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2nd Nightmare  作者: 白川脩
恭子編
33/57

第16話


亜莉栖に抱かれ、突然もぬけの殻のように静かになったイヴ。


恭子が歩み寄って様子を見に行っても、イヴに覚醒の気配は一切無かった。


「亜莉栖さん…」


イヴが永遠の眠りについたと思った恭子は、言葉が浮かばずただ亜莉栖の名前を呼ぶ。


すると、そんな彼女の哀愁漂う雰囲気とは真逆に、亜莉栖は明るい声調でこう言った。


「大丈夫。イヴは生きてる」


「…え?」


驚く恭子。


半信半疑で見てみると、確かにイヴの身体は小さくながらも鼓動していた。


そして背中から生えてきたグロテスクな両腕も、根本の辺りから腐り落ちてイヴの身体から分離していた。


しかし腕は無くなっても、背中には痛々しい大きな穴が開いている。


それでも亜莉栖は気にも留めずに、イヴの頭を優しく撫でている。


にわかには信じがたかったものの、その光景を見た恭子は少しだけ安心した。


イヴの事を一番わかっているのは亜莉栖なのだから。


「恭子さん」


気を失っていた亜莉紗が目を覚まし、2人の元にやってくる。


その後ろには、深雪の姿も見えた。


「亜莉紗さん…。お怪我の方は…?」


「いやまぁ…あちこち痛いです…」


苦笑する亜莉紗であったが、命に別状は無さそうだったので、恭子は一安心する。


そして、今度は深雪に視線を移す。


「幾島さんは?」


「私は平気。…ちょっと頭が痛いけど」


そう言って、こめかみの辺りを指で押さえて見せる深雪。


彼女にも、大事は無いように見えた。


「それはなによりですわ。…この子も、今は眠っているだけのようですし」


恭子の視線を辿る亜莉紗と深雪。


その先に居たイヴは、亜莉栖の手元で静かに呼吸を繰り返していた。


「そっか…」


亜莉紗は安心したように笑みをこぼし、亜莉栖の隣にしゃがみ込む。


そして亜莉栖に顔を向け、にこっと笑った。


「良かったね。亜莉栖」


「…うん」


小さく笑い返す亜莉栖。


その光景を微笑ましく見ていた深雪と恭子。


その時、エレベーターの扉が開き、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あら…これまた予想外ね…。どうなったのかしら?」


麗子であった。


「津神…」


すっと立ち上がる恭子。


彼女はすぐに臨戦態勢に入ったが、遠目から麗子の顔を見て、違和感を覚える。


その違和感は、すぐに氷解した。


それもそのハズ、麗子の顔の半分が血塗れになっていたのだ。


「…その顔はどうされました?」


「これは…まぁ気にしないで。それよりも、どうしてD-02が大人しくなっているの?」


恭子は先にこっちの質問に答えろ、という意味を込めて、何も答えずに麗子を睨み付ける。


ふっと笑い出す麗子。


「なるほど…。わかったわ。この傷はさっき明美ちゃんにやられたのよ」


「明美…?」


訊き返す恭子。


歩美の妹、沢村明美。


麗子の発言は、彼女がこの町に居るという事を意味していた。


「どうして…」


歩美の妹である明美がこの町に居るのかと訊こうとした恭子であったが、それは歩美に訊けばわかるだろうと思い、口をつぐむ。


わざわざ麗子に訊く事も無い。


恭子は身構えながらこう言った。


「あなたのウイルスよりも、イヴと亜莉栖さんの絆の方が勝っていたという事ですわ。お望みの展開にならず、残念でしたわね」


「そうなの…。それは確かに残念だわ。まだまだ改良の余地がありそうね」


「改良の必要はありません。あなたは今ここで死ぬのですから」


「強気ねぇ…」


くすくすと笑いながら、麗子は踵を返してエレベーターへと戻っていく。


「待ちなさい」


「大丈夫よ。もう逃げも隠れもしないわ」


麗子は再び振り返って恭子を見る。


「屋上に居るわ。覚悟ができたら、いらっしゃい。恭子ちゃん」


「………」


恭子は何も言わずに麗子を睨み付けている。


麗子はそんな恭子にウィンクをして見せ、エレベーターに乗ってその場から姿を消した。


しばらくその場を支配する、凍り付いたような空気。


言葉を発さず、全員が閉まっているエレベーターの扉を見つめている。


しかし、不意に恭子が立ち上がり、彼女に深雪が声を掛けた。


「…行くの?」


「決着をつけてきます。あなた方は、仲間と合流して安全な場所に居てくださいな」


歩き出す恭子。


「ちょっと待ってよ…」


深雪が呼び止める。


「私も行く。まだ戦えるから」


「いいえ。あなたは万が一の際の、この子達の護衛をお願い致しますわ」


「それは…。でも、あんた1人じゃ無茶だよ」


「相手も1人ですわ」


「それはそうだけど…。1人と言っても相手は麗子様なんだよ?あんた1人じゃ…」


「ふふ…。私が津神に劣るとおっしゃいたいのですね?」


冗談っぽくそう訊き返したが、深雪は至って真剣な様子で答える。


「…そうは言わない。でも、あんたはさっきの戦いで消耗してるハズ。そんな状態じゃ、いくらなんでも勝ち目は無いよ」


「………」


その通りだ、と、恭子は心の中で頷いた。


それでも恭子は、再び足を動かしてエレベーターへと向かう。


「…聞いてるの?」


「えぇ。確かにあなたの言う通りですわ」


「だったら…」


「ですが…」


恭子は深雪の言葉を遮り、立ち止まってこう言った。


「大人しく引き下がれる程、私は大人ではありませんわ」


「………」


何を言っても無駄だと言う事を悟り、深雪は呆れたように溜め息をつく。


そして、改めるように恭子の顔を見た。


「峰岸恭子。あんたには感謝してる」


「…はい?」


深雪の言葉に、驚きを隠せない恭子。


深雪は気にせず続ける。


「私が麗子様から離れて変わる事ができたのは、亜莉紗の話とあんたの存在のお陰だから。…ありがとうって、言いたかった」


「私の存在…と、おっしゃいますと?」


「亜莉紗の話で私の意識は変わった。でも私にとって、麗子様はやっぱり怖かった。…でも、私には峰岸恭子がついてくれているって考えたら、踏ん切りをつける事ができた」


「………」


不思議そうに、深雪を見つめる恭子。


自分の知らない所で自分が頼りにされているという話が、なんとなく信じられなかった。


「だから私は、あんたに感謝してる。それだけ」


会話を終わらせようとした深雪であったが、恭子は変わらず怪訝な表情で見つめてくる。


その視線に恥ずかしさを覚え、深雪は顔を赤くする。


「…話は終わり。行くならさっさと行きなよ」


「…ふふ。私のような人間でも、誰かの役に立てる事があるのですね」


深雪に微笑みかけ、恭子は再び歩き出す。


「全て終わったら、飲みにでも行きましょうか」


「…そういうセリフは、言わない方が良いと思う」


「そんな迷信、私には関係の無い話ですわ。ご安心くださいな」


「そうだと良いね…」


エレベーターのスイッチを押す恭子。


すると、エレベーターには先客が乗っていた。


「おう…無事だったか」


結衣であった。


彼女は恭子を一瞥して、ニヤリと笑う。


恭子もまた笑みを返して、エレベーターに乗る。


「あなたも屋上へ?」


「あぁ。やっぱりケリは着けねぇとな」


「ふふ…。そうですね…」


2人はそのまま、エレベーターに乗ってその階を後にした。


その場に残ったのは、亜莉紗と深雪と、亜莉栖とイヴ。


「どうする?」


亜莉紗が口を開く。


それに応えたのは深雪。


「恭子に従って移動しよう。あんたの仲間が居るんでしょ?」


「それなら、ちょっと連絡してみるね」


亜莉紗は結衣に連絡しようとしたが、先程エレベーターの中に居たのを思い出し、通信の相手を梨沙に変える。


「出るかな…梨沙ちゃん…」


彼女も自分達と同じように激戦を繰り広げたハズだと思った亜莉紗であったが、梨沙はすぐに応答した。


『はい』


「あ、梨沙ちゃん?私、亜莉紗だけど…」


『亜莉紗さん…?どうしました?』


「恭子さんが屋上に向かってね。今、仲間と合流しようって話になったの。今どこに居るの?」


『私は今18階に居ます。ちょっと怪我をしてしまったので、来て頂けると有難いんですが…』


「おっけー。すぐに行くよ」


『ありがとうございます。それでは』


亜莉紗は通信を終え、立ち上がる。


「梨沙ちゃんは1つ下の階に居るんだって。行ってみよう」


「梨沙…?」


名前を呟く深雪。


「結衣と一緒に居た子だよ。ほら、短いポニーテールの子」


「あぁ…」


深雪は麗子の研究所で見た梨沙の姿を思い出した。


「その子、怪我したみたいなの。だから私達が行ってあげよう」


「わかった」


深雪はスナイパーライフルを肩にかけ直し、エレベーターに向かおうとする。


「っと…」


イヴの事を思い出し、亜莉栖の元へと歩いていく。


眠っているイヴを亜莉栖1人で抱えていくのは無理だろうと思ったからである。


「亜莉栖ちゃん。その子、私が抱えていこうか?」


「大丈夫。持ってける」


「え?」


亜莉栖はすっと立ち上がり、静かに眠っているイヴの両腕を掴む。


そして、そのままずるずるとエレベーターに向かって引きずり始めた。


「えぇ…」


「ま、待って亜莉栖…!私が持ってくから…!」


苦笑を浮かべる深雪と、慌ててそれを止める亜莉紗。


「大丈夫。別に大変じゃない」


「いやぁ…イヴが大変だよ…。絶対痛いよ…」


「イヴは強い子」


「そういう問題じゃないと思うな…」


「そうなの?」


結局イヴは亜莉紗が抱え、一同はエレベーターに乗って1つ下の階へと向かった。



「梨沙ちゃーん。大丈…夫…」


18階に到着し、部屋の真ん中で倒れている梨沙を見た亜莉紗は、思わず言葉が途切れた。


そんな亜莉紗を安心させる為、梨沙は身を起こして返事を返す。


「大丈夫ですよ。死んではいないですから」


しかしその言葉の後、梨沙は苦しそうに呻いて、胸の辺りを手で押さえる。


「だ、大丈夫には見えないよ…」


梨沙の元へ歩いていき、側に抱えていたイヴを下ろしてから、彼女の容態を見始める亜莉紗。


深雪は、少し離れた場所に居るもう1人の少女の元へと歩いていった。


「生きてたんだ」


「…お前か」


深雪と同じく麗子の部下であった少女、影村雲雀であった。


「私は"こっち"に寝返ったけど、あんたはどうしたの?」


「同じようなモノだ。麗子様とは縁を切った」


「そう…」


会話が途切れる。


元部下とは言えど、決して仲が良かったワケではない2人に、会話など続くハズも無い。


しかし、深雪が不意にこう言った。


「…楽しい連中だよね」


雲雀は離れた所に居る梨沙達を見て答える。


「…あいつらの事か?」


「うん。私達みたいに堅苦しい関係なんて無いし、みんな、笑う事ができてる」


それを聞き、雲雀はふっと鼻で笑う。


「まぁな…。笑顔なんて見せたら、麗子様に何をされるかわかったもんじゃなかったからな」


「ほんと、怖かった。今考えれば、バカバカしいよ」


「そうだな…」


2人は小さく笑い合う。


それは、麗子の元に居る間に一度も無かった事であった。


「へぇ。あんたも笑えるんだ。笑顔、初めて見た」


「それはこっちのセリフだ。いつもいつも機械みたいに無表情で…」


「…機械みたいで悪かったね。あんただって、こんな風にまともに会話してくれた事無かったじゃん。人を見下したような言い方ばっかりで」


「それはお前にも言える事だろう…。いつもいつも機械みたいに静かで…」


「機械みたいは聞き飽きた」


「事実だろうが」


お互いにからかい合うような、下らない口論。


それすらも、2人にとっては初めての事であった。


第16話 終


最終章に続く。



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