第2話
騒動の発祥地であるイベント会場を観察できる建物の中で、会場に侵入する方法を考えている歩美と茜。
しかし、中々良い案は浮かばなかった。
「どうしたものかしら…。あの数を殲滅しながら乗り込むのは、いくらなんでも2人じゃ無謀だし…」
イベント会場の付近を彷徨いているゾンビ達を見て、困ったように呟く歩美。
「上から行けば良いんじゃないの?」
茜が不意に、そう言った。
「上?」
「ここまで来たみたいに、建物の上から侵入すれば良いじゃない」
それを聞き、歩美は鼻で笑う。
「それは無理ね。周りに低い建物が1つも無いわ。唯一あるのは、7階建てのビルだけ。そこから飛び移るとしたら、骨折じゃ済まないわよ」
「ふーん…」
再び、考え始める2人。
しばらくすると、歩美が思い出したように、こう言った。
「…地下から行けば良いじゃない」
「地下?」
「高い場所ばかり移動してきたから忘れてたわ。どこかから地下に潜って、会場の真下から地上に出れば良いのよ」
「会場の真下って…出られる場所があるの?」
「何かしらあるでしょう。早速行くわよ」
「無計画ね…。今に始まった事じゃないけど…」
「うるさい」
2人は今居る建物から出て、裏路地に出る。
すぐ近くに、マンホールを見つけた。
「丁度良いわ。ここから入りましょう」
「はぁ…。また今回も地下のネズミになるのね…」
「慣れてるでしょ?」
「そりゃもうね…。それより、どうやって蓋を開けるつもり?素手でどうにかなる代物じゃないわよ」
「これを使うわ」
歩美は小さなプラスチック爆弾を取り出す。
「あら、便利な物持ってるのね」
「当然よ。どんな扉でも開けられるマスターキーだからね。これは」
「開けられると言うよりは、壊せると言う言い方の方が正しいんじゃないの?」
「どっちでも良いわ。…離れなさい」
爆弾をマンホールの蓋に設置し、離れて起爆する。
蓋は木端微塵になり、地下への入口ができた。
「急ぐわよ。ランナーが駆けつけてくるわ」
「ランナー?初めて聞くわね」
「通常のゾンビの変異体よ。和宮町にも居たと思うわよ?動きが俊敏な奴」
「そう言えば、居たような気もするわね」
「そいつよ。…ほら、噂をすればなんとやら」
大通りの方から走ってくる数体のランナーを、指差す歩美。
「へぇ…。反応早いわね」
「聴力が発達しているのよ。…話は後。行くわよ」
「えぇ」
2人は飛び降り、地下に侵入した。
「…あら、思っていたより臭わないわね」
予想していた汚臭がしない事に驚き、呟く茜。
「ほとんどが雨水なんだと思うわ。それなりに透明だし」
「なるほど…。でも、やっぱり泳げと言われたら嫌悪感が出てくるわね…」
「大神結衣と綾崎梨沙には感謝しておきなさい」
「そうするわ…」
2人は茜の銃に付いているフラッシュライトの光だけを頼りに、地下を進んでいく。
しばらく進んだ所で、歩美が立ち止まり、耳を澄まして辺りを見回した。
「…何か聞こえなかった?」
「何かって?」
茜も立ち止まり、歩美に訊き返す。
「…正面から聞こえたのよ。カサカサって」
「カサカサ…?嘘でしょ…?」
震え声の茜。
「どうしたのよ」
「だって…下水道でカサカサって言ったらもう…奴しか居ないじゃない…!」
「もしかしてゴキ…」
「いや!言わないで!お願いだからその名前だけは言わないで!」
「そ、そう…」
「歩美!これ貸すからあんたが照らしなさい!私は目をつむってるから!」
「は、はぁ…?」
「万が一巨大化したアイツなんかが出てきたら、私正気を保っていられる自信が無いわ…!」
茜はそう言って歩美に自分の銃を押し付けるように渡し、回れ右をする。
「仕方ないわね…。わかったわ」
茜の虫嫌いを知っている歩美は渋々承諾し、茜の代わりに正面を照らす。
「…あ」
すると、いつの間にか正面に、茜が先程口にした、巨大化した"ソレ"が居た。
「な、何…?何か居るの…!?」
「…えぇ、まぁ」
「何が居るのよ!?何なのよ!?」
「…見ない方が良いわよ。あんたの予想通りだから」
「ッ…!?早くやっちゃいなさいよッ!!」
「はいはい…」
歩美が引き金を引こうとした瞬間、ソレの触覚がぴくりと動く。
「…流石に気持ち悪いわね。ここまでデカいと」
歩美はソレが動き出す前に、銃弾を5発撃ち込む。
すると、命中した箇所から白い体液が噴出し、ソレは動かなくなった。
「や、やったの…?」
「えぇ。もう動かないわ。行くわよ」
「ちなみに…まだ他にも居る…とか無いわよね…?」
「…さぁね」
「うぅ…。一旦戻らない…?」
「ダメよ。そんなに遠い距離じゃないし、すぐに到着するわ」
歩美の返答を聞いた茜は、泣きそうになりながら彼女の腕にしがみつく。
「嫌だぁ…。戻ろうよぉ…歩美ちゃん…」
「何よ気持ち悪いわね…。くっつかないでよ…」
歩き出した歩美に、茜はソレの死体を見ないように顔を背けながらついていった。
「…いつまでくっついてるつもり?」
「だって…またアイツが出るかもしれ…きゃあっ!今何か聞こえたわ!」
「幻聴よ。何も聞こえなかったわ」
「そんな事ないわ!カサカサっていったわよ!」
「重症ね…」
そんなやり取りをしながらも、2人は地下を進み続ける。
すると今度は、別の生物が2人の前に現れた。
「嫌ッ!何か居る!前に何か居るわよ!」
歩美の肩に顔をうずめ、喚く茜。
「…これも強烈ね」
足が15対の30本ある巨大化したソレは、歩美がフラッシュライトで照らした途端に逃げ出し、あっという間に目の前から姿を消した。
「な、何?何が居たの…?」
「…足がたくさんあったわね」
「いやーッ!」
逃げ出すと同時にソレが落としていった細長い足を避けて通り、2人は更に奥へと進んでいった。
「歩美!出口よ!」
しばらく進んだ所で、茜が正面に見えたハシゴを指差して心底嬉しそうにそう言う。
しかし、歩美は首を横に振った。
「まだ会場の下には到着していないハズだわ。もう少し進みま…」
「嫌だッ!もうたくさんだわ!絶対これ以上進まないんだからね!」
「はぁ…?」
「さっさと脱出するわよ!まだ地上でゾンビを蹴散らしていた方が何千倍もマシだわ!」
「あんたねぇ…」
「どうしても進むってんならあんた1人で進みなさい!私は地上に出るわ!」
何が何でも地上に出たいらしい茜を見て、歩美は溜め息を吐いてから、プラスチック爆弾を取り出した。
「仕方ないわね…。どこに出るかはわからないけれど、ここから地上に戻りましょう」
「やった!歩美ちゃん大好き!」
「だから抱きつくなって言ってるでしょうが!気持ち悪いわね…!」
「んもう…。照れなくたって良いのに…」
歩美がハシゴを登り、地上への出口を塞いでいる蓋に爆弾を設置する。
「起爆するわよ。離れなさい」
「はーい」
少し離れ、爆弾を起爆する。
すると、地下に潜んでいる多種多様の大量のソレが、爆発音を聞き、2人が居る元に一斉に向かった。
その移動の際に発するカサカサという不快な音は、2人の耳にも聞こえてくる。
「あら…こっちに向かってくるわね…。茜、急いで…」
歩美が後ろに居たハズの茜に話し掛けようとした時には既に、茜は地上へのハシゴを登っていた。
「歩美!早くしなさい!」
「はいはい…」
歩美は苦笑を浮かべ、茜に続いて地上へのハシゴを昇った。
地上に出た途端に、辺りに居たゾンビに囲まれる2人。
そこは、最もゾンビの数が多いと思われる、会場の目の前の大通りであった。
「何とか会場には辿り着けそうね。思ったよりも近いわ」
「歩美、この穴どうやって塞ぐ?」
「…大丈夫よ。多分、地上にまでは出てこないと思うわ」
「多分!?多分じゃ困るのよ!」
「いいから行くわよ…。本当に面倒臭いわね…」
2人はゾンビの間を縫って進み、会場の敷地内に侵入する。
「…あの建物に登るわよ。辺りの状況を確認したいわ」
「あれ倉庫?どうやって登るの?」
「よじ登るのよ」
「あ…そう…」
「先に行ってるわよ」
歩美は窓や排気管などの手を掛けられる部分を利用して、倉庫の上に登る。
「やれやれ…」
茜も歩美の見様見真似で、倉庫に登った。
「さて、目標はあそこにある会場よ。見えるわね?」
「見えるけど…。ゾンビしか居ないじゃない。本当に津神麗子に関する情報があるっていうの?」
「それを探しに行くのよ」
「見つかると良いわね…」
歩美は倉庫の上から、会場への道筋を探す。
「会場の建物の上に行けそうね。ここから渡れそうだわ」
「上に行ってどうするのよ?」
「さっきから質問ばかりね。私を怒らせないで貰えるかしら」
「あら、怒らせるつもりはなかったんだけど。勝手に怒らないで貰えるかしら」
「へぇ、私に逆らうの?」
「尻尾を振るのは嫌いなのよ」
「…ま、そうでしょうね」
「…でも」
「?」
「尻尾を振る少女ってのには…興味があるわね…。ほら、犬耳で、若干頬を赤らめて…ね?」
「………」
歩美は呆れたように溜め息を吐き、倉庫の近くにある電柱に飛び移った。
「(伝線を伝うのは…得策ではないわね)」
電柱から、真下に停めてあるバンの上に飛び降りる。
「(次は…あれね…)」
水の代わりに血が溜まっている噴水の上に飛び移る。
続けて近くの木の枝に飛び付き、勢いをつけて別の木の上に飛び移る。
そして、目的地である会場の建物に、隣接している建物の窓の縁に飛び付き、そのまま建物の上によじ登った。
「ふぅ…。こんなものね」
髪をかき上げ、茜が居る倉庫の方を見る歩美。
茜はこちらを見た歩美を見て、彼女の意図を察した。
「今度は私の番…ってワケね…。良いわ、やってやろうじゃない」
茜は鼻で笑い、歩美が最初に飛び移った電柱に目をつける。
しかし、茜はすぐに、別のものに視線を移した。
「…違うわね。私が思ってるルートの方が近い気がするわ」
茜が見たものは、倉庫からは少し離れた場所にあるトラック。
そして、助走をつけ、トラックに向かって大きくジャンプした。
「わぁっとッ!?」
ギリギリではあったものの、何とかトラックには届いた茜。
彼女が飛んだ高低差はおよそ4メートル程あったが、トラックが衝撃を吸収した事により、彼女へのダメージは微々たるものであった。
「何かしら…この感じクセになりそうね…」
空中に飛び出す際に心地よい感覚を覚え始めている自分に、苦笑を浮かべる茜。
「さて次は…」
茜が辺りを見回して次の移動先を探していると、耳に掛けてある無線機から、歩美の声が聞こえてきた。
『茜。聞こえる?』
「えぇ。どうしたの?」
『辺りを見てみなさい。少しずつ暗くなってきてるわ』
「…あら、ホントね」
『感心してないで急ぎなさい。一息つける場所を見つけておいたわ。早く来なさい』
「煽らないでよ。今行くわ」
茜は通信を終え、トラックから飛び降り、歩美が居る建物の下に着地する。
すかさず辺りに居たゾンビが集まってきたが、茜は素早く建物の壁を蹴って2メートル程よじ登り、その先にあった排気管を掴む。
そして排気管から窓の縁へ移り、歩美が居る元に到着した。
「待たせたわね」
「えぇ。寝ようかと思っていた所よ。ついてきなさい」
聞き慣れた歩美の嫌味を気にせずに、茜は彼女についていく。
歩美が見つけた場所とは、今居る建物の屋根裏にある、使われなくなった機材などをしまっておくスペースであった。
「こっちの窓から入れるわ。この中なら、奴らも気付かないハズ。会場の捜索は、明日の日が出てからの方が良いわね」
「はぁ…。やっと休めるのね…。アクロバティックな1日だったわ…」
2人は窓から屋根裏に入り、中の安全を確認する。
敵は居らず、2人は安全地帯を確保する事に成功した。
「ねぇ、寝袋とか無いの?」
固い地面に、不満を覚える茜。
「あるワケ無いでしょう。イベントの会場として使われる建物よ?」
「そりゃそうだけど…。このままじゃ寝れるワケがないわ」
「何か探しにいく?時間は無いけど」
「それはそれで面倒だわ。何か無いかしら」
茜は今居る屋根裏の中を歩き回る。
しばらくして歩美の元に戻ってきた茜は、大きな赤いカーテンを手に持っていた。
「これを敷けば多少はマシになるわ。私ってば天才ね」
カーテンを敷き、その上に寝転がる茜。
「はぁ…これは中々良いわねぇ…」
「そうね。思ったよりも良い寝心地だわ」
「でしょ?かなり厚いから柔らかい…って何よ何よ何よッ!?」
いつの間にか隣に寝ていた歩美に気付き、飛び起きる茜。
「何を騒いでんのよ」
「急に隣に寝ないでよ!びっくりするじゃない!言っておくけど、私にはそういう趣味ないから!」
「どの口が言ってるのよ…」
「いーからどきなさい!それは私が見つけたものよ!」
「良いじゃないの。私にも使わせなさい。こういうものは共有するべきよ」
「独占欲の塊みたいな奴が何をのたまわっているのかしら…!?」
「うるさいわね。ほら、寝るなら今の内なんだから、さっさと寝るわよ」
「…今の内?」
その時、外から、何かの雄叫びが聞こえる。
「…始まったわよ。奴らの叫び声が激しくなるのは夜になってから。それを子守歌にしたくないんだったら、今の内に寝ておく事ね」
「…なるほどね」
茜は不機嫌そうに、歩美の隣に寝転がった。
「背に腹は代えられない…ってヤツね」
「地面に寝れば良いんじゃない?」
「うるさいうるさい…」
第2話 終