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2nd Nightmare  作者: 白川脩
歩美編
36/57

第3話


イベント会場の隣にある大きな倉庫の屋根裏にて、休眠中の歩美と茜。


『歩美。聞こえる?』


歩美の無線機から、結衣の声が聞こえてきた。


「何よ…?」


『え、お前寝てたの?』


「寝るなら今の内よ。イリシオスは夜になればなるほど、活発になるからね」


『そのイリシオスなんだけどさ。聴力良いの?』


「え?…まぁ、かなり聞こえる方だと思うわよ。確か、そんな報告もあった気がするわ」


『なるほどね…』


「…まさか、奴と接触したの?」


『ちょっとだけだよ。そんな事よりも、お前に訊きたい事があるんだ』


「訊きたい事?」


『茶髪の女の子を見てない?』


「茶髪の女の子?見てないけど…どういう事なの?」


『実は、生存者を1人見つけてね。その子のお姉さんを探す事になったのさ。もしかしたら、見てないかなと思って訊いてみたの』


「ふーん…。悪いけど、見てないわ。というか、生きてるって確証はあるの?」


『無いよ?』


「あっそ…。なら、多分それ無駄よ。これだけゾンビが蔓延ってる町で、一般人が生き延びる事なんてできるワケがないわ」


『それはそーかもしんねぇけど…。無駄だっていう事の確証だって無いんだ。それなら探すべきだろ?』


「…まぁ好きにしなさい。本当の目的を忘れるんじゃないわよ。じゃあね」


『おう。ありがとさん』


通信を終え、再び目を瞑る。


「歩美」


隣に寝ている茜が、歩美の名前を呼ぶ。


「何よ」


「お腹が空いたわ」


「そう。おやすみ」


「おやすみ」


10秒ほど、静寂が訪れる。


静寂を破ったのは、勢い良く立ち上がった茜の怒号する声であった。


「ちょっと!お腹が空いたって言ってるでしょうが!無視してんじゃないわよ!」


「うるさいわね…。朝になったら何か探しに行くから、それまで我慢しなさい」


「我慢できないから言ってんのよ!」


「良いから寝てなさい。気が付けば朝になってるわ」


「寝れないのよ!」


「………」


歩美は大きな溜め息を吐き、身体を起こした。


「あんたねぇ…。外の状況をわかって言ってるの?」


「たかがゾンビ、空腹の私の前では足止めにすらならないわよ」


「違うわイリシオスよ。奴らが彷徨いている中、食料を探しに行くなんて自殺行為だわ」


「イリジウムだかなんだか知らないけど、空腹を満たす事が優先よ」


「イリシオスよ。金属元素じゃないわ。良い?茜。奴は不死身なの。私達だってそれなりの力は持ち合わせてるけれど、奴に対しては無力だと思うわ」


「ゴチャゴチャうるさいわねぇ…。良いわよ、それなら私1人で探してくるわ。ぜーったい分けてあげないからね!」


「ちょっと…!待ちなさい…!茜!」


歩美の制止を聞かず、茜は屋根裏から出て屋根に登る。


「はぁ…。仕方ないわね…」


歩美は忌々しそうにそう呟いて立ち上がり、茜を追って屋上に出た。



「どこに行くつもり?ここら一帯に食料があるような建物は無いと思うけれど」


「何よ、結局来たの?」


「勝手に死なれちゃ困るからね」


「それはまた無駄な心配ね」


「そうだと良いけれど」


茜は屋根の上から、辺りを見渡す。


歩美の言葉通り、飲食店などの建物は見つからない。


しかし、茜はある1つの建物に目を付けた。


「ホームセンターなら、非常食みたいな物が売ってるんじゃないかしら」


「ホームセンター?」


歩美も茜の隣に来て、彼女が見ている建物の位置を確認する。


「…結構遠いじゃない。どうするつもりよ」


「どうするって、普通に行くつもりよ」


「は?」


「だから…。…まぁいいわ。ついてくるってんなら、しっかりついてきなさいよ」


「何を言って…」


茜は歩美を納得させていないまま、倉庫の上から飛び降りる。


そして、コンテナに無造作に積まれているゴミ袋の上に、背中から着地した。


「ふぅ…。ゲームで見た事あったからやってみたけど、思ったよりも衝撃を吸収してくれないのね…」


背中をさすりながら、コンテナから降りる茜。


「何突拍子もない事やってんのよ…。普通に降りれば良いじゃない」


少し遅れて、排水管を伝って降りてきた歩美が、呆れ気味にそう言う。


「やってみたかったのよ。結果は…まぁ、言う程の事でも無いわ」


「あっそ…。…ところで」


歩美は言葉を切って、正面を顎でしゃくる。


「一体どうしてくれるのよ。こんなに集めてくれちゃって」


正面には、茜が飛び降りた際の音を聞いて集まってきた大量のゾンビが居た。


「お礼は要らないわ。こっちよ」


茜は涼しい顔でそう答え、建物を囲っているフェンスをよじ登る。


「誰も感謝なんてしてないけれどね…」


歩美は鼻で笑ってそう呟き、茜を追い掛ける。


2人がフェンスを超えて敷地の外に出ると、待っていたかのように2体のイリシオスが現れた。


「あら、もしかしてこいつが、噂のイリなんちゃら?」


「イリシオスよ。いい加減覚えなさい。…一応訊くけど、戦うなんて言わないでしょうね?」


「ダメなの?」


「ダメに決まってるでしょうが…。今更引き返すワケにも行かないし、目的の建物まで走るわよ」


「ちぇ…。つまんないの…」


それぞれ、襲い掛かってくるイリシオス。


茜は突進してきたイリシオスの背中の上を横転するように飛び越え、歩美は飛びかかってきたイリシオスの身体の下をスライディングで滑り抜け、2人はその場から走り出した。


「ねぇ、あいつ本当に倒せないの?あんたの銃なら何とかなったりするんじゃないの?」


裏通りを走りながら、茜が歩美にそう訊く。


「対物ライフルを直撃させても生き返ったという報告があるわ。デザートイーグルなんて、奴らにとっては豆鉄砲よ」


「ちょっと待ちなさい。生き返ったですって?」


「言ってなかった?奴らには異常なまでの再生能力があるわ。頭を吹っ飛ばしても、すぐに新しい頭が生えてくるのよ」


「嘘でしょ…?じゃあどうやって倒すのよ」


「だから言ってるでしょうが。奴らは不死身、倒せないのよ」


「なるほど…。不死身ってのはそういう意味なのね」


「やっと理解したみたいね」


「認めたくはないけどね」


その時、正面にある大通りに繋がる道から、3体のランナーが現れる。


2人は足を止め、それぞれ銃を取り出し、恐ろしいスピードで走ってくるランナーに発砲を始める。


3体のランナーはすぐに仕留められたが、休む間もなく、新たに4体のランナーが現れた。


「キリが無さそうね」


「茜。こっちよ」


少し引き返した場所にあるハシゴに向かう2人。


背後からはランナーが、正面からはイリシオスが迫ってきている。


ハシゴの元に到着し、2人は素早く登る。


後から登った茜の足に、追い付いたイリシオスの手が少しだけ触れたが、掴まれる事はなく、何とか登りきる事ができた。


「ギリギリだったわね…」


「感慨にふけてる暇は無いわよ。急ぎなさい」


今居る3階建ての建物の屋上を進んでいく2人。


壁を登ってきたのか、すぐに屋上に姿を現す2体のイリシオス。


「聞いた通りの運動能力ね…」


「私達程じゃないわ。こっちよ」


茜が先導し、2人は次々と別の建物に飛び移って移動していく。


目的地であるホームセンターが見えてきた所で、歩美が茜に不意にこう訊いた。


「…ところで、到着したら後ろの2体はどうするつもり?」


「………」


「…茜?」


「え?」


「いや、え?じゃなくて…。後ろのイリシオスをどうするのかって訊いてるのよ」


「………」


「…もういいわ。何も考えてなかったのね」


これといった考えも無しに、2人は目的地のすぐ隣にある建物まで到着する。


「歩美。何とかするわよ」


「はぁ…?戦うって言うの?」


「し、仕方ないでしょう…。2体くらいなら何とかなるわよ…」


「ならないと思うけれど…」


「う、うるさい…!ほら来るわよ!」


2人の前に現れるイリシオス。


2人は同時に銃を構え、それぞれ正面に居る個体に発砲を始めた。


「ねぇ…。効いてるの…?」


「効いてないでしょうね…」


装填してある銃弾を全て撃ちきった所で、銃撃は無駄だと悟った茜が、銃をしまって身構える。


それを見て、歩美は鼻で笑う。


「奴と素手でやり合う気?正気の沙汰じゃないわね」


「銃よりは期待できるわ」


「…まぁね」


歩美も銃をしまい、身構えた。


2人に対し、同時に飛びかかるイリシオス。


歩美は受け流して後方に投げ飛ばし、茜は回し蹴りで蹴り飛ばす。


迎撃は綺麗に決まったが、イリシオスは2体共にすぐに立ち上がり、再び襲い掛かる。


先程よりも素早い動きで接近してきたイリシオスに、2人は僅かに動揺し、反撃できずに回避だけをする。


体勢を立て直し、茜が苦笑を浮かべながらこう言った。


「ふぅ…。これをあと何回繰り返せば良いのかしら?」


「100回迎撃しようが、奴らは倒れないでしょうね。…とは言え、こっちから攻めた所で、返り討ちに遭うだけだと思うけれど」


「参ったわねぇ…」


睨み合う、2人と2体のイリシオス。


その時、2人の足元に、何かが転がってくる。


転がってきたものは、導火線がついている丸い小さなボールのようなもの。


導火線は点火されており、2人が気付いた時には既に燃え尽きようとしていた。


「ば、爆弾ッ…!?」


茜がそう言ったと同時に、ボールのようなものから、煙がもくもくと絶え間なく出てくる。


転がってきたものは、花火として売られている煙玉であった。


更に、別の煙玉が1つ、2つと次々に転がってきて煙を出し、辺りは煙で何も見えなくなる。


すると、何も見えない煙幕の中、誰かが2人の腕を掴み、小さな声で2人にこう言った。


「ついてきて…!」


2人は状況が全く理解できないものの、腕を引っ張られ、その人物にそこから連れ出される。


煙が無い場所まで出た所で、その人物は手を離した。


「…助かったわ。あなたは?」


自分達をここまで引っ張ってきた、茶髪の少女に歩美が訊く。


しかし、その少女は答えようとはせずに、屋上の隅にあるハシゴに向かって走り出した。


「後で話しますから、今はここから離れましょう」


「…わかったわ」


歩美は一瞬だけその少女を疑うような眼差しで見たが、すぐに少女を追って走り出す。


「茜、行くわよ」


「歩美」


真剣な表情で、歩美を呼び止める茜。


「何よ」


「あの子、Cね」


「は?」


「胸よ。胸」


「くたばりなさい」


「あ、待ちなさいよ!」


ハシゴを降りて少女についていった2人が到着したのは、目的地であるホームセンターであった。


建物の中に入り、入口の自動ドアを手で閉めて、予め近くに置いておいたいくつかの大きな木材でドアを開かなくする少女。


「はぁ…。疲れた…」


入口の閉鎖を終えた少女は、崩れるようにその場に座り込み、大きな溜め息を吐いた。


歩美はイリシオスが追ってきていない事を確認した後、少女の元に歩いていく。


「…改めて、助かったわ。あなたは?」


少女は座ったまま見上げ、笑顔を浮かべて歩美を見ながら答えた。


「私は桜庭飛鳥と言います。突然で、しかも煙玉なんて使ってすみませんでした」


「とんでもない。あなたが居なかったら、私達はどうなってたか。私は沢村歩美という者よ。それで、こっちが…」


歩美が紹介しようとして茜の方を見てみると、彼女は少し離れた場所で地面に這いつくばって飛鳥のスカートの中を覗いていた。


2人の視線に気付いた茜は立ち上がって、何事も無かったかのように自己紹介を始める。


「私は神崎茜よ。茜ちゃんって呼んで良いからね」


「ちょっと。あんた今何をしてたのよ」


「地面に耳を付けてイリシオスが来ていないか足音を確認してたのよ」


「正直に白状なさい」


「あら、まるで私が嘘を吐いてるって言ってるようなセリフね。正直者と名高い茜さんを捕まえて酷い言い種勘弁してほしいものだわ」


「………」


歩美は自白させる事を諦め、溜め息を吐いてから飛鳥に茜の紹介をする。


「…あの変態は私の仲間よ。変態だけど、それなりに信頼できる奴だから安心してね。変態だけど」


「は、はぁ…」


困惑しながらも、茜の視線を気にして立ち上がる飛鳥。


その時、歩美が、結衣から聞いた茶髪の少女の話を思い出した。


「…あなた、もしかして妹が居たりする?」


訊かれた途端、飛鳥の様子が急変する。


「奈々を見たんですか…!?どこに…奈々はどこに居るんですか!」


「落ち着きなさい。私が見たワケではないわ。でも、あなたの妹は私の仲間と一緒に居るの。安全は保障する」


「そ、そうですか…」


「今連絡を取ってみるわ。待ってなさい」


結衣に連絡をする歩美。


「…寝たのかしら」


しかし、結衣は応答しなかった。


「あの…」


「あぁ、多分寝てるだけよ。何かあったワケじゃないと思うわ。…ところで、あなたは騒動が発生してから、ずっとここに隠れていたの?」


店内の、シャッターが閉まっていない箇所に打ち付けてある木の板を見ながら、歩美が話題を変える為にそう訊く。


「騒動の初日は、妹と4人の友人達と一緒でした。私はすぐに別れてしまったので、友人達がどうなったのかはわかりませんが…」


「どうして別れたの?」


「食料を調達する事になった時、囮になったんです。通る必要があった大通りに、化け物が大量に居たので」


「ふーん…。そんな無鉄砲な性格で、良く今まで生き延びたわね…」


「それについては、自分でも驚いてます…。みんなと別れた後、足が速い化け物に追い掛けられて、とにかく逃げ続けてました。その時逃げ込んだのが、この建物なんです」


「なるほどね…。経緯は大体わかったわ。…あと、この建物についてなんだけど」


「なんでしょう?」


「食料は置いてあるかしら?あっちのバカが腹を空かせていてね…」


歩美はそう言って、茜が居る方に顔を向ける。


すると、そこに茜の姿は無く、彼女は飛鳥の背後に置いてあった脚立の上に登って、飛鳥の胸元を見下ろしていた。


2人の視線に気付いた茜は脚立から降りて、何事も無かったかのように話し始める。


「食料を分けてくれると助かるわ。申し訳無いわね」


「い、いえ別に…構いませんけど…。ちょっと待っててくださいね…」


食料を取りに行く飛鳥。


歩美は溜め息を吐いて、茜を横目で見る。


「今度は何をしていたの?脚立に登ってイリシオスが来ていないかを確認してたとでも言ってくれるの?」


「歩美。大変よ」


「何よ」


「上下水色だったわ」


「は?」


「何の事かって?清純清楚純粋無垢と名高い茜ちゃんの口からはとても言えないわ。想像力を働かせなさい」


「………」


「うわ凄い冷たい目」


その後、食料を持ってきた飛鳥の勧めで、3人は店の奥で休む事に。


「沢村さんもどうぞ。まだまだ沢山あるので」


「ありがとう。頂くわ」


缶コーヒーを受け取り、一口だけ飲んで、歩美は話を始める。


「明日、妹の元に連れてってあげるわ。でも、あなたの身の安全は保障できないの。私達も最善は尽くすけど、必ず守ると断言はできない。それでも良い?」


「構いません。お願いします」


迷わず即答する飛鳥。


歩美はくすりと笑った。


「…ま、妹の為だもの。当然よね。気持ちはわかるわ」


「え?」


「何でもない。それじゃ、明日に備えて休みましょう。ベッドはある?」


「あ、えーと…向こうの売り場にあります」


「そう。それじゃ、また明日ね」


歩美はその場を離れ、飛鳥に教えられた場所に向かう。


先程の歩美の一言が気になり、ぼーっとしていた飛鳥に、茜がこう言った。


「あいつにも妹が居るのよ」


「え?」


「気持ちはわかるって、さっき言ってたでしょ?まぁ、あまり仲は良くなさそうだけど…」


「そうなんですか…。神崎さんは、居ないんですか?」


「姉が居るわ」


「良いなぁ…。私、姉が欲しかったんですよ。あ、勿論奈々…妹の事も大好きですけどね」


「ふふふ…。飛鳥ちゃんは妹思いの良いお姉ちゃんなのね」


「そんな…」


「どっかのアホにも見習ってほしいものだわ」


「…はい?」


「自己中心的ですぐに怒るし私の方が断然スタイル良いのにそれを認めようとしないし何故か私を変態呼ばわりするし…やっぱり姉なんて良いものとは思えないわね」


「(最後のヤツは間違ってないよね…)」


少し話した後、2人も床に就いた。


第3話 終




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