それよりも、地響きがする程立派な雄叫びを上げるようなバケモノを、あんたは作った覚えがあるの?」
「私は作っていないけれど、仕入れた情報の中に心当たりがあるわ」
「どんなヤツ?」
「そうね…一言で言うなら…」
雄叫びをあげたその生き物が、裏路地から姿を現し、二人の目の前に這ってくる。
「巨大な蛇…って言ったところかしら」
現れたのは、蛇をベースに作られた兵器、"D-16ピュルゴス"であった。
「あら…これはまた…シンプルにヤバいヤツね…」
「牙には確か猛毒があるわ。…まぁ、毒とかそういう以前に、あれに咬まれた時点で終わりでしょうけど」
7メートルはあるその巨大な身体を前に、苦笑を浮かべる二人。
すると突然、ピュルゴスは二人に向かって雄叫びを上げた。
至近距離で聞くその雄叫びはあまりに強烈で、二人は思わず耳を両手で塞ぐ。
その隙を見逃さず、ピュルゴスは大きく口を開け、歩美に向かって突進する。
「ッ…!」
横に倒れ込んで、辛うじてその攻撃を回避する歩美。
彼女が体勢を立て直す前に、ピュルゴスは素早く身体を反転させ、再び頭から突っ込む。
大口に呑まれる間一髪の所で、茜が歩美を引っ張ってその攻撃を回避した。
「貸しにしとくからね」
「…好きにしなさい。始めるわよ」
銃を取り出し、構える二人。
しかし、発砲を初めてすぐに、ピュルゴスの皮膚には銃弾が通らないという事に気付いた。
「…効いてなくない?」
「皮膚が硬いのよ。つまり、口を狙えば良いって事」
「口…ねぇ…」
ピュルゴスが口を開くのを待つ二人。
しかし、ピュルゴスは時々舌を僅かに出すぐらいで、二人が求めている弱点の露出は中々しなかった。
「どうするの?」
「そうね…」
突然、茜をピュルゴスに向かって突き飛ばす歩美。
「なッ…!?」
こちらに倒れ込んできた茜に、ピュルゴスは当然その大口で彼女に喰らい付こうとする。
その瞬間を待っていた歩美が、ピュルゴスの口に銃弾を撃ち込んだ。
弱点を攻撃されたピュルゴスは鳴き声を上げ、大きく仰け反るように怯む。
「…こんな感じで、カウンターを狙うしかないようね」
「…歩美」
戻ってきた茜は、敵が目の前に居るにも関わらず、歩美の頭を本気で叩く。
「ッ…!いきなり何すんのよ!」
「それはこっちのセリフでしょうがぁ!!!死ぬかと思ったわぁ!!!」
「わ、悪かったわよ…!そんなにぽかぽか叩かないで頂戴…!」
「死ね!いっそ死ね!」
「はぁ!?」
そんな二人の調子にピュルゴスが合わせるワケもなく、ここぞとばかりに大口を開け、纏めて丸呑みにしようとする。
しかし、機嫌が最高に最悪な二人は、ストレス発散と言わんばかりに、ピュルゴスの口に突き刺すようなハイキックを同時にお見舞いした。
歩美の蹴りは口の上の部分に当たってその部分を抉り、茜の蹴りは牙に命中し、それをぽっきりと折った。
突然致命傷を負い、少し後退するピュルゴス。
「さて、ここで仕留めた方が得策か、それともリスクを考えて下がるべきか…」
「沢村歩美の前歯を蹴り折るってのでどう?」
「それは素敵ね…」
そんな会話をしていると、二人が戦うか退くかを決める前に、ピュルゴスの方からその場を去っていった。
「なるほど…賢明ね。行くわよ」
「あら、追わないの?」
「下手に追って待ち伏せでもされてたら面倒だわ。それに、私達にはゆっくりしてる時間なんて無いんだから」
「ふーん…。ま、いいわ。さっきの件については、死ぬまで言及させてもらうわね」
「しつこいわね…。生きてるんだから良いじゃない」
「生きてるから良い?なら、今度あんたを半殺しにしてそのセリフを言わせてもらうとするわ」
「あぁもう…良いわよ勝手にしなさい…」
「じゃあ紗也香ちゃんをちょうだい」
「それは無理ね」
「ちっ…」
二人はピュルゴスを追い掛けずに、その場から離れていった。
それからイベント会場に到着するまでの間、兵器などの強敵との遭遇は無く、数体のゾンビと交戦しただけであった。
しかし、会場に到着した二人は昨日までとは違う光景を目にし、思わず足が止まった。
「な…何よこれ…」
苦笑を浮かべながら、茜が呟く。
昨日まで所狭しと徘徊していたゾンビ達は皆、死体となって辺り一面に転がっていた。
「昨日まであんなに彷徨いてたのに…どうして死体になってるのよ…」
「誰かがやった、としか考えられないわ。末期状態を迎えた際に起こる壊死現象の痕は見当たらないし」
「やったって言っても…この数よ…?とても人間の仕業とは思えないけど…」
「じゃあ何?仲間割れでもしたって事?」
「兵器か何かが暴走でもして…みたいな?」
「…それは無いわね。死体をよく見てみなさい」
「…?」
歩美に促されるままに、近くに転がっていた死体を調べる茜。
その死体は、鋭利な物で首から上を綺麗に切断されていた。
「兵器にそんなマネはできないハズよ。…こっちの死体には銃痕だってあるわ」
歩美がそう言って指差した方向にある死体には、眉間に風穴が開いていた。
「…銃を使うゾンビなら、過去に見た事あった気がするわよ?」
「あなたの倍以上は見てきたつもりだけれど、眉間を狙ってきっちりそこに命中させるゾンビは、私は見た事無いわね」
「…相変わらず嫌味な言い方ね」
「悪かったわね」
歩美は鼻で笑ってそう言った後、会場の建物に向かって歩き始める。
歩美の態度に腹を立てる事がもう既に飽きている茜は、呆れたように溜め息を吐いてからゆっくりと立ち上がり、彼女についていった。
建物の前に到着した二人は、念の為に銃を取り出してから、両開きの扉にそれぞれ手を掛ける。
そして目で合図を取り、同時に勢い良く開けて銃を構える。
しかし二人が見たのは、山のように積んである死体だけであったので、二人は銃をしまった。
「建物の中まで"掃除"されてるみたいね」
「好都合だわ。行くわよ」
歩き出す歩美に、茜もついていく。
その時、歩美の無線機が鳴り出した。
「私よ」
『お待たせしてしまって申し訳ありません。紗也香です。物資の配達が完了しましたので、その連絡をさせて頂きました』
「そう。ご苦労様。予定よりも早…」
「紗也香ちゃん!元気かしら?私は元気よ今度デートでも…」
「なんでもないわ。切るわよ」
『は、はぁ…』
通信を終えると同時に、茜の頭を軽くはたく歩美。
「痛っ!なんで叩くのよ!」
「…何となく」
「はぁ!?」
むすっとした顔で歩き始める歩美。
「何なのよ…叩く事無いじゃない…」
茜は彼女が何故怒っているのか理解できぬまま、彼女についていく。
「ねぇ、何をそんなに怒ってるのよ」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「怒ってない!」
「あら…そう…」
珍しく感情的になっている歩美に面食らったのか、それ以降は話し掛けないで彼女の様子をちらちらと観察する茜。
しばらく無言で歩き続けた所で、茜が地面に転がっているとある物を見つけ、それを拾い上げた。
「あら…これは…」
「…珍しい弾ね」
茜が拾った物とは、銃の薬莢。
いつの間にか普段の態度に戻っている歩美がそれを奪うように手に取り、まじまじと見始める。
「…わかる?」
「…500ね」
「…は?」
「".500S&Wマグナム弾"よ。…本当に使っている人間が居るとはね」
「マグナムって…結衣ちゃんじゃないの?」
「結衣の銃は44マグナムよ。こっちの方が、遥かに大きいわ。ほら、私の50と比べてみなさい」
歩美はそう言って、自分の銃の使用弾薬である".50AE弾"と、茜から取り上げた薬莢を手渡す。
その2つを比べた茜は、思わず苦笑いを浮かべた。
「ちょっと待ってよ…。そんな銃、人間が使える物なの?」
「負担は限り無く大きいでしょうね。…でも、ここに居るゾンビ達を殲滅した人物は、難なく使っているみたいよ」
他にも同じ物がいくつも落ちている事に気付き、歩美はそう答えた。
茜はその返答に、更に疑問を深める。
「そんな人間が居るとしたら、あんたの情報網に引っ掛かるんじゃないの?」
「そうでしょうね」
「…?」
「…どうなっているのやら」
歩美は腕を組んで片手を顎に当て、珍しく困り果てた様子でそう呟いた後、そのままの姿勢で歩き始めた。
「(歩美の情報網すら届かない人物…ねぇ。…それにしても)」
茜は近くに転がっていた死体を見て、目を細める。
その死体は、綺麗に身体を縦半分に両断されていた。
「(…まさかね)」
突然抱いたとある予感を振り払うように首を振り、茜は歩美を追い掛け歩き出した。
第6話 終




